26.
舞踏会場では国賓や自国の貴族の入場が順に始まっている。入場した者はそれぞれ思い思いに社交をし初めていた。
まもなく王族の入場が始まるという段階でフローラが控室にやってくる。謹慎中にも関わらず、いつの間にか仕立てたであろう豪奢なドレスを身にまとっていた。
「遅かったな、フローラ。まもなく入場だぞ」
「支度に手間取り遅くなりました。申し訳ございません、お父様」
カーテシーをしながら、フローラは遅れた詫びを国王だけにする。セレーネには一言も言葉をかけない。
(まあ、いつものことだけれど、一言欲しいわね)
「ところでドレンフォード卿がなぜこちらに? お姉様のエスコートをするのであれば、舞踏会が始まってからではないのですか?」
控室にいまだ待機しているローラントをフローラは訝し気に見る。
通常であればフローラの言うとおり、舞踏会が始まった後にエスコートをするのだが……。
「セレーネとローラントは先ほど婚約することが決まったのだ。このままローラントにはセレーネとともに入場してもらう。開会の宣言とともに二人の婚約を発表するつもりでおるからな」
「えっ! 婚約ですか? お姉様とドレンフォード卿がですか? いったいいつの間に……」
だが、フローラが驚いたのは一瞬のことで、きっとセレーネを睨みつける。
「ヴィンセントとの婚約を白紙に戻したのは、こういうことですの、お姉様?」
心変わりをしたのだろうとフローラは言外に責めているのだ。自分たちのしたことは棚に上げて、そんなことを言われるのは心外だとばかりにセレーネは言い返す。
「ノルクシュタット公爵令息との婚約を白紙に戻した理由は、貴女が一番よく知っているはずでしょう? フローラ」
そもそもセレーネを裏切って婚約破棄をしろと言ってきたのは、フローラとヴィンセントだ。
「何よ。お姉様から婚約破棄を申し出たのでしょう? それに元々ヴィンセントと婚約するのはわたくしのはずだったのよ!」
王女としての教育を受けているはずだが、フローラは感情的になりやすいのだ。
「いい加減にせよ、フローラ。セレーネとヴィンセントの婚約を決めたのは余だ。セレーネに怒りの矛先を向けるのは間違っているぞ」
国王に窘められてフローラは黙ったが、悔しそうに爪を噛んでいる。
そうこうするうちに舞踏会場では王族の入場を告げるファンファーレが鳴り始めた。
「さあ、入場だ」
「国王陛下、ならびにセレーネ・エステル王太女殿下、フローラ王女殿下がご入場されます」
それまで騒ついていた舞踏会場は静まりかえり、王族を迎えるために招待客たちは最高礼を取り始めた。
招待客たちが迎える中、最初に国王が玉座に座り、玉座の後ろにセレーネとフローラが立つ。ローラントはセレーネをエスコートをした後、一旦下に降りて控える。
王族の入場が終わると招待客たちは礼を解き、国王が舞踏会の開会を宣言するのを待っている。
「本日は建国祭の最終日だ。我が国にご訪問いただいた国賓の方々のために、ささやかながら舞踏会を開催させていただいた。ぜひ最後まで楽しんでいっていただきたい」
そこで国王は一旦言葉を切ると、ローラントを手招きする。
「今宵はめでたい発表がある。王太女セレーネ・エステルとドレンフォード公爵家子息ローラントとの婚約をここに宣言する!」
招待客から拍手が鳴り始め、やがて嵐のような大歓声が沸きおこる。
「王太女殿下、ご婚約おめでとうございます!」
盛大な祝福の中、音楽が響き始める。最初のダンスの始まりだ。
「王太女殿下。私とファーストダンスを踊っていただけますか?」
ローラントからダンスに誘われたので、セレーネは「喜んで」と彼の手を取り、会場の中央へと歩いていく。
ゆっくりとした曲のワルツに乗って、セレーネは軽やかに足を運ぶ。ローラントのリードが上手いので、とても踊りやすいのだ。
「貴方、ダンスが上手かったのね。ローラント」
「貴族としての嗜みですからね。そういえば殿下と踊るのは初めてです。以前はクズ男とばかりダンスをしていらっしゃったので」
主だった式典でダンスをする時はヴィンセントと踊っていたが、最近はファーストダンスを彼と踊ったことはなかった。ヴィンセントがファーストダンスの相手にフローラを選んでいたからだ。
「根に持っているの?」
「ええ。でも今日からは遠慮しません。晴れて殿下と婚約することができましたので、これから貴女の隣は私が独占します」
最後の辺りは耳元で囁かれたので、セレーネは背筋がぞくりとする。
(推しは独占欲の強い男だった!? でもそこがいい! さらに惚れてまうやろ!)
心の中で悶え死にしていると、曲が終わったのでカーテシーをする。
「何か飲まれますか? 飲み物を取ってまいります」
「自分で選びたいから私も一緒に行くわ」
飲み物や軽食が用意されているテーブルに向かいながら、ローラントと並んで歩く。
しかし、テーブルに辿り着く前に一人の人物から声を掛けられる。グラキア大陸の民族衣装に身を包んだキリアン・オーランドだった。
「次は私と踊っていただけないだろうか? 王太女殿下」
キリアン・オーランドが紳士の礼を取り、セレーネに手を差し出す。
相手は友好国の大使だ。断るわけにはいかないだろう。しかし、セレーネは迷いながらローラントに顔を向けた。ローラントは渋々頷く。踊っても構わないということだ。
「喜んで。オーランド大使殿」
先ほどと比べるとアップテンポの曲が流れる。直後ステップを踏み出す。
差し出した手をぐいと引かれたかと思うと、ふわっとセレーネの体が浮き上がり、キリアンの腕に抱き留められた。
「其方は軽いな。セレーネ」
ふふと不敵に笑ったキリアンをきっと睨み、セレーネは単刀直入に疑問をぶつけた。
「貴方は何者なの? キリアン・オーランド大使」
「何だ。国王から何も聞いてはおらぬのか? 養父であるマティアスも何も教えてはくれなかったのか?」
セレーネははっとする。マティアスがセレーネの養父であることをキリアンは知っているのだ。
「なっ!?」
「何故知っているのかという顔だな? 当然だ。俺は其方の……」
言いかけたキリアンは、はっとして上を見上げる。そして、セレーネを抱きかかえると何かを唱え、次の瞬間にはダンスをしていた場所から離れたところへ移動していた。
(転移魔法!?)
直後、ガシャーン! と大きな音を立ててシャンデリアが落下した。ちょうどキリアンとセレーネが躍っていた辺りだ。
「きゃあああああ!」
「うわあああああ!」
シャンデリアが落下した辺りを中心に悲鳴があがる。
「大変だわ!」
セレーネは落下したシャンデリアに向かって駆け出す。
「待てセレーネ! 危険だ!」
キリアンがセレーネを呼び止めているが、お構いなしに走る。
「殿下! ご無事ですか?」
駆けつけたローラントは血相を変えている。
「私は無事よ。キリアンが助けてくれたの。それよりローラント。シャンデリアを魔法で動かすことはできる?」
落下したシャンデリアの下敷きになっている者がいるかもしれないのだ。もしいるとすれば一刻も早く助けたい。
「もちろんでございます」
ローラントはシャンデリアに手をかざすと一瞬で消してしまった。シャンデリアのみを転移させたのだ。
幸いシャンデリアの下敷きになった者はいなかったが、飛び散った破片で怪我をした者やショックで倒れた者がいた。
「宮廷医に連絡を!」
「その必要はないわよ、ローラント。女神エステルの力はこういう時に使うものでしょう?」
セレーネは両手を組むと女神エステルに祈る。
「慈悲深き女神エステルよ。どうかこの者たちの傷を癒してください」
『優しき我が愛し子よ。その願いを聞き届けましょう』という声と同時に、舞踏会場に金色の光が走り、傷ついた者の体を包み込んだ。
眩いが優しい光に包み込まれ、怪我をしたはずの者たちの体から何事もなかったかのように傷が消えた。
「奇跡だ!」
「『女神の愛し子』の奇跡の御業をこの目で見ることができた!」
歓声に包まれる中、ローラントだけがセレーネを心配そうに見つめると、その腕の中に抱きしめた。
「ちょっ! ローラント!」
「本当に無事でよかった。もう二度と君を失いたくはない、レナ」
セレーネは目を見開く。ローラントは日本語で前世のセレーネの名を呼んだのだ。
「ローラント……貴方、なぎ?」
だから、セレーネも日本語で語りかけた。もう会えないはずだった前世の彼氏の名前を……。
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