25.
国王は控室ですでに待機していた。公式の行事では国王は大抵早めに控室に来ていることをセレーネは知っている。
フローラはいつも入場ギリギリの時間に控室にやってくる。今日もきっとそうなのだろう。
「セレーネか? 早いな。もう少し部屋でゆっくりしていてもよかったのだぞ」
セレーネが控室に入室してくると、国王は破顔する。セレーネはカーテシーをすると、背筋を正した。
「舞踏会の前にお父様にお願い事がございます」
「其方が願い事か? 珍しいな。言ってみるがよい」
深呼吸をしてセレーネは一歩後ろに控えていたローラントの横に立つ。自分の横に並んだセレーネの行動にローラントは首を傾げている。
「ここにいるローラントを王配にしとうございます」
「殿下!?」
突然のセレーネの発言にローラントは驚いたようだ。国王はというと、黙って腕を組んで何やら思案をし始めた。
しばらく沈黙が流れていたが、静寂を破るように国王が声を上げて笑い出した。
「お父様!?」
突然笑い出した国王にセレーネは慌てる。
「いや。ハハハ……。すまぬ。其方がローラントと同じことを言うのでな」
「えっ? ローラントと同じこととはどういうことですか?」
セレーネは国王の言葉が理解できず、国王とローラントの顔を交互に見る。
「先ほどこやつがセレーネを妻にしたいと求婚の許しを求めてきたのだ。なあ、ローラント?」
国王はにやりと笑ってローラントを見やると、ローラントは照れたようにゴホンと咳払いをする。
「……後ほど私から正式に求婚をするつもりでいたのですが、殿下に先を越されてしまいました」
求婚をするつもりでいたというローラントの言葉にセレーネは胸が高鳴る。
「そ、そうなの? 私はこのヘアピンの返事をしようと思って……」
髪に差してあるヘアピンに手を触れながら、セレーネは顔に熱が集まるのを感じた。
先ほど瞑想をしている時に、「女は度胸!」という結論に辿り着いたセレーネは思い切って国王にローラントを王配にしたいと申し出ることにしたのだ。もしローラントが断ったら、きっとショックを受けるだろうが、諦めるつもりでいた。
「建国祭の贈り物の意味に気づいていらっしゃったのですか?」
「……贈り物のことはミレーヌに聞いたの。でも、そういう意味であれば答えないといけないと思って……」
「私の望む答えをくださったのですね」
ローラントは微笑むとその場に跪き、セレーネの手を取り甲に口づけを落とす。
「愛しています、セレーネ殿下。どうか私の妻になってください」
「はい。私でよければ喜んで」
セレーネが求婚を受けたことにより、ようやくローラントの思いはセレーネに届いた。
唐突に拍手が控室に鳴り響く。国王が祝福するように笑顔で二人に拍手を贈っている。
(流れで求婚を受けちゃったけれど、お父様もこの場にいたのだったわ!)
国王がこの場にいたことをすっかり忘れていたセレーネは恥ずかしくなってうつむく。
「めでたいことだ。しかし、ローラント。セレーネを妻にするのは良いが、ドレンフォード公爵家に嫁入りはさせぬぞ。其方が王配として王家に婿入りするのだ」
「……分かっております」
ローラントはむっとした表情を国王に向ける。
「そういえば、ローラントはドレンフォード公爵家の後継者よね。後を継がなくてもいいの?」
「心配は無用です。姉がいますので、婿取りをして家を継ぐでしょう。むしろ姉は後継者となれて喜ぶはずです」
ローラントにはローゼリアという二歳年上の姉がいる。魔法使いの塔史上最強の魔法使いと謳われるローラントに匹敵するほどの実力だ。
ローゼリアは昔から自分がドレンフォード公爵家を継いで魔法使いの塔の長になると、宣言していた。
『わたくしがドレンフォード公爵家を継ぐから、貴方は宮仕えでもしていらっしゃい』
王太女となったセレーネの補佐官を募集していることを聞きつけたローゼリアは、家からローラントを追い出す口実として、ドレンフォード公爵家から推薦したのだ。
「それでは今夜の舞踏会で其方たちの婚約を発表するとしよう」
「お父様、それは早すぎるのでは?」
いささか性急すぎる国王をセレーネは窘めた。王侯貴族の婚約はしっかり段階を踏んで行う必要がある。まずは王家から貴族家へ打診をして合意を得るのだ。そして顔合わせをした後、双方で文書を取り交わし、婚約が成立する。
「心配はいらぬ。ドレンフォード公爵家にはすでに打診済だ。公爵の同意も得てある」
(何という用意周到さなのかしら。やはりお父様はローラントを王配候補として考えていらっしゃったのね)
顔合わせは必要がないうえに、本人同士は婚約に同意している。文書の取り交わしは後ほどでも婚約成立は可能だ。
「さて、余は少しやることがあるので席を外すとしよう」と言うと、早々に控室を出ていってしまった。
(後はお若い二人でというやつ!?)
「陛下は早々に婚約証書を作成する気でいますね」
「……そのようね」
思い切ってローラントに返事をしてしまえば気持ちが落ち着くと思ったセレーネだったが、求婚を受けてから胸の鼓動はさらに高なっている。
「殿下、緊張していらっしゃいますか?」
「……レーネよ」
「何ですか?」
「婚約するのだから、二人きりの時は名前で呼びなさい!」
思わず命令口調になってしまったセレーネにローラントはぷっと吹き出す。
「何よ! 笑うことはないでしょう!」
「申し訳ございません。殿下……いえセレーネが可愛くて、つい……」
(うおおおおお! 推しに可愛いと言われたわ! もう萌え死ぬ!)
婚約しても心の中のセレーネは相変わらずローラントを推している。きっと結婚してもそれは変わらなさそうだ。
「その敬語もどうにかならないの?」
「それは……難しいですね。何せずっとこうでしたから。ですが、徐々に公の場以外では敬語をやめることにいたします」
敬語のローラントも素敵だが、せっかく婚約するのだから普通に話してもらいたいとセレーネは思うのだった。
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