24.
いよいよ建国祭の最終日となった。夜は舞踏会が開催されるので、セレーネは朝から夕方までたっぷり時間をかけて身支度を整える予定だ。
「昨日は疲れたけれど楽しかったな」
朝風呂に浸かりながら、昨日のことを思い出す。
(ローラントとのデート? デートよね? 楽しかったわ。ちょっとハプニングがあったけれど……)
ハプニングとは養父の教会でキリアン・オーランドに鉢合わせたことだ。上手く切り抜けたつもりだが、あの後、キリアンと一緒にいたマティアスのことが気になった。
「養父さん、大丈夫かしら?」
マティアスのことを考えていると、浴室の扉がノックされて外からミレーヌの声が聞こえる。
「殿下。そろそろ湯からあがりませんと、のぼせてしまいますよ」
「今あがるわ、ミレーヌ」
湯あがりの後は侍女たちの手によってマッサージを受け、セレーネの肌は輝いている。
「お疲れ様でございました、殿下。冷たい飲み物でも召し上がりながら、しばらくお寛ぎくださいませ」
簡素なドレスを着たセレーネはメインルームに移動してミレーヌが用意してくれた果実水を飲む。飲みながら、昨日ローラントからもらったヘアピンを眺める。
「まあ、きれいなヘアピンでございますね。どなたかからの贈り物ですか?」
ヘアピンに目を留めたミレーヌが尋ねるので、セレーネは少し間を置いて答える。
「……昨日ローラントにもらったのよ」
「ドレンフォード卿にでございますか? ついに求婚されたのですか?」
うれしそうにミレーヌが微笑む。
「求婚!? えっ! どういうこと?」
ヘアピンを露店で買ってもらっただけなのに、なぜ話が飛躍するのかセレーネには理解不能だった。
「建国祭で殿方が女性に贈り物をするのは、求婚の証でございます」
「えっ! そうなの!?」
「ご存じではなかったのですね」
いつの頃からか建国祭で男性から好きな女性に求婚をする際、贈り物をする風習ができたという。女性が贈り物を受け取れば、「貴方の求婚を受け入れます」ということだそうだ。ミレーヌの説明を聞いてなるほどと納得した。だが、そんなそぶりはローラントから窺えなかったので、セレーネは驚く。
(そんな意味があるなんて知らなかったわ! うっかり受け取ってしまったんだけど、どうしよう?)
「殿下はドレンフォード卿のことをどうお思いでしょうか?」
「どうって? 恋愛対称ということ?」
「はい」
考えたこともなかったと言えば嘘になる。
「ローラントの顔は好みなのよ。笑顔を向けられればドキドキするし、褒められると嬉しいわ。だけどこれが恋愛かと問われると、よく分からないわ」
「恋愛の形は様々ですわ、殿下」
今夜の舞踏会ではローラントがエスコートをしてくれる。夜までまだ時間はあるが、何故か胸の鼓動が早くなった。
「どうしよう? ローラントと顔を合わせるのが恥ずかしくなってきたわ」
「よろしいのではないでしょうか? 恋とはドキドキするものですよ」
にこにことミレーヌは満面の笑顔だ。
「ミレーヌは恋をしたことがあるの?」
「残念ながら、まだ恋をしたことがございません」
「そうなの? 恋愛について達観しているから、とっくに恋をしたことがあるのだと思っていたわ」
「姉たちの受け売りですわ」
ミレーヌの姉たちはそろそろ結婚適齢期を迎える。家同士が決めた婚約者と恋愛をしているのか、結婚までは恋愛を楽しむつもりでいるのかは謎だが、恋愛上級者のようだ。
前世の彼氏とは何となくつきあい始めて、ドキドキするような恋愛ではなかった。一緒にいると落ち着くいわゆる癒しタイプだったのだ。
「ドレンフォード卿は殿下にそれらしいことはなさらなかったのですね。もし、求婚されたら殿下はドレンフォード卿のお気持ちに答えられるのですか?」
「もし答えたら……あっ!」
そこまで言いかけてセレーネはいつか国王に「ローラントをどう思う?」と聞かれたことを思い出す。
「そうか……お父様が仰っていたのは、こういう意味だったのね」
あの時セレーネは「ローラントは優秀です」と答えた。だから国王は戸惑っていたのだと合点がいく。
「国王陛下が何か?」
ミレーヌが首を傾げているので、セレーネは手をぶんぶんと振る。
「いいえ。何でもないわ。ミレーヌ、果実水をもう一杯もらえるかしら?」
「かしこまりました」
国王はヴィンセントとの婚約を解消した後、あらたにローラントを王配候補として考えていたのかもしれない。
ローラントはドレンフォード公爵子息だ。身分的には申し分ない相手ではある。
(でもな。推しと結婚するってどうなのかしら? ファンに殺されるわよね)
とんちんかんなことを考えているセレーネにミレーヌが声をかける。
「殿下。そろそろお支度のお時間でございます」
これから時間をかけてドレスの着付けをしたり、髪を結ったりするのだ。セレーネはその過程を考えるだけですでに疲れてしまった。
◇◇◇
晩餐会の一時間前にセレーネの部屋の扉がノックされる。支度が終わっているセレーネはメインルームのソファに座って瞑想をしていた。精神統一をして自分を落ち着かせようとしていたのだ。
「殿下。お迎えにあがりました」
今夜のローラントの装いはセレーネのドレスと同じ濃紺の礼装だ。胸元には雪の結晶を象ったチェーンブローチがつけられている。セレーネの髪にもローラントからプレゼントされた雪の結晶のヘアピンが飾られていた。
(誰かローラントと相談をしたのかしら?)
チラッとミレーヌを横目で見ると、ローラントに向かってぐっと親指を立てている。
(なるほど。ミレーヌのサプライズというわけね)
セレーネはソファから立ち上がると、すっと手を差し出す。
「少し早いけれど、舞踏会場の控室に移動するわ」
差し出されたセレーネの手をローラントはスマートに自分の腕に添える。
「かしこまりました。参りましょう、殿下」
舞踏会場の控室は玉座の裏にある。貴族は会場の出入口から順番に入場するが、王族は玉座側から入場をするのだ。
(お父様はきっともう控室にいらっしゃるわよね?)
舞踏会の前にセレーネは国王に頼み事をするつもりでいるのだ。
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