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破滅予定の悪役王女ですが、なぜかヒロインポジションになりました~女神の愛し子の称号で破滅エンドを回避します~  作者: 雪野みゆ


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セレーネに迫る陰

「どうしてお姉様ばかり……」


 フローラはきれいに手入れされた爪をかじりながら、異母姉のセレーネに対する妬みを吐き出していた。


「卑しい市井の育ちのくせに!」


 異母姉のセレーネが王宮に帰ってくるまで、フローラはその存在をすっかり忘れていた。腹違いの姉がいるが行方不明だと聞いていたので、既に亡くなったと思い込んでいたのだ。


 幼い頃、両親の愛はフローラだけに向けられていた。父である国王は忙しい中、一日の仕事が終わると必ずフローラの顔を見にきてくれたのだ。そして母のアンジェラはフローラを溺愛していた。

 しかし、フローラが十歳の時、不治の病にかかった母は亡くなってしまったのだ。だが、母が亡くなった後も国王は母の分もとさらにフローラを大切にしてくれた。


 ところがフローラが十二歳の時に行方不明だった異母姉セレーネが、王宮に帰ってきた。国王は十四年の空白を埋めるように片時もセレーネを離さず、常にそばに置いていたのだ。それまで自分だけに向けられていた父親の愛情をとられた気がした。だから、辛くあたったり嫌がらせをしたりして、セレーネを王宮から追い出してやろうとしたのだ。


「お姉様なんて帰ってこなければよかったのに!」


 そして、十四歳の時に自分と結婚をすると思っていたヴィンセントは、セレーネの婚約者として決まったうえに次期女王の座も奪われてしまったのだ。

 許せなかった。幼い頃から遊び相手としてヴィンセントと一緒に過ごすうちに友情は恋心に変わり、そして両思いの恋人同士となった。

 なぜ、両思いの恋人まで突然現れた異母姉に奪われなければならないのか? とセレーネを憎んだ。


 しかし、二人の婚約は白紙に戻った。あれほどヴィンセントに執着していたセレーネが自ら婚約破棄を国王に申し出たのだ。なぜなのか理由はフローラには分からない。だが、ヴィンセントを取り戻すことはできた。


 ある日、アンカーレ地方に視察へ行ったセレーネが女神エステルの信託を受け、『女神の愛し子』になったことを聞かされた。この国を守護している女神エステルまで、その愛情を異母姉に注いだのだ。


「何故お姉様なんかが選ばれるのよ」


 フローラのセレーネに対する憎しみはさらに増した。だから、禁じられていた阻害魔法を使って困らせてやろうと思ったのだ。偽物に仕立てることはできなくても、セレーネが恥をかけばいいと思っていた。

だが、セレーネはフローラの魔法を上回る魔力でねじ伏せ、見事『女神の愛し子』として認定されたのだ。


「どうして皆お姉様ばかりに味方するの?」


『女神の愛し子』の邪魔をした罪として、フローラは無期限の離宮謹慎という処罰を受けてしまった。建国祭の間だけは王女としての公務があるので王宮にいられるが、監視付きだ。ヴィンセントに会うことも禁じられている。


「ヴィンセントに会いたい……」


 気落ちしたフローラはソファに置いてあるクッションに顔を埋める。しばらくそうしていたが、コンコンと扉がノックされる音がしたので、そっと顔を上げた。

 新しくフローラ付きとなった侍女が来客を告げる。この侍女は国王がつけた監視役だ。


「フローラ王女殿下。ハルヴィオン侯爵閣下がいらっしゃいました。お会いになりますか?」


「伯父様が? お通ししてちょうだい」


 ハルヴィオン侯爵はフローラの母であるアンジェラの兄だ。母親を亡くした後、何かとフローラを気にかけてくれる人物だった。謹慎中のフローラだが、身内に会うことは許されている。


「フローラ殿下。謹慎中とお聞きしまして、居ても立っても居られず、お伺いいたしました」


 まもなく入室してきたハルヴィオン侯爵は、愁いを帯びた表情でフローラのもとに歩み寄る。ハルヴィオン侯爵はアンジェラとは年の離れた兄妹なので初老の紳士だ。だが、母と良く似た優しい面立ちの伯父のことがフローラは大好きだ。


「伯父様、わたくしは何も悪いことはしていないの」


「ええ。ええ。分かっておりますとも」


 フローラは伯父に縋ると、わあと泣き出した。


「全てはお姉様が悪いのよ。わたくしから全てを奪っていくの」


「かわいそうなフローラ殿下。大丈夫でございますよ。私は貴女の味方です」


 ハルヴィオン侯爵は胸ポケットからハンカチを取り出し、フローラに渡す。


「さあ、泣き止んでください。今日は殿下に贈り物をお持ちいたしました」


「わたくしに贈り物? 何かしら?」


 ポンポンとハルヴィオン侯爵が手を打つと、従者と思われる人物が箱を抱えて部屋に入ってきた。


「こちらは全て殿下への贈り物でございます」


「まあ! 開けてみてもいいのですか?」


「ええ。どうぞ。そこの侍女。まだフローラ殿下への贈り物がある。少し手伝ってくれないか?」


 部屋の隅に控えていた侍女にハルヴィオン侯爵が声をかける。


「私でございますか? しかしフローラ王女殿下のおそばを離れるわけには参りません」


 侍女は部屋の中での監視役だ。ちなみに扉の前では騎士が二人監視役として控えている。


「少しの間だけだ。私の従者を置いていこう。この者は私が信頼している従者だ。腕も立つから心配はいらぬ」


「……かしこまりました」


 侍女は判断に迷ったが、相手は侯爵だ。一介の侍女が逆らうことはできない。それに扉の外には騎士が控えている。少しの間であれば離れても構わないだろうと判断した。


 ハルヴィオン侯爵が侍女を伴って部屋を出ていったのを見届けると、フローラは伯父からの贈り物を開けてみることにした。箱のリボンを解きにかかった時――。


「フローラ、僕だ」


 聞き慣れた声は従者から聞こえた。


「その声は……まさか、ヴィンセント?」


 従者が被っていたかつらを取ると、流れるようなサラっとした金髪が目に入る。従者に扮していたのはヴィンセントだった。

 フローラはヴィンセントの懐に飛び込んでいく。


「ヴィンセント! 会いたかったわ!」


「僕もだ。フローラ」


「でも、なぜ伯父様の従者に扮していたの?」


「僕がハルヴィオン侯爵に頼んだんだよ」


 ヴィンセントはフローラに会いたい一心でハルヴィオン侯爵に頼み込んだのだ。ハルヴィオン侯爵はヴィンセントとフローラが両想いなのを知っている。だから、ヴィンセントの頼み事を快く引き受けてくれたのだ。


「何も従者に扮しなくても良かったのに……」


「公爵令息の僕が従者に扮するなんて誰も思わないだろう?」


 誇りを大切にする貴族が平民に変装するのはあり得ないとヴィンセントは考えている。実際には変装してお忍びで出かけているセレーネやローラントのような変わり者もいるのだが、ヴィンセントは知る由もない。


「そうね」


「ハルヴィオン侯爵が時間を稼いでくれるはずだ。しばらく逢瀬を楽しもう」


◇◇◇

 フローラとヴィンセントが久しぶりの逢瀬を楽しんでいる頃、ハルヴィオン侯爵は待たせておいた馬車の中にいた。


「旦那様」


 ハルヴィオン侯爵家の家令が馬車の中に声をかけると、中から「入れ」と命令する声が聞こえた。家令は馬車の中に入り扉を閉めると、一礼をする。


「侍女はどうした?」


「人目につかないガゼボに置いてまいりました。そのうち自然に目覚めるでしょう」


「そうか」


 連れ出した侍女をハルヴィオン侯爵は魔法で眠らせたのだ。


「フローラ王女殿下は贈り物を喜ばれましたか?」


 ふっとハルヴィオン侯爵は笑う。


「何よりもうれしいであろう贈り物を届けてやったからな」


「左様でございますか」


「ところで例の件はどうなっておる?」


「本当によろしいのでしょうか?」


 ハルヴィオン侯爵は眉を顰めると、家令を睨みつける。


「良いに決まっておる。何としてでもフローラを王位につけねばならぬからな。それには王太女は邪魔だ」


「ですが、王太女殿下は『女神の愛し子』です。女神の力を授かった御方をどうにかすることなどできるのでしょうか?」


「どんな手を使っても構わぬ。『女神の愛し子』と言っても所詮は人間だ。追い込んで失脚させるのだ。良いな?」


「……かしこまりました」


 家令は気が進まないようだ。自国の王太女を失脚させることなど、果たしてできるのか不安だった。


「ああ、そうだ。これを捨てておけ」


 ハルヴィオン侯爵はフローラに貸したハンカチを摘まむと、家令に渡した。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


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