22.
森で起きた火災は予想どおり花火の爆発が原因だった。爆発の原因は不明だが、何かの不具合で火薬に引火し炎上したとのことだ。幸い近くにいた職人たちは軽い負傷を負った程度で済んだが、気になる証言をしていた。
「花火に点火するための火種がなぜか消えていたので、急いで火おこしをしようとしました。そしたら、いきなり花火が爆発したんです」
火種は厳重に管理をしていたのに、なぜか消えてしまったというのだ。この日は晴天で風のない日だった。火種が消える原因を作るものはないはずなのだが……。
「せっかくのセレーネの披露目だったというのに、何ということだ」
国王は娘の晴れ舞台を台無しにされて不機嫌だ。ローラントは苦笑する。
「殿下は民たちに対して奇跡を起こされました。見事に『女神の愛し子』としての証を示されたのです」
「それは聞いておる。素晴らしい奇跡だったらしいな」
それまで顰めていた国王の顔が一転して緩む。だが、一瞬のことだった。すぐに厳しい表情に戻る。
「ローラント、水面下で何やら動いておるような気がする。少し調べてみてはくれまいか?」
即答せずに逡巡している様子のローラントに国王は眉を顰める。
「どうした? 何やら気になることでもあるのか?」
「いえ。殿下に頼まれたことがあるのですが……」
「セレーネにか? どのようなことだ?」
キリアン・オーランドの素性を調べるようにと、セレーネに頼まれたことをローラントは国王に包み隠さず話す。すると国王がぷっと吹き出したので、ローラントはむっとする。
「何がおかしいのですか?」
「いや……すまぬ。なるほど。キリアン・オーランドか。セレーネの目は確かだな」
「陛下は何かご存じなのですか?」
国王はキリアン・オーランドの素性を知っているようだ。
「あれの正体はいずれ分かる。心配いらぬ。あの者はセレーネの味方だ」
簡単にキリアン・オーランドの素性を教えてくれる気はなさそうだとローラントはため息を吐く。だが、国王が心配いらないと言うだからそうなのだろう。それにキリアン・オーランドはセレーネの味方らしいので、同時に安堵もする。
「そうですか。今は何も聞きますまい」
「そういうことだ。余の頼みを優先してくれ」
「かしこまりました」
国王の前を辞そうと礼をする。
「ローラント。セレーネを守ってやってくれ」
「言われずとも命をかけてお守りいたします」
◇◇◇
建国祭は一週間かけて開催されるのだが、お披露目以降は特にハプニングもなく、残すところあと二日となった。
この日の夕方、セレーネは王族のみが知る抜け道を使って王都へ繰り出そうとしていた。抜け道は王宮から森の外まで繋がっている。万が一、王宮が攻められた場合に脱出に使う道だ。
「この抜け道を使ったのは久しぶりだわ。さてそろそろ出口ね」
抜け道を出ると眼下には王都に繋がる道が見えた。王都までは歩いていける距離なので、途中の景色を楽しみながら行くつもりだ。
「さあ、久しぶりにたっぷり楽しむわよ!」
セレーネは伸びをすると、意気揚々と一歩を踏み出す。
「やはり、王宮を抜け出すつもりだったのですね」
後ろから聞こえた声に驚いて振り向くと、木にもたれかかって腕を組んでいるローラントの姿が目に入る。
「ローラント! なぜここにいるの!?」
「それはこちらのセリフです。朝からそわそわされているのでおかしいと思って、こっそり後をつけてきてみれば……」
態度には気をつけていたのだが、ローラントにはバレていたようだ。
「つ、連れ戻そうとしても無駄よ」
「連れ戻す気はありませんよ。私もお供いたします」
「え?」
てっきり連れ戻すために後をつけてきたと思っていたのだが、ローラントが意外にもともに王都に行くというので、セレーネは虚を突かれた。
「それはそうと殿下のお姿は目立ちますから……少し失礼いたします」
前に立つとローラントはセレーネの両頬を手で包む。
「え、え、ちょっ! ローラント?」
頬を染めるセレーネに構うことなくローラントが魔力を込めると、黄金色の髪が栗色に染まっていく。
「これでよろしいでしょう。髪の色を変えるだけでも随分印象が変わるものです」
ローラントの魔法によってセレーネの髪色が変わる。先日のお披露目によってセレーネの姿はより多くの民たちが周知することになった。そのままで王都に行けば、民たちはすぐにセレーネだと気付く。
「あ、ありがとう」
「念のため、こちらの帽子も着用ください」
つばの広い帽子を渡されたので、セレーネが受け取り素直に被るとローラントは微笑む。
「よくお似合いです。では参りましょうか?」
差し出されたローラントの手に自分の手を重ねれば、しっかりと繋がれる。
(これって恋人繋ぎ……よね?)
言葉に出すのも恥ずかしいので、ローラントと手を繋いだまま王都への道を歩んでいった。
◇◇◇
王都ではあちらこちらで露店が立ち並び活気がある。
「産地直送の鶏肉を使った串焼きだよ。おっ! そこのきれいなお兄さん一本どうだい?」
セレーネは髪色を変えて帽子を被っているので顔が分かりにくいが、ローラントは伊達メガネをかけているだけなので、何となく造形の良い顔立ちだということが分かる。おまけに身長が高いので、すれ違う女性は振り返ってローラントを見ては頬を染めているのだ。
「ローラント。貴方目立ちすぎるのではないかしら?」
「そうですか? では顔を変えた方がよろしいですか? 殿下はどのような顔が好みですか?」
ローラントの顔は好みなので、できれば変えてほしくないとセレーネは思うのだが、とにかく目立つ。
「私以外の人にはどこにでもある顔に見えるような魔法を使うとか? ローラントなら使えるのではないの?」
「なるほど。認識阻害の魔法を使えばいいのですね」
それは良い考えだという顔をしてぽんと手を打つと、ローラントは何やら詠唱する。魔法を使ったようだ。セレーネには特に変わったように見えないが、すれ違う女性は特にローラントを気にしなくなった。
「これで大丈夫でしょう。さて、どこか行きたいところはありますか? 殿下」
「レーネでいいわよ。市井にいた時はそう呼ばれていたの」
街中で王族に対する敬称である殿下呼びをしていては怪しまれそうだ。
「それではレーネ。貴女の行きたいところに行きましょう」
ローラントに敬称なしで名前を呼ばれたのは初めてなので、セレーネはどきっとする。
(名前で呼ばれただけなのに、どうしてこんなに胸がドキドキするのよ!)
「どうかしましたか?」
「な、何でもないわ。一か所だけ行きたいところがあるの。そこに行った後、露店で買い食いしましょう」
ローラントはくすっと笑うと、「分かりました」と頷いてまたセレーネと手を繋いだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
よろしければブックマーク、評価をしていただけますと励みになりますので、ぜひよろしくお願いいたします。




