20.
国賓との謁見は夕方まで続き、ゆっくりする暇もなくすぐに晩餐会の支度をしなければならなかった。
建国祭のために何着か仕立てたドレスの中から、白のローブデコルテを着用する。国賓を招いた晩餐会では正式な礼装で臨むのが礼儀とされているのだ。ローブデコルテは肩と背中が露出したドレスだが、セレーネの肌は白磁のように美しく、気品に満ち溢れている。
「髪型はアップにいたしますか? さらに殿下の上品さに磨きがかかることでしょう」
「ハーフアップにいたしませんか? 殿下の美しい御髪を引き立てるにはサイドを結われるだけがよろしいかと……」
「編み込みもよろしいのではないでしょうか? ドレスと同じ白色の花を御髪に飾りつければ、殿下の美しさがさらに増すかと……」
新しくセレーネ付きとなった侍女たちはセレーネの髪型について次々と提案をしてくれる。美辞麗句のように聞こえるが、本心からの言葉だということがセレーネには分かっていた。
「貴女たちに任せるわ。このドレスに合うようにお願いできるかしら?」
「かしこまりました」
「お任せください」
雇い入れる際にセレーネ自ら面接をしたのだ。皆ミレーヌのように素直で真面目なタイプだった。王太女として多くの人間と接しているので、見る目はある方だと自負している。そして、セレーネの目は確かだった。
セレーネ付きとなった侍女たちは初日からすっかりセレーネのファンだ。彼女たちがセレーネで推し活をしているということは、ミレーヌだけが知る事実である。
あとはティアラをつけるだけという段階になった頃、扉がノックされる。
「ドレンフォード卿ではないでしょうか? メインルームでお待ちいただきますか?」
セレーネの部屋は客人を迎えるためのメインルームを挟んで、ベッドルームとドレッサールームがある三部屋続きだ。
「ええ。ローラントだったら、掛けて待っているように伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
侍女の一人が応対のため、メインルームに向かった。
「身支度が整いました。殿下、お美しいです。本日の主役は殿下ですね」
「大げさよ、ミレーヌ。国賓の方々の中にも美しい方がたくさんいらっしゃるわ」
今日謁見した国賓の中には夫婦同伴であったり、女性の大使もいたが美しい人がたくさんいた。セレーネは不謹慎にも目の保養とばかりに謁見を楽しんでいたのだ。
「明日のお披露目では間違いなく殿下が主役です。本日は前夜祭といったところですわ」
「前夜祭って……」
明日は『女神の愛し子』となったセレーネのお披露目が行われるのだ。晩餐会の後、お披露目のリハーサルが控えている。
「さあ、ドレンフォード卿が待ちかねていますよ。メインルームに参りましょう」
「そうね。ローラントをあまり待たせるといけないわね」
メインルームに移動すると、ローラントがソファに座り待っていた。
今日は黒の礼服に身を包んでいたが、胸元にはセレーネのドレスの色と同じ白い花のコサージュが差してある。
(やっぱり美人は何を着ても似合うわね。今日の推しも素敵だわ)
相変わらずセレーネの頭の中はローラントへの称賛の嵐だ。前世であれば、ローラントの名前を書いたうちわとペンライトを手に小躍りしてしまいそうな感じだ。
ローラントは立ち上がると、紳士の礼をとる。
「殿下、お迎えにあがりました」
「ごきげんよう、ローラント。黒の礼服もよく似合っているわね」
「礼装の殿下はまた一段とお美しいですね」
極上の笑みを向けるローラントの美しさにセレーネはクラっとする。
(今日の主役はローラントで決まりね! こんな美人と毎日一緒に暮らしたら、楽しいでしょうね。はっ! 私ったら何を考えているのかしら?)
毎日一緒に仕事をしてはいるのだが、プライベートでも一緒であれば楽しいだろうと考えている自分にセレーネは気恥しさを感じる。
(推しを応援するのは、舞台の下か木の影と決まっているのよ)
舞台の下はともかく、木の影はストーカーではないだろうか?
頭の中で勝手な想像をしているセレーネを胡乱な目でローラントが見つめている。
「またろくでもない想像をしているのですか? 晩餐会ではお控えくださいね」
「そんな目で見ないでちょうだい。心得ているわよ。晩餐会では国賓の皆様の会話に耳を傾けるから」
「ぜひそうなさってください。では参りましょうか?」
自然な動作で曲げたローラントの腕に軽く手を添える。
晩餐会は王宮でもっとも広い大広間で行われる。セレーネの席次は国王の次の上座だ。席までのエスコートはローラントがしてくれるが、食事の間は席が離れる。
「ところで、殿下。先ほどは何を考えていたのかお伺いしてもよろしいですか?」
大広間まで移動する際、ローラントから声をかけてきた。セレーネはギクリとする。頭の中で推し活をしてましたとはとても言えない。
「大方、私をネタにしてろくでもない想像をしていたとは思いますが……」
当たりだが、慌ててセレーネはごまかそうとする。
「ろくでもない想像なんてしていないわよ。ただ、ローラントと一緒に暮らす相手は毎日楽しいだろうなと思ったのよ」
そこからあらぬ妄想に走っていったのだが、嘘は言っていない。
「なるほど。それは私の妻になる相手と解釈してもよろしいですか?」
ローラントの口から妻と聞いて、一瞬胸がずきりと痛む。
「そう……なるわね。貴方の奥方になる方は幸福よ、きっと……」
(どうして胸が痛くなるのかしら? いずれローラントは高位貴族の令嬢と結婚するのよね)
ドレンフォード公爵家の後継者であるローラントは、家同士が決めた婚約でいずれは結婚することになる。当たり前のことなのだが、胸が痛みセレーネは戸惑う。この気持ちは一体何なのだろう?
「では、私と結婚しますか?」
「えっ!?」
だから、次に不意にローラントから出た言葉にセレーネは驚く。ローラントを見上げれば真剣な眼差しで見つめられる。これではまるで求婚だ。
「殿下が毎日楽しく暮らせて、幸福になるのであればですが……」
「冗談……よね?」
しばし見つめ合っていたが、ローラントがくすっと微笑む。
「さあ? どうでしょうか?」
かあとセレーネは顔が熱くなる。
「また、からかったわね! 乙女心を弄ぶなんて最低よ!」
「弄んではおりません。意外と本気かもしれませんよ」
「もうローラントの言うことは信用しないわ!」
「それは困りますね。さて、大広間に到着しました」
大広間の入場口に到着したが、セレーネは入場するまでずっとむくれ顔をしていたのだ。その横顔をローラントが優しい眼差しで見つめていた。
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