19.
建国祭当日――。
早朝から外国からの賓客が続々と王宮へ到着する。今回招待したのは重要な国賓ばかりなので、身支度が整ったら王族は謁見の間で出迎えなくてはならない。しばらく謁見の間から離れることができないであろうセレーネにミレーヌが軽食を用意してくれた。
軽食をつまみながら支度を整えてもらい、ローラントとスケジュールを確認する。
「本日は諸外国からいらっしゃった国賓の方々に国王陛下とともに謁見をしていただきます。夜は晩餐会の後、明日の催しの打ち合わせが控えております」
淡々とローラントが今日のスケジュールをセレーネに伝える。
「予定が盛りだくさんね」
「本日だけではございませんよ。建国祭の間は予定が詰まっております」
のんびりと建国祭を楽しめる暇はなさそうだ。時間があればセレーネは王宮をこっそり抜け出し、王都の様子を見物しようと目論んでいた。
ヴィンセントと婚約する前は隙を見て王宮を抜け出し、露店を見たり出店で買い食いをしたりして建国祭を楽しんでいたのだ。ヴィンセントと婚約して王太女となってからは、王宮を抜け出すことはなくなった。
(クズ男との婚約はめでたく解消できたことだしね)
久しぶりに王宮を抜け出して建国祭を楽しもうと考えていた。今年は三百年目ということもあり、イベントが目白押しなので諦めるしかなさそうだ。
「最終日は舞踏会がございますので参加していただかなければなりませんが、その前日の夜の催しはカルタ遊びのみです。国王陛下だけご参加でも構わないということですので、ゆっくりできる時間が少しございます」
「それは……チャンスね」
「はい?」
「何でもないわ。ひとりごとよ」
昼のイベントをこなせば、夜は自由時間ができるということだ。数時間王宮を抜けて久しぶりに王都へ行く計画をセレーネは頭の中で練り始めた。そう思うと、大変なスケジュールもこなせそうな気がする。
謁見の間で次々と訪れる国賓と挨拶を交わしていく。大抵の国は公用語であるリスピア語なのだが、海向こうのグラキア大陸の公用語はベール語だ。セレーネは幼い頃からベール語を話すことができた。なぜなら、セレーネを育ててくれた教会の牧師がグラキア大陸出身だったからだ。
「ソンウォーレン帝国大使のキリアン・オーランドと申します。この度はお招きいただきありがとうございます。あらためまして建国三百年をお祝い申し上げます」
(ソンウォーレン帝国といえばお母様の祖国だわ)
キリアン・オーランドと名乗ったソンウォーレン帝国の大使は流暢なリスピア語で挨拶をした。
「頭を上げられよ、オーランド大使殿。遠路はるばるようこそお越しくださった。我が国の建国祭を楽しんで行かれよ」
「大使に就任して初めての外交ゆえ、お言葉に甘えまして楽しませていただこうと思っております」
頭を上げたキリアンは国王に笑顔で答えた後、セレーネに顔を向ける。グラキア大陸の人種には珍しい黒髪と瞳の色は金色で精悍な顔立ちをした男性だった。
「セレーネ王太女殿下、いえセレーネ・エステル王太女殿下におかれましては、女神エステルの神託を受けられたとのこと。重ねてお祝いを申し上げます」
にこやかではあるが、一瞬だけキリアンの目に宿ったものを見て、セレーネはぞくりとする。
(まるで鷹を射るような眼差しだわ。このキリアンという人物ただの大使ではないわね)
「ありがとうございます、オーランド大使殿」
「我が国は王太女殿下の母君であるクリステア皇女殿下の故国でもあります。ぜひゆっくりと国の話などをお聞かせしたいと思っております」
友好的な態度ではあるが、セレーネの母であるクリステアを王妃殿下ではなく、皇女殿下と敬称をつけた辺りに何やら悪意を感じる。この国に嫁した以上、自国の皇女であっても王妃と敬称をつけるのが礼儀というものだ。
「機会がございましたら、ぜひ貴国のお話を聞かせてくださいませ」
セレーネの言葉には「たくさん国賓がいるのに話す機会があるわけないでしょう」という裏の意味が含まれている。
キリアンがこの駆け引きに気づいているかはともかく彼が謁見の間を辞す際に、不敵な笑みを浮かべたのをセレーネは見逃さなかった。
国賓の訪問の波が途切れたので、セレーネは一旦謁見の間の隣室である控えの間で休憩を取ることにする。
「お疲れ様でございました、殿下。ただいまお茶をご用意いたします」
控えの間で待機していたローラントがお茶の準備をしようとするのを呼び止める。
「ローラント。ソンウォーレン帝国の大使キリアン・オーランドの素性を調べてほしいの」
「ソンウォーレン帝国の大使をですか? 何か気になることがございましたか?」
ローラントは眉を顰める。急に他国の大使を調べろと言うのだ。怪訝に思われても仕方がない。
「あくまで勘だけれど、大使ではないかもしれないの」
ソンウォーレン帝国の大使が最近変わったという情報は得ていた。初めての外交と言う割には、洗練された所作に外交に長けている点では大使に相応しいはずなのだ。だが、何故かセレーネはキリアンに違和感を覚えた。
「どういうことですか?」
「ローラントも会ってみれば分かるわ」
人を見る目が確かなローラントのことだ。きっとセレーネと同じようにキリアンに対して違和感を抱くはずである。
「承知いたしました。殿下の勘を信じましょう。キリアン・オーランド大使について調べてみます」
「ローラントは鑑定魔法を使えるのよね? オーランド大使の鑑定をすれば、手っ取り早いんじゃない?」
聖属性の魔法以外はあらゆる魔法を極めているローラントのことだ。敢えて聞いたことはないが、たぶん使うことができるのだろうと、セレーネは質問をしてみる。
「鑑定はできますが、相手は外交官です。ご本人の承認を得なければ、迂闊に鑑定することはできません」
(外交官特権とかいうやつかしら? 鑑定は個人情報も見れるものね。個人情報に関する法律がこの世界にもあるのかしら?)
セレーネが学んだリンドベルム王国の法典にはそういった法律はなかった。近隣の国の法典にもなかったはずだ。魔法使いの塔には独自の取り決めがあると聞くので、ローラントが言っていることはきっとそういうことなのだろうとセレーネは納得した。
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