16.
神殿は王都の東にある。女神エステルを祭神として祀っている神殿は新年を迎える際の式典、民たちに与える祝福など様々な役目がある。魔法属性の鑑定は鑑定魔法を使える魔法使いでもできるのだが、『女神の愛し子』ともなると話は別だ。女神エステルに神託を受けた者は神殿で鑑定を受けることになっている。
その日、百年ぶりの『女神の愛し子』が訪れるということで、神殿内部は沸き立っていた。セレーネが姿を現すと、神官たちは歓喜する。
「お待ち申し上げておりました、王太女殿下。神殿長のもとにご案内いたします」
丁重に迎えられたセレーネは神殿長が待つ部屋へと案内される。
「王太女殿下にご挨拶を申し上げます。神殿長のユリウスと申します。本日はご足労いただき誠にありがとうございます」
神殿長ユリウスは小説『エステルの戴冠』にも登場していた。年齢は二十代半ばと若いのだが、先代の神殿長が亡くなったので後を継いだという設定だ。水色の髪にアクアマリンの瞳をした優しげな風貌の美青年だった。
(乙女ゲームだったら、攻略対象になりそうなビジュアルよね)
ユリウスの容姿に対して内心そんな感想を抱きながら、セレーネは王族スマイルを向ける。
「神殿長、本日はよろしくお願いしますね」
「どうぞユリウスとお呼びください。それでは本日の手順をご説明いたします」
神殿には「エステルの泉」と呼ばれる小さな泉がある。遥か昔、女神エステルが水を湧かせたという伝説が残る泉だ。その泉に手を浸して魔力を込める。水面が金色に光れば聖属性の魔法として、『女神の愛し子』としての確かな証となるということだ。
「分かりました」
「それでは、準備が整いましたら、お呼びいたします。しばし、この部屋でお寛ぎください」
「補佐官を呼んでも構いませんか?」
「はい。構いませんよ」
ローラントは部屋の外で待機してくれている。女神エステルの神託を受けたのは紛れもない事実なのだが、いざ鑑定となるとやはり緊張するのだ。ここはローラントと話をしていた方が気が紛れるとセレーネは考えた。
「殿下。お呼びでしょうか?」
神殿長と入れ替わりにローラントが入室してくる。
「ローラント。何でもいいから話をしてほしいの」
「はい? 話ですか?」
「そうよ。昔話でも何でもいいわ」
少し考えるそぶりを見せながら、ローラントはおもむろに口を開く。
「もしかして殿下。柄にもなく緊張していらっしゃいますか?」
「柄にもなくとは何よ!」
「いつもは私から話題を振らなくとも勝手に話しているではないですか。そんな殿下が話をしろと仰るのですから、らしくないかと。まあどうしてもと仰るのでしたら、魔法の論理でもお話しますが……」
自分はいつもそんな勝手に話をしていただろうか? とセレーネは考える。
「眠くなりそうだから、遠慮しておくわ。貴方、女性と話をする時にそんな話題を出しているの?」
「ええ。でも大抵五分もしないうちに女性から離れていきますね」
何故、ローラントには女性との浮いた噂がないのか、セレーネは分かった気がした。
「今度から女性と会話する時は難しい話題は避けた方がいいわよ」
「では、どのような話題を女性は好むのですか? 殿下のお好みの話題があれば、お教えいただきたいのですが……」
セレーネはフローラのようにドレスや化粧の話にはあまり興味がない。ドレスは王太女としてある程度恥ずかしくないものであればいいし、セレーネは美人なので薄化粧をするだけで十分に映える顔立ちだ。
しばし考えて前世よく読んでいた小説を思い出す。
「そうね。冒険譚とか聞いてみたいわね」
「そうですか。では魔法使いの塔総出でドラゴンを迎え撃った話など良いかもしれませんね」
「何それ! 面白そう。早く聞かせなさい!」
わくわくするような話にセレーネが身を乗り出したところで、扉がノックされる。
「おや? そろそろ時間のようです。この話はまた今度ゆっくりお聞かせしましょう」
面白い話を聞き損ねてセレーネはがっくりと肩を落としたが、すでに緊張は解けていた。
「エステルの泉」は神殿の最奥にあり、泉の前にはユリウスと数人の神官、両側には国王とフローラ、重臣たち数人の姿が見える。重臣たちに混じって後ろの方にヴィンセントの姿も見えたが、セレーネは敢えて目を向けることはしなかった。大方フローラにせがまれてエスコートをしてきたが、婚約者でも何でもないため、後ろに追いやられたのだろう。
「それではただいまよりセレーネ王太女殿下の鑑定を執り行います。殿下、泉のほとりまでお進みください」
ユリウスの言葉に従い泉のほとりまで進むと、セレーネは手を浸せる位置で屈む。
「泉に両手を浸して魔力を込めてください」
頷くとセレーネは魔力を手の先に集中させる。だが、確かに魔力を込めたはずなのに、泉に変化はなかった。
(何も起こらない? そんな!?)
変化がない泉をユリウスは訝し気に眺め、セレーネに言葉をかける。
「王太女殿下。もう一度魔力を込めてください」
セレーネはずっと魔力を込め続けているが、泉が変化することはない。周りがざわつき始める。
「どういうことだ? 王太女殿下は女神エステルの神託を受けたのではないのか?」
「アンカーレ地方の奇跡は民たちから確認した。確かなはずだ」
重臣たちが騒いでいる中、うふふという笑い声が聞こえる。フローラだ。
「本当にお姉様は女神エステルの神託を受けたのかしら?」
「何を言うのだ? フローラ」
「だって、お父様。本当に女神エステルの神託を受けたのであれば、泉は金色に光るはずなのでは? ですが、泉は何も変化が起こらないではありませんか」
国王がフローラを咎めるが、フローラはなおもセレーネを疑う言動を発する。
「フローラ……王女殿下の仰るとおりです。王太女殿下は泉に魔力を込めているはずなのに、何も起こらないではありませんか?」
ヴィンセントはフローラを擁護するように野次を飛ばす。
「王太女殿下が女神エステルの神託を受け、アンカーレ地方を救ったのは誠です! 私はこの目で奇跡を目の当たりにしました」
セレーネの擁護をしたのはローラントだ。
「ドレンフォード卿。しかし泉は沈黙したままですよ」
ふふんとバカにしたようにヴィンセントは鼻で笑う。
「目撃者は私だけではありませんよ。ノルクシュタット公爵令息。アンカーレ地方の民たちやアルムグレン伯爵令嬢も見ておりました。お疑いであれば、彼らに証言してもらうこともできます」
毅然と言い放つローラントを前にヴィンセントは一瞬怯む。
(……ローラント。よし、もう一度! ん? 待って。泉の中からわずかに魔力を感じるわ。これは!?)
自分を必死で擁護してくれるローラントのためにもと、もう一度魔力を込めようとしてセレーネは泉の中から自分とは違う魔力を感じ取った。
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