13.
いろいろな出来事がありすぎたため、長いようで短い視察を終えて、ついに王都に帰ることになったセレーネは朝早くから帰り支度に追われていた。と言っても、荷物はミレーヌがまとめてくれたので、後は身支度のみだ。
「本当に良いの、ミレーヌ? 一度、実家に帰って報告してから、あらためて王都に来てくれればいいのよ」
「いいえ。このまま殿下のお供をさせていただき、専属侍女の任命を受けます」
再調査の結果、ミレーヌの身上に問題はなかった。王族の専属侍女にはある程度の高い教養が求められる。大抵は貴族の子女が仕えることになっているが、ミレーヌは伯爵令嬢だ。教養的には問題がない。
それにミレーヌは水害の際、危険を承知のうえでセレーネについてきてくれたのだ。疑いの余地はなかった。
ローラントから報告を受けて、早速ミレーヌに専属侍女の打診をしたところ、快く引き受けてくれた。
『殿下には命を救っていただきました。この命が尽きるまで仕えさせていただきとうございます』と。
命の恩人ということでミレーヌを縛りつけるつもりはないが、ようやく信頼できる専属侍女を見つけたセレーネはうれしかった。今度はフローラがどんな嫌がらせをしてきても、守るつもりでいる。
「殿下、道中のお召しものはどうされますか?」
「なるべく動きやすい服でお願いするわ」
「かしこまりました」
王都までは来た時と同様、ローラントと馬車に同乗する。ミレーヌも同乗するようにお願いしたのだが、仕事の話もあるだろうからと、丁重にお断わりされたのだ。
「ミレーヌは気が回る侍女のようですね」
「とても機転が利くのよ。いちいち説明しなくても、こちらの意図が伝わりやすいから助かるわ」
「良い専属侍女を見つけられましたね」
「ええ。生涯仕えてくれるそうよ。まあ、年頃になったら良い縁談を結んで幸せになってほしいから、縛りつけるつもりはないけれどね」
リンドベルム王国の結婚適齢期は二十歳前後だ。セレーネは今年十八歳なのでそろそろ結婚適齢期に入る。順当にいけば、二十歳前にヴィンセントと結婚させられていたかと思うと、身震いがした。あんなクズ男との結婚生活など思い描けない。
「殿下はどうされるのですか?」
「えっ? 何のこと?」
「縁談のことです。将来女王となられるのですから、王配が必要でしょう? クズ……いえ。ノルクシュタット公爵令息とは婚約を白紙に戻されたのですから、あらたに王配候補を探す必要があります」
ローラントはヴィンセントのことをクズ男と言いかけた。日頃、セレーネがヴィンセントをクズ男呼ばわりしているので、影響されたのだ。
「いずれは相手を探さないといけないでしょうね。でも今は独身貴族を謳歌していたいのよね」
「独身貴族ですか? 殿下は王女でしょう?」
くすりとローラントが微笑む。元々こんなに笑う人間だったろうかとセレーネは考える。考えてみてセレーネは愕然とした。
(セレーネつまり私が仕事かヴィンセントことクズ男の話しかしなかったせいか! そういえば私的な会話はあまりローラントと交わしたことがなかったわよね)
「なんか、ごめんなさい。ローラント」
申し訳なくて思わずローラントに謝罪すると、彼は首を傾げた。
「何故、謝るのですか?」
「いや。今まで私といてもつまらなかったかな? って……」
「それは、殿下がクズ男の話ばかりしていたからと捉えてよろしいのでしょうか?」
最早、ヴィンセントに敬称をつけるのも忘れているローラントは意地悪そうに、にっと口の端を上げる。
「うっ!」
(これだから察しのいい男は……)
所在なさげにセレーネが指をもじもじさせていると、ローラントはいつものように美しい笑みを浮かべる。
「心配なさらずとも、殿下とともにいてつまらないと思ったことはございませんよ。むしろ楽しいくらいです」
「楽しいの?」
「ええ。コロコロと表情が変わるし、見ていて飽きません」
確かに普段はなるべく感情を出さないようにしているが、ローラントの前では感情を隠すことはしていない。今の流れで前からローラントに聞いてみたかった疑問を、セレーネは口に出してみることにした。
「ねえ、ローラント。貴方は私が女王になっても、ずっと傍にいてくれるの?」
「もちろんです。どのような形であれ、私はずっと殿下のお傍におります」
今のやり取りを例えばミレーヌが聞いていたとすれば、告白と捉えられても仕方がないのだが、セレーネは全く違うことを考えていた。
(よっしゃあ! 美人で優秀な女王補佐官ゲットだぜ!)
◇◇◇
王都の中心にある街路をセレーネの馬車が通ると、国民の大歓声があちらこちらから上がる。
「王太女殿下が王都に帰還されたぞ!」
「『女神の愛し子』万歳!」
女神エステルの神託をセレーネが受けたということは、たった一日で王都中に知れ渡ったのだ。セレーネが今日視察から王都に帰るということは、当然王都中の民が知ることになっても何ら不思議はない。一目『女神の愛し子』の姿を見ようと、街路全体に民が押し寄せた。
「これは英雄の凱旋か何かなの?」
「ある意味、英雄の凱旋かと……」
アンカーレ地方で起こった水害をセレーネが救ったのだ。そういった意味ではセレーネは「英雄」なのかもしれない。
「民たちが手を振っていますよ。答えてあげてください、殿下」
今までもセレーネは民たちに向けて馬車から手を振ったことはあるが、それは国王のおまけとしてだ。セレーネ自身が歓迎されたことはないので、若干戸惑いがある。
「これも王族としての務めね」
馬車の窓から顔を覗かせると、王族スマイルを顔に貼りつけて手を振る。
「わあ! あの方が王太女殿下? 初めて見た! すごくきれいね。女神様みたい!」
「何て美しくてお優しそうなの。『女神の愛し子』として相応しいお方だわ!」
皆、口々にセレーネを褒め称える。セレーネも褒められて悪い気はしない。むしろうれしいので、王族スマイルは心からの笑みに変わる。
「ですから、感情を出しすぎだと申し上げているのです。素直なのは私の前だけで良いのに……」
ローラントはまたため息を吐いた。
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