06 霧の向こう側、過去への扉
ほっこり学園ラブコメ。
魔法の実技の担当講師は30歳前後の落ち着いた雰囲気のハティ・ハリスン先生だ。
「あなた方が入学して二か月が過ぎました。鍛錬の成果を確認しましょう。いざという時に魔法を撃てない魔法使いは貴族に非ず。魔法は撃ってなんぼですからね。みなさんの華麗なる成長を期待しています」
先陣を切ったのはフィリオン。
フィリオンは全属性の魔法で標的を撃ち抜いた。
「いいですね、フィリオン君。器用貧乏ここに極まれりって感じですよ」
「それ褒めてんのかよ」
「もちろんです。あなたならどこに行ってもやっていけますよ」
次に魔法を放ったのはロリーナ。ロリーナの手を離れた魔力の塊はふよふよ飛んで、ぺしゃっと標的に当たって消えた。
「ロリーナさんは、うーん……」
「なんてショボイ魔法なんだ」とフィリオン。
「わたくしは魔力偏差値が高くないのです。節約して使わないと枯渇してしまうのです」
「スキルを使えばいいんじゃね?」
「……」
「今は魔法の授業ですからスキルを使う必要はありません。攻撃力は弱くても全て標的の中心を正確に捉えているので、コントロールに関しては満点ですね」
と先生から高評価をもらっていた。
続いて魔法を放ったのは留学生のアントネッラ。全属性の魔法で確実に的の中心を撃ち抜く。
「アントネッラさんは、フィリオン君の上位互換という感じですね。全ての属性が高威力なおかつ精緻なコントロールができています」
「ありがとうございます、先生」
アントネッラは更に足もとの黒猫に指示を出す。
「オルフェ、アタック!」
黒猫オルフェは疾風のごとく標的の中心を鋭い爪で撃ち抜いた。
戻ってきたオルフェはゴツンと頭をぶつけてアントネッラにすりすりする。
「使い魔かよ、すげえ……」
フィリオンを含めクラスメートたちは感嘆しきりだった。
「次はわたくしの番ですわね」
ジョアンは一撃で全ての標的を粉砕してしまう。
「ジョアンさんは、なんというか国を滅ぼしかねないレベルですね」
先生からの評価も上々である。
「おーーっほっほっほっ! 竜の血が滾りますわあ!」
ハティ先生が赤毛の少女のところにやってきた。
「あなたはどんな魔法を見せてくれるのかしら?」
彼女は魔力の触手を標的に伸ばす。
「『ショート・リープ』」
全ての標的が一瞬で消え、足元に重なって現れる。
「まあっ!」
ハティ先生は手をたたいて喜ぶ。
「すばらしい鍛錬の成果です。その調子で鍛錬を続けて下さい」
「ありがとうございます」
* * *
授業の後アントネッラの周りに学生たちが集まった。
「アントネッラは使い魔をお持ちですのね」
「ええ、普段は寮のベッドで寝ているのですわ」
「いいですよねえ、猫」
「定番ですものねえ」
「オルフェにはどんな能力がありますの?」
「そうですね、愛される能力かしら。ピンとシッポを立ててやってきて、ゴツンと頭をぶつけてきたり、身体をこすりつけたり、本を開くと上に乗ってきたり、一日に一度は必ず膝の上に乗らないと気が済まないのです」
「うらやましいですわ!」
「喋ったりは?」
「うふふ。しませんよ」
「一言も?」
「猫ですもの」
「使い魔の猫がおしゃべりするという話はよく耳にしましてよ」
「よほどおしゃべりが好きな猫なのですね。オルフェはおしゃべりはしませんけれど、尻尾や耳で意思表示しますのよ。ときにはゴロンと寝転んでへそ天ですわ」
「まあっ! へそ天! へそ天は素晴らしいですわよねえ」
「わかりますか? へそ天は最高のご褒美なのです。へそ天の後はお待ちかねの、お腹に顔を埋めてからの猫吸いですわ!」
「「「「きゃーーっ ♡ 」」」」
盛り上がっている女子たちを横目で見ながらフィリオンがつぶやく。
「使い魔オレもほしいぜ」
それを耳にしたジョアンが振り返った。
「どんな使い魔がほしいんですの?」
「やっぱかわいい妖精系がいいよなあ、えへへっ ♡ 」
すんとジョアンがジト目になった。
「妖精に卑猥なポーズをさせて喜ぶ殿方の噂を時々耳にしましてよ。あなたも同類なのですわね」
「ばっ、そんなことっ!」
「絶対にないと断言できまして?」
「うっ……」
「殿方というものはこういう生き物ですのよ」
とジョアンは言い聞かせられロリーナはコクリと頷く。
「妖精さんに卑猥なポーズをさせるのはいけないと思います」
「ぐうっ……」
「ジョアンはどんな使い魔がほしいの?」とスカーレットは尋ねる。
「そうねえ。何でも言う事を聞いてくれる使い魔がいいですわ」
「そんな都合のいい使い魔がいるもんか!」とフィリオン。
「仮定の話ですわよ。けれどいつか必ず手に入れてみせますわ」
アントネッラの足に纏わりついている黒猫オルフェを見ると、尻尾をピンとたてて身体を何度もこすりつけている。
小さくて愛くるしい猫からの無条件の愛情に羨ましさが募る。
(名前は憶えていないけれど、前世では猫を飼っていたわ)
白い猫だったような気がする。
唐突に胸が締め付けられ息苦さに襲われる。
ズキン……。
(なんだろうこれ。悲嘆? 罪悪感?)
前世の記憶は霧に覆われた街のようにぼんやりとしか見えない。
(思い出すなって言ってるのかしら)
確かに思い出す必要のない記憶なら山ほどある。前世の学校とか、学校とか、学校とか。苦痛と絶望にまみれた前世の学校。嫌悪しかない。
(だめだ。思考が堂々巡りしちゃってる。気分転換が必要だわ)
クラスメートから離れ、ひとり中庭を歩く。花壇には秋の花が植えられて学生たちの目を楽しませてくれる。シクラメン、パンジー、キンモクセイ、ダリア、ベゴニア、サルビア、花の名前を数えているうちに四阿に辿り着く。
しばらくベンチに腰かけて花を眺めていると背後から声をかけられた。
「スカーレット?」
「パーマー様」
振り返った赤毛の少女を見て彼は驚いた表情で立ち止まる。
「泣いていたのか?」
「いいえ、泣いてなんか……」
そう言いかけた先からポロポロと涙が零れ落ちる。
「誰かに虐められたのか?」
「いいえ……」
止めようとしても涙が止まらない。
(けっして泣きたかったわけじゃないのに、ただ……)
パーマーはスカーレットの隣に腰を下ろす。
「私でよければ話すがよい」
真剣な面持ちで彼は耳を傾ける。
彼女の唇から堰を切った様に言葉が零れ落ちる。
「昔飼っていた猫を思い出して……何故か胸が締め付けられて……心が痛くて……」
「うむ」
「もう鳴き声も姿さえも思い出せないのに、深い悲しみだけが押し寄せて息が出来なくなるのです……」
長い腕が伸びてきて彼女は彼の胸に抱きしめられていた。
「そういう時は思いっきり泣けばよい。私の胸でよければいつでも貸そう」
「パーマー様……」
「誰にも憚る必要などない。泣くという行為は自然な行為だ。自分のためであっても他者のためであっても、流す涙に貴賤はないと私は思う」
「ううっ……うわああああああん」
涙は後から後からとめどなく流れ、深い悲しみを洗い流す。
「わああああああぁぁぁぁ……」
彼の手が彼女の背中を優しく撫でる。
(これは儀式だ。悲しくても泣けなかった過去と決別するための大切な儀式だ)
アリーチェ・プレザンス・リデルで生きるために、自分の足で歩くために必要な儀式だったと後にスカーレットは回想する。
ほっこりさんってどういう存在なんですか?
ほっこりさん「ぼくちんほっこり学園の精霊☆こり。ぼくちんがいるから学園はほっこりしている☆こり」