ep7 ケジメをつけたいんだ!!
「監視していた私の同僚の持っていた計測器……と言っても、遠く離れた所からの撮影であったため、この写真に写っている全ての事象を完璧に計測できたワケではありませんが、その計測器によると……あなたの兄から強力な、この惑星には存在しない魔力が発せられているそうです。間違いなく、空の彼方から飛来した何かがあなたの兄に取り憑いて――」
「思い、出した」
ユミールの説明の途中で、俺は言葉を挟んだ。
すると一瞬、ユミールと陛下は怪訝な顔をしたけれど……俺の言葉から、何かを察してくれたのだろうか。
そのまま俺が話すのを待ってくれた。
「なんで、俺は忘れてたんだ」
けれど、その優しさが逆に辛い。
俺は今まで、こんな重要な事をなぜか忘れてて……そしてそのせいで惑星規模の危機に発展しているのに。
「俺が、もっと早く気付いていれば…………こんな事にはッッッッ」
なんで、そんなに優しくしてくれるんだ。
「…………もしかすると、それも連中の特殊能力かもしれない」
陛下は、深くは訊かず、それどころか優しく俺に語りかけた。
確かに、そうかもしれない……だけど、どっちにしろ俺がレニーに寄生した何かの事を早く思い出さなかったせいで、惑星規模の危機を招いた事に変わりはない。
「ロニー君。今からでも遅くない。君が知っている事を全て教えなさい。その情報がこの戦いを左右するかもしれないからね」
けれど、陛下は。
そんな俺に対し罵倒などをしない。
なんで、こんなに優しくしてくれるのか……分からない。
だけど、何にせよ情報は必要だ。
この惑星がレニーに取り憑いた者達によって支配されてしまう……そんな最悪の結末を迎えないためにも。
だから俺は陛下達へと、俺の知っている全て話した。
※
レニーの脳を中心に乗っ取っているだろう何か。
俺のかつての婚約者達を始めとする女性達をなんらかの分泌物……中毒性のある何かによって中毒にしてハーレムを築いている何か。
この惑星の外からやってきた何か。
俺の知る限りの、その何かについての情報を全て陛下達に話した後…………俺は王城の一室を貸し与えられた。
その何かに乗っ取られていた国から脱出した時の疲れがあるだろうから、戦争に巻き込まれないためにも、戦争が終わるまで休んでいてほしいのだろう。
さすがに疲れたため、部屋の寝台に上がった途端に眠ってしまったけど。
それでも、俺が早めにレニーに取り憑いた何かの事を思い出さなかったせいで、取り返しのつかない事になっている事実が寝ても覚めても頭から離れなくて。
次第に、そんな自分が嫌になって。
レニーに取り憑いた何かの事を思い出せなかった、その責任を取りたい気持ちが芽生えてきて……俺は自然と、状況報告のために城に戻ってきた諜報部隊の方に、俺も参戦したいと、陛下に伝えてくれるよう頼んだ。
「…………ロニーさん。あなたの持っていた情報――相手が出せる催眠ガスの情報だけでも充分、我が軍の助けになっています」
おそらく、俺の記憶の一部が消えた原因。
大規模流星群に紛れてこの惑星に飛来した寄生生物が、ロニーに取り憑いた直後に出した、紫色のガスの事だ。
「それに、我が軍が行った敵の体の解剖により、敵の生態が徐々に明らかになってきました。確かに犠牲者は少なくないですが……それでも、あとひと月くらい経てば彼らを殲滅できます。なので気にしないでください」
「だ、だけどッ!! 俺、は……ッ」
諜報部隊の方は、俺が責任感で押し潰されないように、できる限り言葉を選んで話してくれている……だけど、だからと言って、それで俺の犯した罪――レニーに取り憑いた存在に気付かず、ここまで事態を悪化させてしまったそれが消えて無くなるワケじゃない。
その責任を、俺は何としてでも取りたい。
「…………分かりました。とりあえず陛下にはお伝えします」
すると、俺の思いが伝わったのか。
諜報部隊の方は溜め息まじりに言った。
「ただし、どうなるかは分かりませんよ」
※
「ロニー様、お気持ちは嬉しいですが」
そして、それから三日後。
なんと返ってきたのは返事ではなく……ルシエ様だった。
「私達としては、せっかく助けたあなたに戦ってほしくはありません。あなたの気持ちも分かりますが…………それでも、私はあなたに一緒に戦ってほしかったから助けたワケじゃありません。あなたも護りたかった…………だから助けたんです」
しかも彼女は……鋭い眼差しでありながらも。
今にも泣き出してしまいそうな……そんな雰囲気も漂わせていた。
そんな彼女を見ていて、俺の気持ちは揺らぐ。
俺だって、彼女の気持ちが理解できたのだから。
俺だって、かつては貴族だ。
率先して国民のために動かなければいけない立場だったんだ。
そしてそれ故に、国民を守るために動いたのに、その国民までもが動いて、それでもしも国民に何かがあってしまったら…………それを考えただけで、自分は何のために戦ってきたのか分からなくなるだろう。
いや、戦争の場合は……どうしても犠牲者は出てしまうけれど。
そしてその犠牲の中には、当たり前だけど国民もいるけれど……それでも国民に傷付いてほしくない気持ちに嘘は吐けない。
その気持ちを今、ルシエ様も抱いている。
そして俺は、その彼女をこれでもかと悲しませている。
だけど、何度も言うようだけど……だからと言って、自分が犯してしまった罪は消えないし、その罪を背負ったまんまいつまでも守られていたくない。
「それでも…………俺も、戦わせてくださいッッッッ」
だからこそ、俺はルシエ様に頭を下げる。
守られてばかりじゃ、俺はいつまでも変われない。
ルシエ様に助けられて。
そして現状の異常に気付かずにただただ日常を謳歌していた……ルシエ様と再会する前までの自分から脱却できない!!
「俺は……もう現実から目を背けたくないんだ。助けられるのを待つばかりで……いたくないんだ!!」
「…………分かり、ました」
すると、ルシエ様は。
震える声で……俺に言った。
それは、怒っているような声ではなかった。
ショックを受けている……そんな感じの声だった。
せっかく助けた俺を。
死が蔓延する世界に再び連れ出す。
その事と、俺の気持ちを天秤に掛けてくださって…………心苦しいのだろう。
下手をすると、俺が死ぬかもしれない。
そんな可能性が頭の中を過ったのかもしれない。
だけど、それでも……ルシエ様は俺の気持ちを受け止めてくれた。
しかしまだ、了承されていない。
もしかすると……一緒に戦わせないかもしれない。
だけど、それもしょうがない。
俺は頭を下げつつ、そうも思う。
一国のお姫様に無茶を言ったのだ。
そう簡単に、元貴族とはいえ今や平民の俺の意見など通るハズがない。
「私としては……今も、あなたに戦ってほしくありません」
そして、ルシエ様は……震える声のまま言う。
「だけどあなたの気持ちも無視できない。だから…………私があなたを鍛えます。あの異形との戦いで生き残れるように」
※
「よろしかったのですか、ルシエ様」
ルシエがロニーがいる部屋から出た直後。
廊下で今まで待っていたモンジロウが上司に問いかける。
「あんな事を言ってしまわれて」
「気にしないでください、モンジロウ」
しかしルシエは、まだ少々震える声でありながらも……部下へと告げた。
「最初から、覚悟していましたから」