ep5 侵略戦争が進んでいた!?
「詳しくは、私の国の諜報部隊が集めたデータを見て知ってほしいのですが」
太陽が西へと傾き始める中。
バシャバシャと、水しぶきを立てる音がする。
ルシエ様が国境にある川……というか一部の国境は川のある所なのだが。
とにかくその国境にある川で、体を洗っているため出ている音だ。
ちなみに俺は、そんなルシエ様を……先ほどモンジロウが張った陣幕越しに見ている。上方に移動しない限り覗く事は叶わないよう、わざわざルシエ様を中心に、モンジロウがその四方の地面と川の中の砂地に、陣幕付きの、そして伸縮自在の幕串を突き刺し張った陣幕だ。
まさかと思うけど、先ほど俺の生まれた国を消す……とか言っていたから、本気で戦争をするために用意していた陣幕だろうか。
しかし、そんな考えもすぐに吹き飛ぶ。
陣幕の下の方から流れてくる、紫色に染まった川の水が見えたからだ。
先ほどルシエ様とモンジロウが戦った何か。
あの悍ましい……まるで虫のような何かの血だ。
だが、虫の血にしては色がおかしい。
かつて俺の味方だった学院の先生によれば……虫の血液は黄や緑だったハズ。
紫色の血液を持つ虫など聞いた事がない。
まさか新種の、人型の虫なのか、それとも……。
「先ほどのアレは、一言で言うと寄生虫です。そして、この惑星の存在ではありません」
そうして俺が考えを巡らせていると、その答えをルシエ様はくれた。
しかし俺は、その答えの意味を一瞬……あまりにもぶっ飛んでる答えであるため理解できなかった。
今ルシエ様は……何と言った?
アレがこの惑星の存在じゃない??
「…………ちょっと待ってください」
そして、全てを理解した直後。
俺は咄嗟に、ルシエ様へと……顔を強張らせながら訊ねた。
「まさか、アレは……別の惑星からやってきた存在だと????」
「その通りです」
ルシエ様は陣幕を捲り上げながら言った。
と同時に俺は、驚きのあまり目を見張った。
なぜならルシエ様は、キャミソールと短パンしか身に着けていなかったのだ!!
彼女の鎖骨どころか、胸の谷間……さらには適度にムッチリとした体型まで、俺はモロに目撃した。
途端に俺は、女性のそういう無防備なところを見た事がなかったために気恥ずかしくなり……すぐに目を逸らした。
一国の王族がそんな無防備な服装をしていいのかと思いつつ。
だけど相手が戦士長でもあり、そして今が、あの悍ましい何か――別の惑星から来たという、寄生虫との戦争中である事を考えると……いつまでも、最初に会った時から水浴びをするまでの間に着ていた服装…………軽装備の傭兵のような服装でいると、気が休まらないかもしれないな、とも思う。
けれど異性がいる場でその服装は無防備過ぎる。
というか俺以外にもモンジロウも近くに見張りでいるんだが――。
「終わりましたか。じゃあ俺も使わせてもらいます」
「はい。見張りご苦労様」
「というかルシエ様、風邪を引きますよ?」
「心配は無用です。私は一度も風邪を引いた事がありませんから」
だがしかし!!
モンジロウは一切動じない!!?
まさか見慣れているのか!?
それか俺の貞操観念が間違っているのか!?
「フフッ、もしかして……ビックリさせちゃいましたか?」
俺が動揺していると、ルシエ様はついさっき川で洗った、謎の相手の返り血が、大量に付いていた(川で軽く洗った程度だから全体が薄紫色になっている)服を、今着ている新たな服を入れてた鞄の中に入れてから、面白そうに笑みを浮かべつつ俺を見た。
「すみません。戦場では、男女差など気にしていないので。あなたが生まれた国の貞操観念などを考慮していませんでした」
そう言う割には、上着を着たりする様子はない。
まさかルシエ様は、本気で俺をからかっているのか。
それとも当分、先ほどまで着てた装備を着たくないのか。
「っていうか……アードラント王国って、戦争していたんですか?」
だがそれはそれとして。
気になる話が出たので質問した。
俺が生まれた国に、アードラント王国がどこかの国と戦争をしているという情報は入ってこなかった。
ならば先ほどルシエ様の口から出た、戦場云々な話は何なのか。
「ええ、そうです。それも……先ほど戦った敵との戦争です」
「ッッッッ!?!?!?」
けれどその答えを聞き、俺は納得と。
新たに生まれた謎――なぜその寄生虫との戦争に関する情報が、俺が生まれた国に入ってこなかったのか、への困惑を覚えた。
「詳しくはアードラントに着いてから話しますが」
ルシエ様は目を伏せながら告げる。
困っている顔だった。
俺が余計な先入観を抱かないように、彼女はどう話すべきかを考えながら話している……俺にはそう感じた
「彼らは、流星と共に墜ちてきた……そう考えられています」
「?? 流星と…………ッ!!」
するとその時だった。
俺は何かを思い出しそうになった。
一瞬だけ、暗い場面が脳裏を過り。
そして次に、息苦しさに似た感覚があった。
けれどその感覚は、脳裏に暗い場面が映し出された、その次の瞬間に途絶える。
今のは、いったい何だったのか。
分からないけど……何か、重要な事を忘れているような。
そんな気がしてならなかった。
「そして彼らは、常に水面下で活動しています。なので……私達も、水面下で活動するしかなかったのです」
さらに告げられた謎の答えを前に、俺は改めて恐怖を覚えた。
あの、寄生虫……それも別の惑星由来の存在が、俺達が知らない場所で秘密裏に何かをしている。
そして、俺が生まれた国を知らず知らずの内に制圧している。
それは、もはや侵略戦争。
それも、俺をアードラントに亡命させる最中に起きた闘争のような例外を除けば血を流さずして成せる侵略戦争だ。
血で血を洗う戦争も、確かに怖い。
だが、知らず知らずの内に、じわじわと……正体不明の敵によって制圧される、その手段も、過程も……未知への恐怖もあってさらに恐ろしい。
そしてそれに、俺が巻き込まれかけたかと思うと。
寄生虫、と言っていたところからして、俺にも寄生して……俺があんな悍ましい姿になっていたかと思うと、余計に恐ろしい!!
「ルシエ様、終わりました。日が暮れる前に入国しましょう」
俺が恐怖のあまり、体を震わせていると。
陣幕の中からモンジロウが現れ、そして新たに着替えた服を今まで入れていた鞄に、川で洗った服を入れつつ言った。
「分かりました。陣幕の片付け手伝いますね」
「……ぁ…………俺も、手伝わせてください」
だがしかし、いつまでも怖がっている場合ではない。
俺はルシエ様とモンジロウに、命を救われた身なんだ。
それなのに俺だけ何もしないワケにはいかない。
俺は両拳を強く握り締めた。
呼吸や心臓の音がうるさいけど……両拳を握り、意識を集中したおかげか、少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。
「…………分かりました。手伝ってください、ロニー様」
するとルシエ様は、真剣な表情をしながら俺の願いを受け入れた。
そしてモンジロウは、同じく真剣な表情で「了解です」と言いつつ頷き……粛々と陣幕の片付けを開始した。
俺も四本の幕串の内の一つに近寄り、片付けに入った。
太陽が、もうすぐ沈む。
闇に紛れて動くモノ達の時間が…………始まる。