ep2 再び“彼女”と出会った!?
あり得ないにもほどがある。
常識からあまりにも逸脱していると……俺は思っていた。
俺の周囲の人間――両親や使用人だけでなく、教師や友人までもがレニーの虜になって、屋敷でも学院でも肩身の狭い思いをするようになってから……ずっと。
そしてそれだけでもショックなのに。
俺の味方が大幅に減っただけでも悲しいのに。
トドメとばかりに……家同士の利益のための婚約ではあったものの、それでも俺なりに愛した婚約者を奪っただけでなくその婚約者と子供まで作って……さらには非常識にも、妻子がいる身でありながら俺の次の婚約者まで奪い取って!!!!
それが兄の……いやそれ以前に人間のする事なのか!?
確かに、国によっては一夫多妻制を採用しているらしいが……この国は、重婚を許さないぞ!?
まさかこの国――ロレンツァの法律を堂々と破る気なのか!?
いやまさか、レニーは王族までも虜にしていて……法律を自由に変えられる立場だとでもいうのか!?
まさか、あり得ない。
さっきも言ったけどあり得ない。
なんで、人を虜にし取り入る才能があるというだけで!!
そのレニーを中心として、世界が回っているかのような、ご都合主義にもほどがあるあり得ない状況になっているんだ!?!?!?
というか、レニーがこの国を裏で操れるほどの力を持っているのがもしも事実であったならば、このロレンツァは…………レニーを中心とした独裁国家になってるという事じゃないか!!!!
なんだこのあり得なさ過ぎる状況は。
ありきたりな都市伝説ならぬ王都伝説まがいな状況は。
理解不能としか言いようがない。
というか、なぜわざわざ俺から奪う????
自分なりに幸せを掴もうとしている俺からわざわざ!!!!
そんなに俺に対してマウントを取りたいのか????
それとも俺はいつの間にかレニーの恨みを買っていたのか????
いや何にしても!!
人から大切なモノを奪うなんて事が許されていいワケがない!!
「そこのあなた!」
そして、俺の頭の中が怒りと困惑でごっちゃになっていた時だった。
俺の目の前――つまりベンチの前の方から突然女性の声が聞こえてきた。
「ルシエ様、もしやこの方……!」
「ええ、間違いない。この人は大丈夫よ」
…………いったい何を言っているのだろうか。
いや、レニーのあり得ん言動とは違い、そもそもどういう状況なのか俺が把握をしていないから、分からないのは当然だけど。
「とにかくそこのあなた、良かった。あなたはまだ被害に…………あら? まさかあなた……ッ!?」
声が、近付いてくるのを項垂れた状態から察する。
どうやら相手は、項垂れている俺に対して声をかけていたようだけど……なんで驚いているんだ?
それに、大丈夫とか……ワケが分からなくて。
とりあえず俺は、顔を起こして相手の顔を見て…………状況からして、俺に声をかけてきたとしか思えない女性を見た瞬間。
俺の脳裏で、幼い頃の……ある夜の出来事がフラッシュバックした。
※
あれは、百年に一度の周期で見られるという大規模な流星群を見るために、家族と使用人と一緒に……それがよく見えるという山に行った時の事だ。
その夜は、平民だけでなく王侯貴族やその使用人までもが山に出張っていて。
ハッキリ言って、王都が一時的にゴーストタウン化するくらい、空き巣が出るのではないかと心配になるくらい、その山の会場にはたくさんの人がいた。
そして、その会場の……王侯貴族専用のベースに行く途中で。
俺は人ごみに揉まれる中で、繋いでいた父の手を思わず離してしまい、そのまま迷子になってしまった。
周囲は、自分はあまり知らない人だらけ。
そしてそんな周囲の人は、俺を一瞥こそするけど……手を差し伸べる事は、一切なかった。
自分達の事で忙しいのだ。
ついでに言えば、手を差し伸べようとする人もいたけれど……俺が貴族と知るや否や、下手に貴族の事情に関わって変な疑いをかけられる可能性があるんじゃないかと思ったのか、遠慮していた。
とにかく、俺は一人だった。
そして、その孤独感に耐えられず……その場で思わず、声を上げて泣いてしまいそうになった時だった。
『ほら、泣かないの。カッコイイ顔が台無しよ?』
一人の少女……と言っても、当時の俺より数歳ほど年上だろうか。
とにかく、俺の前に一人の少女……短いプラチナブロンドの髪を生やし、綺麗な赤い目をした……ちょっとぽっちゃりした少女が現れた。
いや……この国の女性の方が、ちょっと痩せ過ぎな気もしないでもないが。
とにかく、俺の前にそんな少女が現れ。
そして彼女は、泣いている俺の前に立つと……優しく抱き締め、そして『大丈夫大丈夫』と言いながら、背中を優しく叩いてくれた。
『ほら。私が付いてるから。一緒にお母さんとお父さんを捜そ?』
たった一人で不安だった俺は、その瞬間。
ずっと前に親に抱き締められた時のような感覚を覚えた。
するとそのおかげで、俺は落ち着きを取り戻し。
ついでに言えば涙も引っ込んで、彼女と手を繋ぎながら、一緒に家族と使用人を捜し、無事合流したのだが…………彼女はいつの間にやら俺の隣から消えていた。
もしかして、夢でも見ていたのか。
ふとそう思ったりもしたけど……とにかく俺は、無事に家族と使用人に再会する事ができて良かったとその時は思い――。
※
そして、そんな彼女に似た女性が……目の前にいた。
プラチナブロンドな髪と赤い目が特徴で。
そんでもって、なんというか…………健康的な体型の女性が。
「いつか会えるとは思っていましたが、ようやく会えましたね」
あの時の彼女と同じく、目の前の彼女も俺に笑みを向けてきた。
というか、台詞からして……もしや彼女はあの時の彼女なのか。
そして、いつか会えると思ってた?
いったい彼女が何の事を言っているのか……俺には分からなかった。
だけど、たとえ相手の正体が何であろうとも。
また、裏切られるかもしれない……そんな可能性が浮かぶけれど。
それでも、俺は…………あの時のように、たった一人になるのが嫌で。
というか、今の状況とあの時が……嫌でも重なって。
心が思わず、子供の頃に戻ったかのように……切なくなって。
それ故に、俺は……彼女、そして彼女の付き人の目も憚らず。
その場でこちらから彼女を抱き締め……………………泣いた。
あの時とは違い、涙が止まらない。
それだけ俺は、今の状況に追い詰められていた。
今はただ……誰かにそばにいてほしかった。
たとえまた裏切られるとしても…………それまでそばにいてほしかった。
チャキッという、嫌な音がした。
金属製の何かが鳴る……嫌な音だ。
「おやめなさい」
すると、その音源に対し……彼女は凛とした声でそう言った。
「ほら、泣かないの。カッコイイ顔が台無しよ?」
そしてさらに、彼女は。
あの時のように、俺を抱き締め……そう言ってくれた。
俺の中から。
さらに涙と嗚咽が出てきた。
あの時と違って……やっぱり涙は止まらない。
だけど、泣く事で少しずつだけど……俺の中に溜まっていた、嫌な感じまでもが体の外に出ていくような気がした。
※
一人の男がいた。
数多の女の中心に。
彼女達に、必要なモノを与えるためだけに。
男は、自分が何年も掛けて作り上げた世界を見ながら満足そうな顔をした。
しかし、だからと言って彼の心が満たされたワケではない。
なぜなら彼の、最終的な目標はここで止まる程度のモノではないのだから。
「…………そろそろ、動こうか」
故に男は、自分を求めて集まった、数多の女の一人から口を離し…………自分に言い聞かせるように言った。
「この世界を、奪るために」