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第97話 玲瓏のエイジェニ

 興行を満喫してお店に戻ると、商品はだいぶ売れて、もう半分も残っていなかった。これがお祭り効果!

「……シャロン、アレをどうにかしてくれ」

 ため息をつくシメオンに促されて入り口近くの木を見れば、先ほどのヴァンパイアンとかいう吸血鬼愛好家が壁際に立って、木の後ろから熱い視線を送り続けていた。

 ずっといたのかい!

 確かに買いものも終わったのにいられたら、うっとうしいわね。店員に逃げられても困るし。いっちょ注意するか。

「ちょっと、いつまでそこにいるの? 帰らないんなら見物料を取るわよ」

「お金でしたらどうぞ」

 私の手に銀貨が乗せられた。

 めちゃくちゃ気前がいいわね。まさか……お金持ち?


「どうぞ心行くまでご覧ください。ホホホホホ」

 お金をもらったら断れないわ。暇をしている小悪魔に、私のお店から椅子を持ってこさせて、彼女に勧めた。彼女は椅子に座り、シメオンを見つめ続けている。

 さすがシメオン、モテるわね。この罪作りな吸血鬼よ。

「シメオンさん、害があるわけでもないし好きにさせましょう。人生には諦めも必要です」

「私は吸血鬼だ、人生などない」

「まあまあ、細かいことは気にしない! さ、お客さんですよ。いらっしゃー……」


 聖騎士を三人引き連れ、長いストレートの髪は快晴の青。瞳は紺色で、水色のゆったりした服に、白く太い布のベルトをした女性。

「エイジェニ? お祭りに来たの?」

「お久しぶり、シャロン。周りが人外ばかりだから、ついに貴女も人間を辞めたのかと思ったけど、まだギリギリ人間でいたみたいね」

 にっこりと微笑む。コイツは清楚なフリをして、特に私に対して口が悪いのだ。

「……聖人か?」

「吸血鬼さん、初めまして。七聖人の一人、玲瓏れいろうのエイジェニですわ」

 エイジェニは片足を引いて腰を落とし、スカートのすそを軽く摘まんだ。

 玲瓏の呼び名は、美しい歌声を女神ブリージダのお気に召して付けられた二つ名だ。その為、女神様を讃える式典などで招待されることが多く、食事などのマナーも七聖人の中で一番キレイなのだ。


「シメオンという。お見知りおきを」

「へー、店長さんと同じ人類とは思えないですね。私はブルネッタです」

「ご丁寧にありがとう」

 二人とも私に対する態度と違わないか。同じ七聖人なんだから、同じように丁寧に接するべき。

 どうせ買いものをするわけでもないだろうし、さっさとお引き取り願いたい。

「招待でもされた? そんな大きな祭りでもないわよ」

「招待されたのは、隣国なの。ここに貴女がいると聞いていたから、もし犯罪をして捕まっていたら、助命嘆願をしたいから寄ったのよ」

「誰が死刑囚よ!!!」

 助命される覚えなどないわ。そんな心配をする方がおかしい。

 しかし聞こえているはずなのに、誰も反論しない。


「冗談よ。真っ当に暮らしていると信じていたわ」

「信じているっていうのがおかしいじゃない、真っ当に暮らしてるに決まってるわ」

「胸を張って、真っ当と言えるほどか?」

 シメオンがぼやいている。こんな真面目で健気なシャロンちゃんに対して、失礼な吸血鬼だ。

 日も暮れてきた、夜の帳が降りたらお店を閉める。エイジェニとお喋りしている時間などないわ。

「はいはい、用は済んだでしょ。帰った帰った」

 無理に追い返そうと、押したり引いたりしてはいけない。エイジェニの護衛につく聖騎士は、彼女の熱狂的なファンだったりする。剣を抜くのが早いのだ。基本的に威嚇だけで、簡単に斬りつけたりはしない。

 

「ねえ、せっかくだから歌を披露したいの。領主様はどこかしら」

 歌うのが好きなエイジェニらしいわ。七聖人だし、何処へ行っても、飛び入りでも歓迎される。

「領主に頼まなくても、広場にステージを作って興行をやってるのよ。演目が終わったらステージを貸してもらえば? ラウラの母親が関係者だから、一緒に行けば話が早いわ」

「聖女ラウラの母親? 会えたのなら良かったわね、それなら聖女ラウラに案内してもらうわ」

「はい、ご案内します!」 


 お店番に入っていたラウラが、接客を小悪魔に任せて抜け出した。

「舞台が空いてると猫が踊っちゃうから、気をつけてね」

「猫が? それなら猫と一緒に歌おうかしら」

 今日ももう演目が終わって、吟遊詩人が歌ったり猫が踊ったりしている時間。使わない夜の時間に、普通の町民が出しものをしたりもするらしい。せっかく設置したステージの有効活用だ。

 エイジェニはラウラをともない、笑顔で去っていった。

 三人の聖騎士に守られ、徐々に町民に顔を覚えられつつある聖女ラウラと行動するエイジェニに、みんなが道を開けている。貴族ともよく間違えられるのよね。

 ちなみに自治国に爵位の制度はない。


「はー、初めて聖人さんを見ました」

「目の前にいるわよ」

 ブルネットがエイジェニを見送っている。客も商品を手に取ったまま、同じ方向に顔を向けていた。

「……初めて気品のある聖人さんを見ました」

「言い直さんでいいわ!」

 私は客から商品を受け取り、会計を済ませた。暗くなると帰られちゃうからね、商売商売。興行はあと一日で終わりなのよ。

 ドワーフの親方はやはりマイペースに仕事を続け、持ち込まれた片手鍋をパウエルが受け取り、トンカンと修理をしてしている。

 包丁研ぎと修理を幾つか頼まれていて、今日間に合わない分は、明日渡すんだそうだ。


 そしてついに興行も最終日。

 エイジェニは演目が終わった後に歌うと決まり、興行一行のお知らせ係が、猫行列を連れて練り歩いている。猫がカスタネットやシンバルを鳴らしたり、木の棒をカンカン合わせたりして、楽しそうに音を鳴らす。

 ついにケットシーも宣伝に使い始めたか。

「すごい、自治国の七聖人だって」

「絶対聞きに行こう!」

 人々の反応はとてもいい。エイジェニは小さな舞台で安い謝礼でも喜んで歌う、気前のいいヤツだ。

「にゃ~にゃにゃ~らーにゃ~」

 バァンバァン、カンカンコンと音を奏で合唱しながら歩くケットシー。声は揃っているのに、音はバラバラよ。チーン。

 おい、誰か楽器じゃないタイプの鈴を持ってないか。木の棒も楽器じゃないんだけども。


 パンパンと花火の合図で、興行の最後の日が始まる。

 今日もスラムの商品が届き、大家さんは予定より売れたので新作と、過去に作ったぬいぐるみなどを持ち込んでいた。

「おっはよーシャロン、ねえ知ってる? 聖人が歌うんだってよ。私も聞きに行って大丈夫かなー」

 リコリスも気になるみたいね。エイジェニの歌声は浄化の作用がある。

 ただ、大衆の前で歌うのは攻撃的なものではなく、まさに気持ちが洗われるような、精神に作用するもの。

 魔の属性のものに効果のある浄化は、決まった歌詞や節を使うので、別物なのだ。説明している間、リコリスは細い目をさらに細めて、へー、ほー、と相づちを打っていた。


「シャロンは聞かない方がいいね、別人になっちゃう」

「私の心は常に、雨上がりの遠くまで見通せる爽やかな空気のように澄んでるわよ」

「あっはっは」

「笑うところじゃないわ!」

 どういう反応をしているんじゃい。そうこうしている間に、ブルネッタもやって来た。

 ラウラは私の家でクッキーを焼いている。

 元幽霊屋敷だし一人だと怖いと訴えるので、バイトのショーンを呼ぼうとしたら、スパンキーなんてもっと無理ですと怒られた。お手伝いも兼ねて、小悪魔が一人ついているよ。


 想定以上の商品の補充があり、準備に手間取ってしまったわ。

 その間にも客は庭に吸い込まれてくる。手早く値札をつけた。さあ出てる品からどんどん買って!

 小悪魔派遣の新規申し込みもあり、残りは二人になっちゃった。ジャナは買いものの荷物持ちに行った。

 開始と同時に、スラムの野菜が売れていく。

「昨日買ったら、ミニトマトが新鮮で甘かったわ。隣のお店の人なんでしょ? お祭りが終わっても、また売ってよ」

「スラムで作ってるんですよ。相談してみます」

「お願いね」

 おばちゃんはミニトマトといんげん豆を買ってくれた。

 スラムの野菜が、安くて新鮮でおいしいと評判がいい。ただ野菜に傷があったり、形の悪いものもあって、見映えは少し悪い。


 食べてもらえれば味は分かる!

 売れ残りのリスクが怖いからなー、売るにしても売り方を考えとこ。

「ねーちゃん、野菜の評判はどう?」

 緑の髪のスラムの兄妹だわ。偵察か。

「いいわよ。一度買ってくれた人が、また買いに来たわよ」

「すごい! わたしもお野菜を作る、お手伝いしたよ。大人が竹を切って、地面にさして、そこにインゲンの木をしばるんだよ」

「へー、偉いわね」

「けさも早起きして収穫を手伝ったのよ」

 女の子が得意気に胸に手を当てた。褒められて嬉しいのね。


「どうせなら野菜を売るのもやってみたら? 呼び込みとか接客をしてよ」

「いいの? やるー! いらっしゃい、わたしたちが作ったおいしい、おいしいお野菜! どれも本日採ったばっかりよ!」

「おすすめはプラムだぜ! 赤くてちょっと甘いよ~」

 ここだよとばかりに片手を大きく振る妹に続いて、男の子も大声で客にアピールする。皮は黄緑のこのプラム、果肉は赤いのだ。

「“ちょっと”は、いらないわよ。甘いだけでいいのよ」

「そこまで甘くねーもん」

 率直な感想に、周囲の人がドッと笑った。

「素直でいいね。どのくらい甘いか気になるし、もらうよ」

「ありがとうございますー! お姉ちゃん、お会計!」


 男性が買ってくれたわ。あんな売り文句でいいのか。

 子供たちがとても嬉しそうにするからか、近くにいる別の人も野菜を買ってくれた。こんなことなら最初から、呼び込みしてもらえば良かったなぁ。

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