第96話 ナイフ投げの見世物
絡んできたごろつきから、無事に迷惑料をせしめたわ。これは全部私のお金、ぐふふ。
ラウラにもクッキーにも怪我がなかったし、めでたしめでたし!
「お姉さん大丈夫だった?」
「ありがとうございます、大丈夫です」
一部始終を見守っていた人が心配そうに尋ね、ラウラが笑顔で答える。ついでにクッキーとラウラとの握手も、お買い上げいただけた。ラウラのテーブルは客に囲まれている。注目を浴びたのが、吉と出たわね!
「シャーロン、出かけてきていい?」
「おうよ、悪さするんじゃないわよ」
「もう~、私は善良なキツネだよぉ?」
善良って言葉は難しいから、リコリスは意味を知らなかったのね。お前に使う単語じゃないわ。
「木の葉のお金なんて使ったら、捕まるからね」
「……しないよー!」
一瞬ビクッとしたぞ。やるつもりだったな。相変わらず油断ならない、いたずら者め。リコリスは足音もさせずに、そそくさと町へ繰り出した。
ドワーフの親方は騒ぎも構わず、淡々と商売を続けている。今日は応援だか知らんが、オーバーオールのパウエルまで販売員として同席しているわ。訛りが酷いのに、接客できるのかしら。
「ドワーフさん、このハサミって野菜の収穫に使える? 家庭菜園をしてるの」
若い女性が曇り一つない銀色に輝くハサミを手に取り、パウエルに尋ねた。親方は包丁研ぎ中。昨日要望があったので、『包丁研ぎ承ります』の看板を立てておいた。
「野菜は別んハサミがいいちゃ。こりゃあ硬え紙でん、良う切るる」
「陽気ルル? 誰?」
なんとなく意味は想像がつくものの、相手には半分通じてないな。分からなくても問題ないらしい、女性はそのままハサミをお買い上げ。
「ハサミ用ん砥石もあるよ」
「これは分かる! 砥石があるのね、買うわ」
通じると、とても嬉しそう。パウエル訛りをクイズみたいに面白がっていた。
予定より早くクッキーの販売が終わったラウラが、全員のご飯を作ってくれた。
食べやすいように野菜や卵など数種類のサンドウィッチ、そして具だくさんスープも。さすがラウラ。
手の空いた時に食べられるよう、お隣の悪魔さん宅の客間に置かせてもらった。スープは大きな鍋ごと、ラウラお手製の毛糸の鍋敷きを敷いて。小悪魔達が大喜びしている。
「あたいは後でいいから。たまごのは残しておいてよね」
「うっまそー! じゃあ俺が食ってくる!」
ジャナはポニーテールを揺らして、接客を続けている。男の子の小悪魔が、待ちきれないとばかりに家の中へ走った。
「おーい。私の家のものを壊したら、給料から差し引くらね」
家の借主のロノウェが小悪魔たちに声をかけると、はーいと元気な返事があった。
「ここよ、ここ。人外がたくさんのお店!」
「えー、角とか可愛い! ドワーフさんもいるね」
女性客の二人連れが門の外から人差し指でさし、庭に入ってきた。人外目当てもいるのか、しかしテンション高いな。
「お姉さんは何の種族ですか?」
「人よ、人」
なんで私に聞くのだ。どう見ても人間、可愛くて神聖な元聖女、シャロンちゃんじゃないか。
「やだー、冗談ばっかり! 化けるの上手ですね」
「化けてないわよ!」
二人してさも楽しそうに、あははと笑う。小悪魔までつられて笑ってる。楽しくないわ!
「店長さん、人外に見えるんですね」
「あ、人もいた」
「そいつこそ人じゃないわよ!」
どうして食人種を人だと勘違いしているのに、私を人外だと思い込むのよ。でも食人種なのは教えたらマズいわね、さすがに怖がられるからなぁ。
「面白いお店ね~」
二人は商品に視線を移し、隅から隅まで行ったり来たり。これで買わなかったら叩き出すぞ。
ずっと同じテンションでこれが可愛い、使いやすそうとあれこれ手に取っては感想を言い合う。
こういう客って結局やめたり、かなり数を絞ったりするのよね……。
楽しそうな様子に、道からこちらをじっと見る人もいるわ。呼び水になるかも知れないから、我慢するか……。
「賑わっているな」
「あ、昼間にウロつく銀髪美形吸血鬼さん」
「知ってる知ってる、ヴァンパイアン仲間に有名な吸血鬼さんだわ!」
午後になってシメオンが店番に姿を現したら、倒れそうなほど興奮してウェーブヘアの方の子が奇声を上げた。有名だなあ、シメオン。
「ヴァンパイアンって、なに? ンが多いわよ」
何の気なしに私が尋ねると、待ってましたとばかりに咳払いをし、もう一人の表情が固まった。
「ヴァンパイアンとは、人外の中でも特に吸血鬼を愛する同胞の総称であります。我らヴァンパイアンは吸血鬼に血を供給することを名誉とし、情報交換をして吸血鬼についての見識を深め、友愛を示し人と吸血鬼が仲良く暮らせる理想の世界を作るため、その礎となり労力を厭わず、最も近くで吸血鬼を愛でようという集まりでござ候。交流会を開いて吸血鬼と人の距離を縮め、吸血鬼の生活を支えるべく、尽力する使命を帯びて候」
急に早口でまくし立てて、途中から言葉もおかしくなったわね。まだ喋り足りないようだが、隣の相棒が止めている。
「……お分かり頂けましたか?」
「え、ええと、まあ。なんとなく」
妙な迫力があって、つい気圧されてしまった。やるな……!
「イマイチなようですね。ではもう一度初めから……」
再び咳払いをする女性。もういいわ、私は慌てて止めた。
「全て理解した! この上なく明瞭に把握できたわ!!!」
「ならば良かったです。ところで吸血鬼さん、血は足りてますか? コップ一杯までなら吸血してくれていいですよ」
「足りている」
血を供給するのが名誉だと言い放つだけあって、シメオンに吸血を提案してるわ。シメオンってあんまり吸血しないで、普通の軽い感じの食事を取ることが多いわよね。
「そうですか。もっと欲しい場合は、ヴァンパイアン仲間を連れてきますよ」
「足りている」
「血を吸いたい好みの体型やタイプがあったら、相談に乗ります」
「足りている」
しつこく吸血を迫った女性だったが、シメオンが淡々とした態度を崩さないので、さすがに諦めた。うつむいて肩を震わせている。そんなに吸われたいのかな。
「んぼわあああぁァぁクーゥうル! かっこいい! 次回のヴァンパイアン広報のテーマは、銀髪吸血鬼さんに決まり!!!」
ダメだ、嬉しがってるだけだ。こういうタイプはどんな扱いをされても勝手に喜んじゃうから、対処法がないわね。
しかしヴァンパイアン広報とはなんぞや。
気になるが、聞かない方がいいだろう。、また演説が始まってしまう。ほぼ息継ぎをしないで喋るから、止めるタイミングがないのだ。
シメオンは冷めた眼差しを投げるだけで、店番に入った。
交代要員が来たし、私も遊びに行こうかな。興行の軽業って、もう終わっちゃったかしら。
「あれ、吸血鬼さんがお店番ですか?」
「そうだが」
「買います買います! 真っ昼間っから吸血鬼さんが店番をするなんて、レアケースです。買って自慢しなきゃ!」
理屈は謎だが、買いものをするのならば文句はない。この客は、シメオンに任せておこう。その方がたくさん買いそう。
私は支払いをしてくれる、全てのお客の幸せを願っている。
「ラウラ、今度は私が抜けていい? 広場に行ってくるわ」
「いいですよ。サンドウィッチは帰ってからですか?」
「食べてくわ」
チキンのサンドウィッチも作ってもらったのよ。食べられちゃう前に、食べなきゃ!
私は軽く飲み食いしてから出かけた。買い食いもしたい。
シメオンが約束通り来てくれたし、ラウラとブルネッタ、それにドワーフや小悪魔もいる。安心だわ。ロノウェは遊びに行ってしまい、リコリスもまだ戻らない。
今日は昨日よりも更に人が多い。盛り上がってるなあ。
広場のステージでは昨日に続いて猫が先頭に並び、客がたくさん詰めかけて、拍手を送っていた。どうやら吟遊詩人の歌が終わったところみたい。
「次は軽業です。軽快な動きをしっかりお楽しみくださいね」
ステージには細身の男性が三人現れ、お辞儀をしてから二人が飛んだり跳ねたりバク転したりして、もう一人は踊っていた。ドンタタンと着地の音が何度も響く。人が多いから、飛び上がった時に少しだけ見える程度だわ。
私は串に刺した大きなソーセージを買い、食べながら眺めた。三人の芸が終わると同時にいくらか人が離れたので、ステージの近くへ進む。うん、見やすくなったわ。
次に男性と女性がでてきて、二人が向かい合った。男性は助手によって板にくくりつけられ、縛り終わると助手が離れる。助手は全員女性。
「ナイフ投げをします! さあ、的に縛られた男性は無事に終われるかな……!? しかとご覧ください!」
なるほど、的か。わざわざ人を使うとはすごい演出だ。
女性は助手からナイフを受けとり、こちらに掲げてから的に向かって構えた。会場はしんとして固唾を飲み、それまで掻き消されていた屋台のやりとりが耳に届く。
トン。
女性がまっすぐ振りかぶってナイフを投げると、ナイフは男性の右腕の上に刺さった。途端にわあっと客が感嘆の声をあげた。
「おい……あんなに体の近くに刺さってるぜ」
「怖い! 危ないわ」
「ナイフ投げる娘、めっちゃ可愛い」
みんなが口々に騒ぎ、女性が助手から二本目のナイフを受けとると、徐々に静かになる。
「当たんないな~」
盛り上がるもんだなあ、ナイフを的に投げるだけなのに。
投げる度に男性の体の周囲に、ナイフが増える。腰、足、太もも……、どれも近い場所に刺さっていた。
最初は右半身、今度は左半身側にナイフが飛ぶ。
「きゃああ!」
「こっちが緊張するな、これ」
「助手の娘も可愛いね」
同じ動作の繰り返しで、毎回楽しめるのはスゴいな。私は少し飽きてきた。
「また外れた」
食べ終わったソーセージの串を持つ私に、隣の観客が訝しげな視線を投げた。きっと彼も、命中しなくてソワソワしているんだろう。
助手は更にナイフを女性に渡した。何本用意してるんじゃ。
「さすがプロだな……」
「的の人も怖くないの?」
「惜っしい、全然当たんないわね」
よく盛り上がれるわね。退屈になってきたわ。再びナイフが刺さったのは、首の横。当たればただでは済まない。
「あのさ姉ちゃん、さっきからガッカリしてないか?」
隣の人が話しかけてきたわ。騒ぎすぎるほど大声は出していないわよ。
「え、だって命中してないじゃない」
「ナイフ投げってのは、的の人間に怪我をさせないんだよ。あたりそうでヒヤヒヤするのを楽しむんだ」
「えー!?? 一発で仕留める見世物じゃないの?」
なんてこった、失敗ではなかったのか。途中でナイフ投げの女性がこちらに訝しげな眼差しを向けたのは、気のせいじゃなかったか。
「そんな残酷なの、表立ってするわけないだろ!」
「公開処刑の一種かと思ったんだもん」
そうなのか~。じゃあ的の男性は、死刑囚とかじゃないんだ。
人を的にするんだから、てっきり息の根を止めるまでやるんだと勘違いしたわ。当てない的なんて、変なの。




