第95話 興行二日目
贋作騒ぎはともかくとして、お店に戻って販売をしないとね。ラウラはまだ座長さんとお話をするので、私だけ先に展示場を出た。
広場の近くを通りがかると、昼休憩のはずなのにやたら盛り上がっていた。ステージでケットシーどもが勝手に踊ってるではないか。アイツら本当に自由だな。猫好き聖騎士エルナンドが、この上なく嬉しそうな笑顔で拍手している。誰かヤツを埋めてくれ。
広場を横目に通りすぎたところで、見慣れた銀髪に黒い服の男性が反対側から歩いてきた。雑踏に紛れてなお、顔色の悪い細身の不健康なその男は。
「シメオンさん、興行をお楽しみですけ?」
「け? ……ともかく、かなり賑わっているな」
吸血鬼のシメオンだ。人間の暮らしに溶け込んでいるわね。
「では私のお店にレッツゴー!」
「特に用はないが」
「待っている人がいます」
シメオン越しに見える家の庭では、中古家具が売られている。私は小さな棚を一つ買い、シメオンに運んでもらった。ちょうどいいタイミングで現れてくれたわ、持つべきものは都合のいい友である。
人ごみにぶつかりそうになりながら店舗に棚を置きに行くと、ドワーフの親方がいた。カウンター近くのテーブルを使い、面接をしている。下働き希望者はスラムの住民と小悪魔が二人。入り口近くにそっと置いて、邪魔しないようにその場を離れた。
親方が席を外したドワーフコーナーでは、小悪魔がお店番をしている。小悪魔の数も少ない。小悪魔派遣のお仕事があったのね。
商品は売れていて、ところどころに空間があった。一番人気はお手軽価格なスラム産お野菜、次点が大家さんのハンドメイド作品。竹細工やドワーフの金物も売れている。
スラムの住民の作品はイマイチ動きが悪い。大家さんのハンドメイドが近くにあると、見劣りしちゃうのかも。使っている材料から違う感じがするもんなぁ。
お昼の時間なので、お客は少ない。
「待っている人など、いないではないか」
シメオンは不思議そうな表情で、販売会場になっている庭を見回す。
「私よ、私が待ってたわよ! 店員よろしくね!」
「……店番をさせるつもりだったのか」
不本意とでも言いたげに眉をひそめた。私の役に立つんだから、素直に喜んでいればいいのにね。
「わあい、交代だー」
リコリスが万歳をして、三本の尻尾を上下に振っている。
「待て、キツネの姿のまま行くのか?」
今更なことでシメオンが止める。私はすっかり慣れたし、気にならないわ。
「私がキツネで、吸血鬼に迷惑かかるの?」
「かからないが……」
「ならいいじゃない、おかしな吸血鬼~」
ケラケラと笑うリコリス。シメオンは私を振り返った。
「……本当にいいのか?」
「いいんじゃない、問題があっても困るのは私じゃないもん」
相変わらずのお人好しだ。リコリスは小さなカバンをたすき掛けにして、てとてとと出かけて行った。
草食主義の食人種ブルネッタは、そのまま店員を続けている。
「店長さん、店員ってなかなか楽しいですね」
お客が散らかしてしまった商品を並べ直しながら、ブルネッタが呟くように言葉を落とした。
「私がいない間、問題はなかった?」
「なんか文句を言う人がいたんで、とりあえず放り投げておきました」
「オッケーオッケー、上出来よ!」
「苦情が来ても知らないぞ」
楽しい会話にシメオンが茶々を入れる。邪魔者は排除するのが上策よ。迷惑客がいると、他のお客も逃げちゃうしね。
「あのー、このカゴください」
「ああ、ええと値段は……」
シメオンはきちんと店員の仕事を始めた。文句を言っても、ちゃんとやってくれるのよね。私は店長として、彼の働きを見守るのだ。
「……戻ってきたんだから、君もしっかり店番をしなよ」
「おや悪魔ロノウェさん、そちらはどうですか?」
「うん、明日の予約も入ったし悪くないね」
小悪魔派遣の元締め、地獄の侯爵ロノウェ。この借家を借りているお隣さんである。小悪魔派遣業は、この町で成り立つのか。なかなか楽しそう。
荷物運びを引き受けた小悪魔が、箱を五つも積んで家の前を駆けていった。
「こんにちは、ここで人を雇えると聞いたんですが」
エプロンをした年配の女性が、入り口から控えめに尋ねる。近くで飲食店をやってる人だわ。ランチがボリュームたっぷりで、特に土木作業など肉体労働に従事する男性に人気のお店。
「人じゃなくて、小悪魔ですよ」
ロノウェの視線の先には、角の生えた子や羽の生えた小悪魔が全部で三人。一人は女の子で、みんな十歳前後の見た目をしている。
「小悪魔? すぐそこで飲食店を営んでいて、人手が足りなくなったのよ。できれば皿洗いや、接客をしてくれる子が欲しいんだけど……」
雇う相手の見た目が人外の子供だし、女性はちょっと戸惑っている。とはいえ、貧しい家なら働いている年代よ。さすがに接客業では、あんまり小さい子は雇わないだろうけど。
「それなら三人ともできますね。えーと、誰がいいかな」
「俺なら料理も得意ですよ」
「野菜を切ったりも手伝ってもらえたら助かるわ。できればすぐに来て欲しいの」
一本角の小悪魔が立候補して、あっさり決まった。料金を先払いで支払い、女性と小悪魔はお店へ急ぐ。働きが良ければ明日も継続だって。
しばらくしてラウラが戻り、交代でブルネッタが遊びに出かけた。
リコリスはご機嫌でトトントトンと跳ねながら戻ってきたけど、悪さはしてないでしょうね。あんまり楽しそうだと不審だな。サンともう一匹のキツネに、お土産を買って布袋に持っていた。
そんな感じで一日目は終了。
ドワーフの親方の面接は無事に終わり、まだ選考中で結果は後日。満足してもらえたわ。
明くる日も朝から人通りが多い。宿泊している人が、朝食を買いに歩いたりするのだ。スラムからは昨日に続いて野菜が届き、商品の補充をした。
またもや猫行列が通っていく。あいつら三日間ともステージ前に陣取るつもりか。拍手で迎えられて、集まった人が食べものを手渡す。パレードみたいになってるわ。
ちなみに昨日の贋作トラブルで、午後から聖女のクッキーが販売できなかったため、本日は多めに焼いてくれている。
クッキーが焼き上がった頃、店員のリコリスとブルネッタが現れた。今日は先にブルネッタがお祭りを楽しみ、私は午後から。
パンパンと花火の音がして、二日目も開始よ。
だんだんと人が増え、客が庭に入ってくる。ひひひ……そうよ、どんどん買ってちょうだい。お祭りはいくらでも買っていい日なのよ。女神ブリージダ様も仰ってるわ。
「いらっしゃ~い、色々あるから好きに選んでちょうだい」
「すごいタペストリーですね! わあ、売ってるのもセンスいい!」
最初の客は大家さんのハンドメイドコーナーで、いくつか買いものをしてくれた。ホント、大家さんは趣味で終わらせるには惜しい腕よのぅ。
「おい、こんなところで邪魔だな!」
道に机を出して売っている、ラウラのクッキー販売所にインネンをつける男が、ついに現れたわ! ラウラだけだと危ないので、私も加勢せねば。
「ご迷惑というほどではないと思いますが……」
「こっちはぶつかって怪我をしたんだぞ、治療費を寄越せ!」
「ですが……」
男二人がラウラに迫ったところで、買いものを終えたブルネッタが背後に立った。男性の方が背が高いのに、妙に威圧感があるのよね。
「止まっているテーブルに、勝手にぶつかっただけじゃないですか」
「なんだと!!?」
「ナイスよブルネッタ、そいつらを捕まえて!」
「了解ー!」
ブルネッタは両手で、男二人の手首をそれぞれ掴んだ。男は振りほどこうとするが、どんなに暴れてもブルネッタはビクともしない。
「なんだこいつ、異様に力が強いぞ!??」
「離せよ、おい!」
「離して欲しかったら、そっちこそ迷惑料を払うのね!」
ブルネッタの後ろは安全だから、好きに言えるわ~。男性はキッと私を睨む。まだ余裕そうね。
「払わねえよ!」
即答か。通行人が何事かとこちらに顔を向け、立ち止まる人もいた。
「ブルネッタ、強く握ってやってよ」
「任せてくださーい」
「痛い痛い、痛い!!!」
たちまち男性の怒鳴り声が、愉快な悲鳴に変わった。ブルネッタは食人種なので、見た目よりも力持ちよ。足をバタバタさせたって、体を動かしたって、逃げられはしないぜ。
「手を潰されるか金を払うか、選ばせてあげるわ」
「払う! すぐ払う! 痛ぇよ、早く離させてくれ!!!」
男性は半泣きの悲痛な声で、勢いよく銀貨をテーブルに叩きつけた。
支払われたのを確認してブルネッタが手を離すと、二人とも脱兎のごとく逃げていく。情けない姿に、心配そうに眺めていた通行人が苦笑いを浮かべる。
男どもは速度を落とさず曲がろうとして、盛大に壁にぶつかって後ろに倒れた。バンという大きな音に周囲の人が驚いて、少し距離を取る。
交差点の少し手前で曲がろうとしたのだ。え、バカ?
「うひゃはははは、幻術成功~。秘技、道と壁を間違えるの術!」
リコリスが楽しそうに大口を開けて笑っている。
幻覚で壁を道に見せかけたんだ。無駄に能力があるのよね、リコリスってば。今回は正しい使い方をしたわね!