第88話 興行の日に向けての準備 2
スラムの先生に頼みごとをして、町をぶらぶらしてから家に戻った。
何か儲けのヒントはないか、新しい仕入れ先はないか。町を見回しながら歩くも、なかなか難しいものだ。商売はやってみたかったけど、初めてなのでなかなか勝手が掴めない。
あー。魔物を倒して終わりって、分かりやすくて良かったなあ。
札を裏返してオープンにし、店番をする。
「おう、邪魔するぞ」
「あらオジキ、お買い物?」
「……嬢ちゃんがオジキと呼ぶ必要はねえんだが、まあいいか。嬢ちゃんは興行の日、商売をすんのかい?」
「その予定よ。お店を閉めて、隣の庭を借りるの」
お客じゃなく、アドバイスをくれるのかしら。もしくは、買いものをしてくれる予定かな。破産するくらい買ってくれていいのよ。
外では若い衆が待っている。
「なら、道まではみ出しちゃなんねえ。因縁をつけられるかも知れないからな、気をつけな」
「隣は庭が広いから、道までは広げないかな」
「ならいい。たまにそういうのにケチをつけて、金をせびろうって輩がいるんだよ」
オジキは吐き捨てるように言った。人情の人だから、私のような善良な一般人に迷惑をかける同業者が許せないのかも。
か弱い私が巻き込まれないよう、心配してくれてるわけね。金をせびろうったって、何の権利もないくせに。
「それなら警備隊とかに突き出せばいいんじゃない?」
「ああいう連中は袖の下を握らせたり、役人が来る前に逃げたりするからな。用心するに越したことはねえ」
「はー、なるほど。気を付けるわ」
しかし隣家の住人は悪魔だし、店番その一はイタズラキツネのリコリスだ。むしろ飛んで火にいる夏の虫、こっちが迷惑料をぶんどれるチャンスじゃないの……?
凶暴ロバに変身するラマシチュー……、ちょっと違うわね。ラマシ、シュ、チ、テ? まあいいや、彼女は呪いで簡単に人を殺せた。証拠なく消すなんて、悪魔には朝飯前なのかも。
悪魔に脅させて、私は優しく「お金か命か選べるのよ」と、囁きかける。アメとムチ作戦だ。優しい聖女様の言葉にアウトローも救われ、私に金貨が支払われる。
……うん、なんて天才的アイデア。
オジキは千思万考にふける私を眺めている。
「……おい嬢ちゃん、脱獄を計画する囚人みてえな表情をしてるぞ」
「たとえがおかしいわよ!」
誰が囚人じゃい。オジキは心配する必要はねえか、などとボヤキながら店を後にした。これは、読み書きと計算ができて戦闘もこなす、歌って踊れる店番が必要かも知れないわね。
オジキを見送って、私は店番を続けた。
今度は見慣れた男性がやって来たわ。短い髪に薄汚れた服の、スラムの住民だ。
「こんにちは、祈祷を受けに来ました」
扉を閉めて、小さく頭を下げる。ライカンスロープの患者で、治療をしているのだ。治る見込みは薄く、緩和する程度だとは思う。
「ちょうどいいわね、ネームプレートが完成したわよ。これを首から提げれば、前回みたいに人に追い回されないでしょ」
「ありがとうございます、カッコイイですね! 服の下にしておきます」
男性は喜んで受け取り、早速首から提げた。服の下にしまったので、すっかり隠れたわ。
「お代は青銅貨一枚ね。これでもギリギリなのよー、祈祷とあわせて青銅貨五枚。コレより安くしないからね」
「ちゃんと用意してきましたよ」
素直に青銅貨を出して並べ、しっかりと言い値で払った。では私もお仕事ね。
いつもの祈祷を始める。
「女神ブリージダよ、御業をもって悩めし者に慈悲を与え、苦しみから両手で救い上げたまえ。全ての病より解放されますよう」
なんとなーく、改善したような。ま、こんなもんでしょ。
目立って効果は見られないが、男性は満足な笑みを浮かべている。
「ありがとうございます! 興行が来て活気づいている時にオオカミになったら大変ですからね、これでちょっと安心しました」
「まあ気を付けて。夜は出歩かないようにね」
月光が関係している、という説もあるのだ。真偽は分からないが、用心するに越したことはない。
「はい。ところで興行の日もお店をやるんですか?」
「隣の庭で野菜や雑貨を売るのよ。良かったら遊びに……あ、計算とかできる? 店員も募集中よ」
スラムの住民だし、期待はしていないが一応声をかける。
「うーん……少しはできますが、店番をやれるほどじゃないですよ」
「やっぱり。頭の回転が悪そうな顔をしてるもんね」
「面と向かって言わなくても……」
抗議も気弱で、相変わらず覇気が感じられないわ。病は気からっていうし、捻りつぶす気概が必要だと思う。
「あとはドワーフの集落で、住み込みの下働きを募集してるわよ」
「住み込みですか! それはいいですね、応募したいです」
おおっと、意外な食いつきが。私が条件と待遇を説明するのを、男性は真面目に聞いている。一人暮らしで一通りの家事はやっているそうなので、条件に合ってるんじゃないかな。
「じゃあ興行の日に、面接に来てね」
「来ます来ます! で、何日目ですか?」
「……何日目?」
興行って、一日じゃないの!?? 思わずそのまま聞き返しちゃったわ。
「確か、広場で公開するのは三日間、その前に市長や裕福な家で披露して、公開が終わったら兵士の慰問なんかもするらしいです。興行師は早ければ明日にでも到着するって聞きました」
「そうなのかぁ。一日だと思ってたわ。とりあえず初日に来てよ、ドワーフが間に合わなかったら出直してちょうだい」
「……来たら終わってた、よりもいいですけど……。相変わらずですね、シャロンさん」
ほっとけよ。男性はいい仕事が見つかるかもと、意気揚々と帰っていった。
のんびり構えてたけど、三日も続くとは。これは店員をしっかり探さなきゃならない。私も遊びたいし。
そうだ、シメオンなら適役ね。家の場所を知らないのがネックだわ。占い吸血鬼のヴェラに伝言を頼むべく、夕方まで店番をしてから出かける。
せっかく待っていたのに、数人訪れた客は何も買わずに店を出てしまった。
まだ明るいうちに、本日の営業は終了。
町では庭を掃除したり、木の台を作る人がいた。きっと庭で販売をする人だろう。逆にお店によっては、『興行の期間は休業します』と、張り紙がしてある店舗もある。ああすればいいのか、うちもやろう。
すれ違う人が興行の話をしていたり、飲食店では臨時の店員を募集したり。興行に向けて活気づいてるわね。
高級住宅街の近くの細い道に出店しているヴェラの占いは、営業前でもう客が列を作っていた。ヴェラは黒い布をかけて置きっぱなしにしていた小さなテーブルから布を取り外し、簡単に拭いて準備を始める。
占いの何かが書かれてる薄い本と、透き通った水晶玉を出し、小さな手鏡をテーブルの端に置く。お金はポーチに入れて自分で持つのだ。うっかり足元にでも置いたら、万引きされる危険があるから。
治安は悪くなくても、その手の犯罪は毎日のように起きる。どんな町でもそんなものみたい。もちろん、プレパナロス自治国では滅多に起きない。人間の理性より、信仰の方が犯罪の抑止力になるものなのだ。たぶん。
犯罪者に「なぜあなたは犯罪をするんですか」とは聞いても、犯罪をしない人に「なぜあなたは犯罪をしないのですか」とは質問しないからなー。
「占いならちゃんとならんでね」
「あ、ちゃうちゃう。ちょっとシメオンさんに伝言を頼みたいの」
準備が終わるのを待っていたら、向こうから声をかけてきたわ。見れば並んでいる女の子の視線が険しい。割り込みされると勘違いしたのかも。
「興行のこと? 奢れとかなら伝えないわよ」
「奢れなんて話じゃないわよ。興行の日に隣の庭で色々と販売するから、店員をして欲しいのよ。猫店員だと、また買いものをしないのばっかり集まるかも知れないし」
あいつらはのんびりしてるから、店舗でまったり接客するのが似合ってるわ。その点シメオンはキビキビ動く。店員として合格だ。
「へー、シメオンが店員って似合わなくて面白いわね。手伝うよう言っとくわ」
「頼んだわよ。じゃねー!」
よし、これで安心。上手く説得してくれるのを期待しよう。
ヴェラは私と同じくらい美人で気さくだから、話しやすいわ。
用事を済ませた私は夕食を食べるべく、スラムの炊き出しに並んだ。今日は具だくさんのうどんだ。
「ご機嫌ねえ」
「興行が楽しみなのよ。なんかお勧めってある?」
よく炊き出しボランティアに参加している人のいいおばちゃんとは、すっかり顔馴染み。雑談も交わす仲よ。家も名前も知らんけど。
「そうねえ……、広場を中心に色々な出店が並ぶから、見てるだけでも楽しいよ。食べものを買うなら、普通の家で売ってるのの方が安いわね。たまに店よりおいしいようなのがあるからね」
「安くておいしい、最高ね!」
「家の入り口にテーブルを並べて、自分で作った料理や、家庭菜園で収穫した野菜や果物を売ったりするよ。色々揃ってる午前中に見るのがいいわね」
「おばちゃんは料理を売るの?」
気になって尋ねる。売ってるなら買いたいな、料理上手って知ってるし。
「しないよ、炊き出しだけで疲れちゃうよ」
「残念ね~、いつもおいしいから人気になるのに」
「あらありがとね」
嬉しかったようで、私のうどんに具が増えた。おばちゃんはにっこにこしている。やったね。
「おい、後ろがつっかえてるんだよ。もらったらどいてくれ」
「はいよ」
おっとっと、ついついお喋りしすぎてしまったわ。
具だくさんうどんを持って、空き地の空いている場所で立って食べる。そのうち私専用の席でも用意しようかなー。