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第32話 夜中の騒ぎ

 足が挟まれて変形した患者の傷を治療したので、あとはケンタウロスの女医アレシャに任せる。熱は私には治せないのだ。苦しいのを軽減くらいはできるよ。

「店長さん……欲望に素直ですね」

 アレシャが私を尊敬している。ケンタウロスにも私の魅力は分かってしまうのね、仕方ないなあ。

「お布施はいくらでも受け取るわよ」

「今は患者さんの治療で忙しいんで」

 傷が治った男性に、アレシャが熱冷ましを処方する。四角いカバンには、たくさんの種類の乾燥した薬草が瓶に詰められて入っていた。バラバラにしたら面白いだろうなあ。

 ともかく、私も治療をせねばなるまい。

 臨時診療所の中に入り、室内にいたエルナンドに仕事がないか尋ねた。残りは軽傷ばかり。治療をし、疲れたからエルナンドからおやつをもらい、ケンカが始まったのでどっちもガンバレと応援して観戦したりした。

 尚、気が削がれたとすぐにケンカは収まった。


 夕飯は外で炊き出しがある。うどんとバナナだって。うどんにネギととろろ昆布が載っているものの、圧倒的野菜不足。集まっている人数が多い上に、治療や宿泊場所を用意したりしなきゃならなくて人手が取られるから、準備が大変みたいだわ。

 寝る場所は建物の中に用意してもらえた。入りきれない人は、庭で寝てるよ。

 家を片づけて寝る場所を確保して帰る人、逆に近くの村から集まってきた人、怖くて一人じゃいられないさびしんぼがいるので、滞在している人数は発生当初からあまり変わっていない模様。

 小さな個室の、硬くて簡易的なベッドの寝心地は良くない。繊細な私ではあるものの、疲れたのですぐにウトウトしてきた。外では夜通し火が焚かれ、聖騎士が警戒に当たっている。

 それと急患が来たら起こすそうだ。そんな報せはいらん、眠らせてくれ。

 

 夜中過ぎ、意識がぼんやり浮上してしまった。

 いつまでも、どこかで人の声がしている。子供の泣き声は仕方ないな、きゃあきゃあ騒いでいるのは何なのだ。人一倍温厚な私でも、睡眠を邪魔されたら怒るぞ。もうちょっとで、夢の中でまんじゅうを食べられるところだったのに。

「あそこだ!」

「きゃああ!!!」

「皆さん落ち着いてください、我々が確かめます!」

 うるせえなぁ。私はメイスを握り、騒動の元を叩きに向かった。メイスで叩けば大人しくなる。永遠に。

 集会場の中では他にも多数が目を覚まし、窓から外を眺めて近くの人とボソボソ会話をしていた。


「あっちで何かあったみたい」

「暗くてよく見えないねえ……」

 中央で赤く燃えさかる炎の周囲は明るいが、離れた場所は一気に暗くなる。その暗闇に紛れて、騒いでいる元凶があるようだ。

「あ、聖女様……!」

「ちょっくら黙らせてきます、女神様は静寂をお望みです」

 ヨアキム様と一緒に来たから、私も聖女だと思われているのよね。元だけど聖女だから間違いではないので、訂正しない。聖女ごっこをしていた方が、扱いがいいし。

 外からは女性が息を切らして駆け込んできた。


「あ、あっちに魔物かオバケが出たみたい……! 眠れなくて散歩していた人が、血まみれになって帰ってきたの……!」

 女性は震える手で、東側の暗闇を指した。聖騎士が数人で警戒しながら闇の中に消え、人々は明かりの近くに集まって身を寄せ合っている。

「魔物だからって、夜中に騒いだらどうなるか思い知らせたるわ」

「頼もしい……! さすが聖女様」

「聖女様がんばれ!」

 聖騎士どもの後を、歩いて追う。ヤツらは松明を持って歩いているので、目印になるわ。


「何もいないな」

「真っ暗な中に黒い色で紛れていて、とにかく見つけにくいらしい」

 真っ黒い魔物か。隠れられたら、探せないわね。

「おーい、そっちはどうよ」

「シャロンか。今のところ、異常なしだ」

 答えたのはエルナンドだった。ヤツも狩りに参加しているのか。よおし、負けないわよ。勝ったら賞金もらえるかな。魔物出てこーい。

 聖騎士は三人ずつで二組になり、固まって行動をしている。

 カツン、カツン。誰かが近づく靴音がして振り返った。

 真っ黒い鎧が、離れた松明の明かりに反射して輝く。背の高い騎士だが首はなく、目を凝らすと脇に抱えているではないか。

「おやデュラハンじゃない。ラスナムカルム王国で会ったのと、同じデュラハンかな」

「おお、聖なる者ではないか。巡回か?」


 首なし騎士デュラハン。こいつは見た目に反し、わりと人当たりのいい妖精なのだ。

「なんかねー、魔物だか幽霊だかが出たとか、血塗れだ~とか騒いでるの。元凶を狩りに来たよ。どこにいるか知らない?」

 私が尋ねると、デュラハンはハハハと笑った。どこかでシャロンちゃんのギャグセンスが炸裂したらしい。

「それは拙者だろう。実はこういう災害時に深夜の散歩をすると、人々がいつも以上に驚いて怖がるから、楽しくてな。ついからかいに来てしまった」

「なーんだ、そりゃ仕方ないわ。ただねえ、この国は聖人とかが色々入ってるから、遊んでないでもう帰りなさいよ。浄化されるわよ」

「そうする」

 異常はなかった。デュラハンは基本的に無害なのだ。そういえば旅の途中と言っていたので、帰る場所は決まっていないのかも知れない。まあどこでも好きな場所へ行けばいいね。

 殴らずに解決しちゃった。チッ、残念。


「……ええと、あの……」

 若い聖騎士が、カッチンコッチンになって動揺している。他の聖騎士が来て、代わりに喋った。

「あれがデュラハンですか。闇夜に遭うと、恐ろしいですね。血を浴びせられたらしいのですが、危険はないんですか?」

「ないない、イタズラするだけの可愛い妖精さんよ」

「可愛い……。シャロンさんは独特の感性をお持ちですね……」

 私は仰ぐように手をパタパタと動かし、睡眠の続きをしに建物へ戻った。妖精なんて、アンシーリーコートじゃなければ可愛いモンよ。ちなみにアンシーリーコートとは、悪意ある妖精の総称だ。

 さあ寝よ寝よ。問題が片づき、人々は安心して緊張を解いた。これで静かになるだろう。半月はまだ空の真上にいる。夢の中で食事の続きをするんだ。


 私はそれから二日、臨時診療所で希望者を治療し、炊き出し用の料理の手伝いをして追い出されたりした。ニンジンなんて皮を剥かなくても食べられるし、泥がついてるのくらい、栄養価なのになあ。焦げたらその部分を取れば良いじゃない、大げさなのよね。繊細な人が多いな。

 ところで、私はいつまでここにいればいいのだ? アレシャの臨時診療所も患者が減り、そろそろ帰ってもいい頃合いでは。エルナンドに尋ねると、彼らは一週間から十日ほど滞在する予定で来ているのだとか。

 早く帰りたい! 待っている相手がいない(推定)エルナンドと違って、私には私を愛するファンのみんなが帰りを心待ちにしているのに。シメオンが寂しがって泣いちゃう前に帰ってあげないと。


 また日が明けて帰るタイミングを虎視眈々と狙っていると、ヨアキム様が戻ってきた。馬で凱旋する一団が、拍手で迎えられる。

「お疲れ様です、シャロン。ここに問題がなければ、帰りますよ」

 帰れる! やったね!!!

「帰りましょう! さようならヨアキム様、また会う日まで、もう会わないかもですが」

「さようならではありません。あなたの店まで私も同行します。シャロンが迷惑をかけているのです、ごあいさつしなければ」

 店までヨアキム様と一緒!?? しかもあいさつって、私はみんなに愛されてるだけで、迷惑なんてかけるわけがないのに。

 ヨアキム様はいつも通りの涼しい笑顔で、本気であいさつに来ようとする意思を感じる。断わりたい。とても断わりたい。


「あいさつは要りません。ヨアキム様は早く自治国へ帰って、祈りを捧げて余生を過ごした方がいいですよ」

「女神様があなたを気にかけていらっしゃいます。神聖な種族と会いましたね?」

「神聖……、視毒の二つ名を持つ、タクシャカっていう迷惑な龍神族ですかね」

 シメオンのお友達の話だわ。わざわざ話題に出すってことは、今回ヨアキム様が一緒なのと、関係があるのかな。あの野郎が原因か……!

 神聖な相手だから、浄化はほとんど効果が無いのよね。物理的に殴りてえ。しかしシメオンと対等以上に戦うとなると、メイスを振り回しても当てられるかどうか……。

「その彼です。良からぬ企みをしているようです、気をつけなさい」

「まさか……美人のシャロンちゃんに一目惚れして、ストーカーまがいの犯罪をしようと……!??」

「全く違います。そのような心配は要りません。……ところで」

 

 ヨアキム様はここでいったん言葉を切った。悪い予感がする、逃げたい。

「……余生とはどういう意味ですかね?」

寄席よせですかぁ? 大衆芸能の、演芸場ですね!」

「……そうですか」

 ふう、誤魔化せたわ。聞いてないようで聞いている、本当に恐ろしい。

 はああ、帰りも一緒なんて気が重いなあ……。

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