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第131話 臨時診療所はトラブル続出

 ヨアキム様が治療を続けていると、不意に外が騒がしくなった。

「こっちに聖人様が来てるんでしょ! 痛いのよ、すぐに治して!!!」

「まずはここの患者が終わってからだ、おとなしく待っていろ」

 女性が廊下で怒鳴り、入り口で聖騎士に制止されている。エルナンドがちゃんと仕事してるわー。部屋で治療を待つ人たちは、顔を見合わせている。

「どれだけ待たせるのよ! 見てよ、肩をぶつけて真っ青になってるのよ!」

「俺が見ても仕方ないだろう、いいから戻るんだ!」

 無理に押し入ろうとする女性。ヨアキム様はゆっくり扉に向かい、扉を半分ほど開いた。

「……順番があります、あなたを優先することはない」

「まあ聖人様ですか? 見てください、こんなに酷いんです!」

 服の首もとをひっぱり、女性は肩を出して青くなった部分を披露した。エルナンドは困っているが、ヨアキム様は僅かとも反応しない。


「……あなたの信じる神は?」

「は? 神? そういうのは神殿の人や、お金が余ったヤツがやるのよ。どうでもいいじゃない」

「どうでもいい……ですと?」

 わー、声が低くなった。言っちゃいけない台詞を吐いたな。

「いいから早く治療してよ!」

「あなたは神を信じない。神をかえりみぬ者が、神の慈悲にあずかれるわけがない。自業自得です、信じねば奇跡は起きぬ。まず初めに信仰がなくてはなりません。神の愛に見捨てられた者に不幸が訪れるのは、当然の結果。己の力で治しなさい」

 口早に言い切って、すげなく扉を閉めた。思いがけない展開に、女性は言葉を発しなかった。静かになって良かったわ。


 これなんだよ、神様を信じない人間はどんな不幸も当たり前、助ける価値がないって本気で思ってるんだよ。あの女性、もうヨアキム様に治療してもらえないわ。

 ヨアキム様は室内での治療を続け、患者は「僕は兵士で戦神バッティル様の信徒です」「私は食堂を経営していて、かまどの神様を信仰してます」など、聞かれもしないのに信仰告白をしていたわ。

 全員の治療をサクッと終え、ヨアキム様が立ち上がる。

「……ではシャロン、ここの患者は任せました。私は必要な治療を終え次第、震源地へ向かいます」

「震源地ですか? 危ないですよ、建物も道もボロボロらしいです」

 馬車は現地入りできないだろう。ヨアキム様は馬に乗れるし、馬を借りるのかな。まあ狂信者にとっては、苦難なんてご褒美よね。

 そしてここを任せるとは……もしや私はここで、ただ働きをしなければいけないの……? 私は助手じゃないの? こんないたいけな強欲ちゃんに、無料奉仕をさせるつもりなの……?

 ヨアキム様は私に笑顔を向ける。


「一緒に来たいのでしたら、どうぞ」

「私はここで頑張ります! やはり女神ブリージダ様の信徒として、困っている目の前の人を助けなくては! そういう性分なんですのよ」

「期待していますよ」

 しないでくれ、そういうのはいらん。期待をするなら金銭が欲しい。

 ヨアキム様は重傷の患者の治療を済ませて、聖騎士を二人ほどともない、すぐに次の目的地へ移動した。慌ただしい人だなあ、私のように心に余裕を持たなければ淑女になれないぞ。

 私は門まで見送った。門からは僅かな傾斜の緩い下り坂になっていて、荷車に患者を載せてこちらを目指す人がいる。緩くても坂だとキツそうだなあ。周囲の人が気づいて押すのを手伝っている。

 家の前には壊れた日用品などが箱に入れて出されていて、ごちゃごちゃとした印象がある。

 あー、ヨアキム様がいなくなって良かった! これでのびのびとできるわ~。


「ケンタウロス? ケンタウロスが医者の真似事かよ?」

 清々しい五月の晴れた空のような心の私に、相応しくない小馬鹿にするような言葉が届いた。ケンタウロスは優秀だぞ。

「文句があるなら他を当たってちょうだい。私は忙しいのよ」

 ケンタウロスの医師、アレシャ・イーストンは衝立で仕切られた屋外の簡易治療所で無礼な男を一瞥して、患者の治療を続けた。患者は年老いた女性で、心臓に持病があるという。炙甘草湯という薬を処方している。

「おい、人間の医者はいないのかよ?」

 男はアレシャを護衛している聖騎士にまで絡み始めた。私の法律では、切り捨て御免のルールが適用される。斬っちゃえ。

「町には二人いらっしゃるそうだが、一人は近隣の村へ、もう一人は現在ここへ来られない患者の元に往診中だ。お帰りを待つよう。怪我ならば建物の中の広間で治療が受けられる」


 私らは怪我は治せても、病気の治療はできないからなあ。放っておいて建物の中で治療を手伝うか。何もしなかったら後が怖い。ヨアキム様は色々とお見通しだからな……。

「僕は眠れなくて……」

「地震で不安もあるんだろうね。薬を処方するけど、楽しいことを考えてリラックスしてね。体を動かして疲れた方が眠れるわよ」

「チッ、仕方ねえな。ケンタウロスの姉ちゃんでいいや。できものが痛むんだ、診てくれよ」

 若い男性の診察を終えて、次は女性の番だというところで、文句を言ってごねていた男が割り込もうとする。あれだけ嫌がってたのに、図々しいやっちゃ。恥ずかしくないのか?

「……医者の真似事だと言われて、診察をする医師はケンタウロス族にはいませんよ。我々はプライドを持って職務に就いています」

 冷静な口調で断わるアレシャ。うむうむ、天晴れじゃ。順番を待つ列の人も、うんうんと頷いている。


「おい、医者だろ! 診てくれたっていいだろう!」

「並ぶのもできないんですか? そもそも駆け付けてくださったケンタウロス族の医師の方を侮辱するなんて、許せません。人間の医者も夕方には戻ります、お待ちになられたらどうですか?」

 自分の順番に割り込まれそうになった女性が、冷たく言い放つ。男性が顔を真っ赤にして怒鳴ろうと、口を大きく開いた。

「おい、そこのうっさいの。アンタの治療はしないって言ってんだから、大人しく引っ込んでなさい」

「何だこの女!!!」

 おお? 優しく注意したシャロンちゃんにまで絡もうっての? 私はメイスをしっかりと握った。

「邪魔なものは排除一択!!! こっちは無料で担ぎ出されて気が立ってんのよ、治療費代わりに一発殴らせろ!!!」

 振り回したメイスを男性は避ける。大人しく当たればいいものを、ついでに治療してやるのに。


「落ち着いてくださいシャロンさん、おい誰か止めろ!!!」

 聖騎士が私を後ろから羽交い締めにした。他のヤツも私に集まってきやがったぞ、なんてヤツらだ。無礼者の味方をするとは、見損なった。コイツらは聖女様に黙って従ってりゃあいいのよ!

「うわああああ、やべえ女だ!」

 絡んでいた男は情けない声を残して逃げていった。私の獲物が!!! アイツを放っておいて、なんで私を拘束するのよ!

「待てえええぇコラァ、ケンカを売った代金を置いていけ!!!」

「……とんでもない方ですね、店主さん」

 先程まで憤っていたケンタウロスのアレシャが、なんだか力の抜けた間抜けな表情をしているわ。前の椅子に座った患者の女性も同調している。


 ざわざわとした庭に荷馬車が飛び込んできて、みんな顔を向けた。馬がいななき、御者が叫ぶ。

「急患だ、怪我が酷くて熱も高い。農村の古い家で、潰れかけた建物に挟まれたんだ!!!」

 荷台は赤黒い血が染みていて、男性が呻いている。足は潰れて変形し、とても痛そう。ヨアキム様がいれば簡単ぽぽいに治ったが、私だとキレイに完治は難しいか……? ラウラがいてくれたらなあ。

「店主さん、怪我をどうにかしないと死んでしまいますよ……!」

 アレシャも一目見て危険な状態だと判断した。

 並んでいる人たちの診察はいったん中断し、運び込まれた中年男性の治療に専念する。さすがにこれに異論を唱える人はいなかった。


「動かしたらヤバそうね……。癒やしの女神ブリージダ様、この者の傷を癒やしたまえ。例えお金にならなくとも、治してくださいプリーズプリーズお願いプリーズ」

 心から祈ろうとするが、金銭が発生しないという辛い状況に、どうしても雑念が生じてしまう。人生は修行か……。それでも血は止まり、痛みはだいぶ引いたようだ。まだ足の形が悪いのよね、早くなんとかしなきゃな~。

 ああお金、お金。

「……謝礼は支払います」

 眺めていた聖騎士が私に呟く。うおお、待ってました!

「偉大なる女神様、救いの御手にて傷つきし者を癒やしたまえ。救いたまえ、弱き者に暖かい御心にて癒やを与えてください。とこしえに栄えますよう」


 祈りの言葉と共に怪我人の体がぼんやり光り、変形した足もすっかり元通りになった。やればできる強欲様よ。奇跡の到来に、女神様の信徒が増えたこと間違いない。

 これで怒られないで済むぞー!

 あ、熱の治療はこれからね。任せたわよアレシャ!

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