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第130話 シェラルシエ王国へ

「隣国での地震は知っていますね? 一緒に行きますよ」

 私の店を軽く見回し、ヨアキム様が告げる。やっぱりそんな用事……! 行きたくない、行きたくないなあ……!

「いえ、私はお店がありますから!」

「それで?」

「店番が必要でして」

「だから?」

 ずっと笑顔のヨアキム様よ。ノーが許されない男なのだ。グググ……、どうにかできないものか。普通の国としてみたら、国王とかそういう立場なんだよねえ……。


「まずお店番を確保してですねぇ」

「では聖騎士に同行するのと、聖騎士に連行されるのの、どちらを選びますか?」

 二択が酷い! 連行なんてされたら、せっかく猫でお店のイメージアップができているのに、また悪い噂が広がってしまう……!

「行きますよ、分かりましたよ! 準備をするので一年ほど待ってください!」

「では十分待ちます、着替えなどが必要でしょう。食糧や傷薬はこちらで用意してあります」

 十分しかない! 相変わらず決めたら即行動だ。私を巻き込まないでもらいたいわ、はあ。ため息しか出ない。

 聖騎士達は外で待っている。移動は馬車かな。ヨアキム様と同じ馬車には乗りたくないわ……。


 二階の自分の部屋へ行き、着替えをカバンに詰める。手袋と帽子と口を覆う布、それから以前作って残っている聖水も持っていこう。こんな状況だ、高く買う客が現れるかも。女神様像に捧げられたお菓子も持たねば、いない間に食べられなくなったらもったいない。

 ああ、せっかくお宝を仕入れて、これからまた商売だって時に……。

 よ~し、早く終わらせて帰るぞ。

 リュックサックを背負い、手提げカバンを持つ。お金は小さな袋に入れて、肌身離さず持ち歩かなければ。こういう災害時に盗みを働く不届き者が増えるらしい。

 戸締まりも確認して店に戻ると、大家さんが来ていた。ヨアキム様とお話をしてるわ。

「シャロンさん、隣国の支援に出かけるんですって? 無理をしないでね。パンを焼いて持ってきたの、騎士様にお渡ししてあるから食べてね。手作りのマーマレードもあるのよ」

「ありがとうございます! 大家さんのパンはおいしいし、そのうえマーマレード、まで。楽しみです」

 わあい、やったあ。大家さんはそのまま帰っていった。

 私も外に出て、鍵を閉める。戻ったばかりで留守にしなければならないとは。


「止まれ! こちらには聖人様がいらしている!」

「ここの店主に用があるの。私はアレシャ・イーストン。ケンタウロスの女医です。地震で大きな被害を受けた国があるとか。支援に来たのよ」

 肩までのウェブした赤い髪、上半身は女性で下半身は白馬のケンタウロスだ。そういえば家に医師を寄越すって言われてたわ、彼女か。たすきがけにしたカバンの他に、手にも四角くて茶色い革張りのカバンを持っていた。

「どもー、シャロンです。これからそのシェラルシエ王国にみんなで行くので、あなたもぜひご一緒に!」

「もちろんです。義を見てせざるは勇なきなり、共に参りましょう!」 

 義を見て……というのは、正しいと思うことをしないのは勇気がないからだ、という意味だ。私は勇気よりも、相手が料金を支払うかが重要だと思う。気持ちの問題にすり替えるのは良くない。

 つまり「義を見てせざるは支払いなきなり」が正しいだろう。


「さすがケンタウロス、ご立派! ついでに背中に乗せてちょーだい」

 真実はともかく、ここは褒めていい気にさせよう。馬車よりケンタウロスに乗りたいぞ。女同士で旅をしようじゃないか。ケンタウロスのアレシャは少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。

「我々に乗ろうという人は珍しいですね。いいですよ、道すがら色々と聞かせてください」

「サンキュー、じゃあ乗ります!」

 これでヨアキム様との馬車の旅は免除された。下手をすると説法やお説教をされるからね、小さい場所に押し込まれたら感性が死ぬ。

 聖騎士たちもケンタウロスを受け入れ、カバンを受け取って荷馬車に積み込んだ。自分たちの滞在用だけでなく、支援物資も載っているよ。

「医師を手配するとは、シャロンもやりますね」

「私はできる強欲ですからね、ホホホ」

 ヨアキム様に褒められたぜぃ。

 ジュランデール帝国のラウラのご実家、チェントリオーネ伯爵邸で淑女教育まで受けてきたのだ。今までと違う新生シャロンちゃんに、感動するが良い。


 私の荷物も聖騎士に預け、アレシャに乗った。上半身が人なので、どうにもしがみつきにくいな。とはいえ馬と違って言葉で意思疎通が可能だし、乗馬初心者向けかも知れない。

「じゃあ出発進行~!」

 聖騎士も馬に乗り、隣国へ向けて出発だ。っと、その前に。

「ねえ、ちょっと無縁墓地に寄ってくれない?」

「無縁墓地? そんな場所に用があるのか?」

 先頭付近で馬を走らせるエルナンドに伝えると、いぶかしげに首を捻った。

「バイトのスパンキーに連絡を頼むのよ」

「なんでバイトがスパンキーなんだ……」

「安いから」

 他にどんな理由があるというのだ。

 無縁墓地に棲むバイトのショーンに、傷薬が欲しいとキツネに伝言を頼む。これでバッチリね。


 町の門で他の派遣される人とも合流し、なかなかの人数に膨れ上がった。

 一行は西北西へ進む。小さな村の横を通り、平原で夜を明かし、昼前には隣国との国境を越えた。最初の町では、地震の被害は建物の一部破損など限定的だ。それなのに、食べものを売る店に列ができている。

 不安感から買い占めなどが起きているんだって。

「で、どこへ行くのよ」

 馬で隣を走る猫好きエルナンドに尋ねた。こいつがアレシャに地震被害などを説明してくれていたのだ。私はみんなが知ってる噂以上には、知らないからねえ。

「被害が酷い地域は、既に聖女様や支援隊が活動している。我々はシェラルシエ南部の救護所へ向かう」

「ほおうほぅ」

 どうやら瓦礫がれきを移動したりなどの力仕事をさせられるわけでは、ないようだ。私たち同様、別の町へ移動する他国の兵の隊列が通りすぎた。人命救助はああいう連中の役目かな。


 私たちが活動をするのは、被害は中程度でまだ他の支援隊が入っていない町。大きな避難所があり、震源地付近から避難してきた人などもいる。

 震源地は建物が崩れて道が塞がれ、馬車が入れない。怪我人が治療院にあふれ、身元の分からない遺体は並べられたままで、食料や薬の不足が日に日に深刻になっているとか。

 この町では屋根を直す家が多く、割れたガラス窓は板で塞がれていた。大工さんも大忙しよ。道の端には壊れた建物から出たゴミが積まれていたりする。金目かねめのものはないかなぁ。

「ここです」

 到着したのは大きな集会場で、入り口に“臨時診療所”と書かれていた。

 敷地は広く、馬車や荷車がたくさん止まっている。外で力なく座る人もたくさん見受けられる。広場のはしにはテーブルを並べ、炊き出しをして渡す場所が設けられていた。


「ケンタウロス……?」

「女性のケンタウロスに誰か乗ってるわ」

 視線が集まってるわ。私はアレシャから降りた。

「ふー、クッションが必要ねえ」

「鞍はつけないからね。こんにちは、人の皆さん。私はケンタウロスの女医です。具合の悪い方は申し出てください」

 アレシャが大声で呼びかける。遠慮しているのか誰もが遠巻きにしている中で、小さな子供を抱えた母親が一番乗りをした。

「お願いします。息子の持病の薬が切れてしまい、治療院も混乱していてもらえないんです……」

「持ってる薬かしら……、何の薬か分かる?」

 早速、診療が開始された。近くのスタッフが椅子やついたてなどを用意し、簡易診療室を大急ぎで準備しているわ。


 外で診療するみたい。アレシャは問題ないわね。

「聖人様だ!」

「すごい、これで助かる……!」 

 白いゆったりした衣装でいかにも聖人という風体のヨアキム様が馬車を降りると、外で作業していた人々の視線が釘付けなった。

 何かをする前から拝まれているぞ。ヨアキム様は軽く手を上げて笑顔を振り撒く。誰かが建物の内部に到着を知らせ、出迎えのスタッフが慌ただしく走ってきた。

「ああ、ありがとうございます! 怪我人が多くて手が回らないんです。こちらへどうぞ」

 派遣が知らされていたのか、スムーズに小部屋に案内された。集会を開く広い部屋は、怪我人や付き添いがひしめいていて、ざわめきに泣き声も混じっている。包帯を巻いて、その場で治療しているわ。

 移動についてきたボランティアは、こちらでお手伝いに入った。


 案内された部屋には、数人が横たわっている。腕や足に添え木をして包帯がされていた。痛そうなうなり声が続く。

 ちなみに聖騎士は部屋の前と建物の警備、それから支援物資の受け渡しなどなどをしているよ。アレシャにも一人ついてたな。

「骨折をされた方々ですか」

「はい。この周辺は外からみると被害が大きくないようですが、灯籠や家具が倒れたり、陶器やガラス製品が落ちて割れて怪我をしたり、部屋の中がめちゃくちゃな家が多いです。治療できない村から運ばれた患者もいます」

 ほうほう、怪我人を集約してる施設ってトコか。ヨアキム様はすぐに近くの患者の元へ行く。


「親愛なる女神ブリージダ様、深き慈愛の御心にてこの者の傷をお治しください」


 聖人ヨアキム様にかかれば、骨折なんてすぐ治る。柔らかな光に光に包まれて、あんまり簡単に完治するんで、患者がビックリするほどよ。

「動かせるし、痛くない。なんてすごいお方だ。ありがたやありがたや……」

 両手を合わせて祈る患者を尻目に、次の男性の治療をするよ。

「あなたはどの神様を信じていますか?」

 ついに始まったぞ。たまにするのよね、この質問。

「……俺は芸術の神、メク様の信徒です。画家を目指しています。ブリージダ様も素晴らしい神様ですが、信仰はメク様に捧げます」

 男性は俯いて、言い聞かせるよう呟いた。改宗しないと治療してもらえないと思ったんかな。ヨアキム様は相変わらずの笑顔。

「そうですか。メク様はブリージダ様と、とても仲のよろしい間柄なんですよ。信仰を忘れずにいてくださいね」

 優しく告げて治療をする。

 周囲が感動しているぞ。別に今のくだり、必要ないからな。

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