第128話 ねこねこ勝負!
おにぎりとシャケと鶏肉のネギ塩焼きと、大量の唐揚げを抱え、家に帰った。
家には猫好き聖騎士エルナンドが先に来ていて、ノラとバートの前でイラッとするほど嬉しそうなだらしない表情をしていやがる。
「てんちょー、すごくいい匂いがするね!」
「唐揚げを買いすぎちゃったのよ。猫好きも食べる? 前払いで」
「前払い!??」
「従業員じゃないんだから、払いなさいよ」
当然である、こいつは招かれざる客なのだ。無料で食べさせてやるいわれはない。
「一緒に食べようよ~~~」
ノラの一言で、エルナンドはあっさりと陥落した。お金を払っておにぎりと唐揚げを食べる。自分で食べるよりも、ノラとバートが食べている姿を見るだけでお腹がいっぱいになりそうなヤツだな。
「ヨアキム様をお迎えして、しばらく隣国シェラルシエへ行く。悪さをするなよ」
「せいぜい馬車馬のように働いてきなさい」
「全く……」
エルナンドは去り、店に平和が訪れた。
次にやって来たのは、茶色い髪の食人種ブルネッタだった。珍しい食材を求めてくるのよね……。雑貨屋だって言ってんのに。
「お店が開いてる。店長さん、帰ってきたんですね」
「おうよ、色々と仕入れたわ。買っていきなさいよ、食べものはないわよ」
ブルネッタはちょっと不思議そうにして、クンクンと店内の匂いを嗅いだ。
「そのわりにいい匂いがしますよ」
「あー、お昼を食べたばかりだから。唐揚げを買いすぎてねぇ」
「お肉はいらないです」
「やらないわよ」
こいつ本当に食人種かな、肉がいらないなんて。うまかったぞ、唐揚げ。やらんけど。
「最近は前よりも自分で調理するようになりました。この大きめのスプーンいいですね、これください」
「わあい、ありがとう!」
ノラが前足を叩いて喜ぶ。ブルネッタはまっすぐに猫店員に行ったわ。
「しばらくは忙しくなりそうです。隣国に木材を輸出するんです。大きい地震で家が大分倒壊したんで、片付けが終わったら建設ラッシュですよ」
「そうか、木こりだから……!」
材木の輸出が増える商売のチャンスなんだな。なるほど、何が吉と出るか分からんもんね。
「では店長さん、猫店員さん、また~」
「しっかり稼ぎなさいよ」
「またね~~~~」
ノラは姿が見えなくなるまで前足を振っていたけど、ブルネッタは振り向かずに去っていった。
ブルネッタと入れ違いで、明るい茶色の、くせっ毛の髪の女の子がやってきた。年齢は十歳くらい。黄色いワンピースを着ている。ネコマタだ。
「食人種だったわね」
ネコマタは振り返りながら扉を閉めた。
「菜食主義なんですって、心配しないでいいわよ。誰か連れてきたの?」
「今日は一人よ。地震があった国を見てきたの、新しいスパンキーが飛んでたわ」
スパンキーは思い残すことが多くて、次の輪廻に乗れない人の魂だからなあ。たいてい墓や死に場所か、生前よく過ごしていた場所に漂っている。人に害をなしたりするのはごく一部とはいえ、恐れる人も多い。
「無念を残した死者も出るわよねえ。スパンキーはお金を持たないから、紹介してくれなくていいわ」
「その人情味がないとこ、嫌いじゃないわよ」
「ん?」
人情味がない? 癒しと浄化の乙女、女神ブリージダ様の敬虔なる信徒であるこの私が?
強欲の二つ名まで賜っているのに、ネコマタには私の優しさは分からないのね。
「ところで、ケットシーなんかに店番ができるの?」
「できるよ! バート君は優秀な猫だし、わたしもちゃんとお客さんの相手をしてるんだから!」
ネコマタとケットシーって仲が悪いのかしら、言い争いを始めたわ。店内が静かだったし、ちょうどいいわね。
「カゴに入って遊んでるだけじゃない」
「てんちょーがお土産にくれたカゴだもん」
お土産じゃなく、見本のつもりで置いたらノラが気に入って使ってるだけなんだが。お客が喜ぶからどっちでもいい。
「私の方がちゃんと店員をできるわ」
「わたしだって立派な店員よ」
「そこまで言うなら、勝負よ!!!」
なんか急に、ノラとネコマタで勝負することになったわ。バートは大人しく見守っている。
「……ねえ、どうする?」
「勝負をさせたらいいと思いますよ。僕は低俗な争いには参加しません」
同じ猫でも違うモンやな。
勝負方法は、道で客引きをして、お店に貢献できた方の勝ち。制限時間は一時間、これで売り上げが増えれば私も嬉しい。どっちも頑張って欲しいわ。
「店長は入店した人数と、売れた数や金額の記録をつけて、審判をしてください。お客さんに声をかけるのは、挨拶と商品の説明だけにとどめてくださいね」
「うーい」
「お店の前で一時間客引きをするんだよ。ノラからね」
「やるよー!!!」
バートに仕切られた。ノラはいつになくやる気で、両前足で拳を……作れないわな、猫だもん。そんな風に感じられるポーズと気合いだった。
ノラがお店の前に立ち、すうっと大きく息を吸う。
「いらっしゃーい! 雑貨のお店だよ~! 可愛いものとか、可愛くないものとか、便利なのとか、ヘンなのとかいっぱい……でもないけど、あるよー!」
なんで褒めたら貶すんだ。褒め続けなさい。
猫が尻尾を揺らしながら大声で呼び込むので、人々が足を止めた。ノラの周りに数人の女性が集まる。
「猫店員さんがいるお店、今日開いてるんだ」
「可愛い……!」
「ノラちゃん、お店の宣伝してるの? 偉いね~、飴いる?」
撫でられて目を細めるノラ。飴をもらって笑顔を振りまいている。
「ありがとう。お店にも入って入って」
ノラがお店に入るよう勧めるが、猫好きどもはノラを囲んでお喋りを続ける。これでは得点にならない。
人を集めても、その先まで進まなければ……買いものをしてくれなければ意味がないのよ! 買いなさい、ノラのためにも、お店のためにも私のためにも。しかし私がここで声をかけたらルール違反よね、くうぅもどかしい!
「この前お店でノラちゃんと握手してね……」
「いいなあ! 私も握手したい!」
「わーん、お店でお買いものしてよ~~~」
なかなか動こうとしない人たちに、ついにノラが泣いてしまった。
「そうよね、お買いものしなきゃね」
慌てて店内に足を踏み入れる。五名様ご案内。五人はそれぞれ商品を選んでバートに渡し、会計を済ませた。ビーズリングとかショールとか、お手頃価格なものが多いので、金額的にはイマイチね。
全員買ってくれたので、ノラは笑顔を取り戻し握手をして別れたわ。
「頑張ってね、ノラちゃん」
「うん、ばいばーい!」
その後もノラが頑張って宣伝をして、琥珀製品を買う人や、薬を買い求める人がいた。紙粘土の人形も一つ売れたわ。いつになく売り上げがいい。こんな勝負なら毎日やってもらいたいわ。
一時間が経ち、ネコマタと交代だ。茶色い猫姿になり、二つに分かれた尻尾を振っている。
「なかなかの腕前だったわ。今度は私よ。いらっしゃい、ステキな雑貨のお店よ。中を覗いてみませんか!」
「茶色い猫ちゃんだ」
「お仕事? 偉いね~」
やはり今回もなかなかお店に入らない。呼び止めるのはともかく、店内にぶちこむのが大変なのか。ノラは泣き落としだった、ネコマタはどうするのかな。
「このお店には他の国から仕入れた貴重な品もあるのよ。琥珀製品でしょ、素敵な布のストールに、ドワーフが作った食器が人気よ」
「へー、ドワーフ製!」
ドワーフの食器は売り始めたばかりで、人気かは知らない。これが商売ってヤツか、宣伝うまいな。
しっかりとした紹介に、周囲が耳を傾けている。
「小さい絵画一枚で、センスがいい部屋になるわ。トレント編みのカゴはとあるエルフの里の特産で、滅多に売ってないんだから」
希少価値があると思った客が、すぐにトレント編みのかごを買ってくれた。客単価がノラの時より高い。うまく勧めるなあ、勉強になるわ。
その後も売り上げを伸ばし、勝負が終わるとネコマタは女の子の姿に戻った。
「さ、どうだった?」
ネコマタが自慢げに尋ね、ノラはうう~と唸っている。売り上げ金額を計算して、結果発表だ。
「客の数はノラの勝ちだけど、金銭的にはネコマタさんが大分多いわね。勝者はネコマタさん!」
「やったあ、実力よ!」
「にゅ~~~負けちゃった……」
ノラの耳が垂れている。さすがに落ち込んでるわね、ノラも頑張って客を放り込んでくれていたからなあ。とはいえ、勝負はついたわ。売り上げも今までで一番いい。
猫に客引きをさせるのは、ありかも知れない。




