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第123話 龍神族の襲撃

 ラウラの実家とお別れを済ませて、馬車は王都の門を出た。

 カフカ商会の護衛が三人の他に、聖騎士ヴァルフレードが馬に乗って併走している。ヴァルフレードは転移の塔までつきまとうらしいよ。

 このジュランデール帝国の景色も、今日でお別れね。

「で、私の分け前は~」

「そうですね……。せっかくお兄さんがくださいましたが、このブローチは姉さんにどうぞ。さすがに奥様のものは、気まずいですし……」

 ダイヤまでついたお宝のブローチ! こんなお高いものをもらっちゃっていいのかしら、いいのよねラウラがくれるんだもん。

「ありがとー、またいつでもご用命くださいねえ」

 ラウラの気が変わったら大変よ、急いでカバンに仕舞った。予想以上の大物に、今回の遠征の手応えを感じるわ。


「……シャロン。君はそれをもらって、どうするつもりだ?」

 シメオンがケチをつける。欲しくてもやらないわよ、もう私のものだからね!

「私の店で売るに決まってるじゃない」

「売れないだろうな。護衛を配備した高級店で売る品だ、金貨十枚でも買えないぞ。客層が違う。下手に並べれば、狙われる可能性の方が高い」

 なんたること……! 私のお店に置くには、高価すぎるなんて……。仕方ない、宝石店へ持っていくか。

「それとお金と、お姉さんからもらったブレスレットを一つ……」

 さっすがラウラ、惜しみ無くくれるわ~。

「うわあああ!」

「敵襲ー!!!」

「お前らだな、俺の遊びを邪魔したのはっ!」

 ご機嫌でいると、急に叫び声がして馬車が揺れた。敵襲ですって? 馬が暴れたわ。周囲は林で、襲ってきたのは一人のようだ。


「……来たか」

 シメオンが呟きだけを残して消えた。霧になって外へ出たのね。馬車が止まり、ドンバンと暴れる音と叫び声が交差する。私は扉を開けて外を見た。

「尋常ではなく強いです! アレは人ではありませ、ぐあっ!」

 三人いた商会の護衛は全員が倒れていて、真っ黒い短い髪の細身の男性と、剣を構えたヴァルフレードが対峙している。

 男性は襲撃してきたというのに、特に武装はしていない。腰の長くない剣も鞘に収まったまま。よほど自信があるのかしら。肌は茶色っぽく、顔は端正ながらも性格の悪さを反映したつり目で、自首した殺人犯かの如く悪人顔をしている。

 シメオンは歩いて男性に近づいた。

「もしやとは思ったが、君か。タクシャカ」

「まさかとは思ったがお前かよ、シメオン」

 タクシャカと呼ばれた男性は、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていた。変態か、吸血鬼の熱烈ファンかも知れない。


「シメオンさん、アイツが神聖証明印を偽造した犯人?」

「お前たちが見破ったヤツらだろ? 正解の景品を届けに来たぜ!」

 変態もといタクシャカは大声で叫び、目を見開いて私を見た。とっさに庇うように前に立ち塞がったヴァルフレードが、小さく唸って地面に膝を突く。攻撃をされた感じでもないのに?

「ぐ……、ううぅ……」

 苦しそうに呻いているわ。

「タクシャカは視毒の二つ名を持つ、八大龍王の一人。彼は猛毒に犯されたのだ、馬車に寝かせておけ」

「見ただけで毒を? バシリスクみたい、アイツもトカゲだったのね!」

「龍王だっつってんだろ!!!」

 抗議されたわ。トカゲでも龍でもは虫類だろうし、大差ないじゃない。しかし立ち上がれないヴァルフレードを馬車に運び込むのは困難だな、鎧を着てて重いんだもん。


 ラウラも馬車から降りて、ヴァルフレードに水を飲ませる。

「食物からの毒ではないから、意味はないかも……」

「喉が熱いです、助かります……」

 声が掠れてるわ。もしかして、目から毒が入るんだろうか。

「毒って、心臓に近い方を縛って全身に回らないようにするんじゃなかったっけ? 首を縛りましょう!」

「死にますよ! ゲホッ、ゲホ……ッ!」

 怒鳴るからむせてるわ、バカねえ。

 ヴァルフレードがアホなことをしている間も、タクシャカは素早く距離を詰めてシメオンに殴りかかる。シメオンが防ぎ、応酬が続いて距離を空けた直後、回し蹴りがシメオンのこめかみを捉える。

 当たった!

 ……と思ったが、霧になって躱して逆にタクシャカを突き飛ばした。タクシャカは軽快に背後に下がり、余裕で立っている。


 商会の護衛は怪我をしているがそんな大きなものではなく、痛そうにしつつも起き上がった。ヴァルフレードに肩を貸し、馬車に乗せる。動かせなかったから、助かるわ。

 馬車の中でラウラが治療をする。治療しているところを狙われたら厄介だからね。馬車ごと壊してきそうな相手ではあるから、気休めなんだけれども。

 シメオンとはほぼ互角に戦っているというか、シメオンが劣勢か。八大龍王というだけあって、強いトカゲだ。ここはシャロンちゃんも応援せねば!

「がんばれシメオンさん、ファイト、ファイト、ゴーゴー!!!」

「気が抜けるからやめてくれ!!!」

 せっかくの応援を受け取らず、タクシャカから腹に一撃もらいそうになっている。ギリギリのところで手で防ぎ、手首を掴んでシメオンが殴りかかる。

 捕まえている今こそチャンス!!!


「天にまします我らが神、麗しき女神ブリージダよ。罪深き罪人に罰を与えたまえ。神の御名を汚す者に鉄槌を。言葉こそ神たる力の発露なり、我が言葉に聖なる力を宿したまええぇ!!!」


 思いっきり神聖力を籠めて浄化をする。

 光が鋭く差してタクシャカを貫き、落雷にも似た白い光に一帯が包まれた。眩しさに目を閉じても光を感じる。

「……だから私を巻き込むな! だいたい、タクシャカに浄化は通用しない」

 しっかりと離れた場所に避難したシメオンからの、お決まりの苦情にも慣れたわ。

 ……ん? 通用しない?

って、火傷するだろうが!」

 直撃を受けたはずのタクシャカが、ピンピンしているではないか。

 あ、そうか! 龍神族……、神聖な相手なのね。どう見ても悪役だし、やってることは犯罪なのに……!

 ぐわあ、悔しい!!!


「くうっ……、シメオンさんを犠牲にしても倒せないなんて……!」

「そもそも犠牲にしようとするな」

「シメオンお前、交遊関係を見直せよ」

 見直したら一番に切られるヤツが、よくもほざくわ。

 私は地面に転がっているヴァルフレードの剣を拾った。毒でよほど苦しいんだろう、移動の際に落としていたのだ

 それをタクシャカめがけて、思いっきり投げる。やはり武器は投げるに限る。

「うお……っと!!!」

 タクシャカはとっさに腕より短い剣を抜き、ヴァルフレードの剣を弾いた。

 チッ。神聖系に耐性があるなら聖別された武器も特別な効果は発揮しないが、物理的に斬るのは同じ。当たれば怪我をさせられたのに。

「シャロン、人の大事な武器を勝手に投てきするな」

「使ってこその道具でしょ」


「……え、アレでブリージダの加護を受けてんの? 浄化したし、ブリージダって言ったよな? 空耳だったか?」

 何故かとても不思議そうにするタクシャカ。

 目の前にいる美人が女神様の加護を受けていると、信じられない模様。龍神族ってにぶい種族なのね。

「残念ながら真実だ」

 タクシャカの背後に霧が広がり、言葉とともにシメオンが姿を現した。よし、これで身柄確保か!??

「残念すぎる」

 捕まるより早く跳躍し、近くの木の枝に飛び移った。惜しい!


「逃げちゃうわよ、シメオンさん!!!」

「残念だったな、シメオンじゃ俺を捕まえられねえよ!」

 タクシャカは木の枝からさらに高く跳躍し、人の届かない中空で姿を変えた。茶色っぽくくすんだ濃い緑色の、大きな長い龍だ。アレが本当の姿なの!

「龍……」

 商会の護衛が言葉を失っている。どの生物よりも巨大だわ。

『またな、シメオン』

「もう来ないでくれ」

 返事を聞かずに、タクシャカは彼方の空へと消えた。アレは確かに逮捕は無理だわ。仕方ない、どうしようもないから放っておいて家へ帰ろう。


 馬車ではヴァルフレードの治療が続けられている。

 そうそう、毒を浴びたんだっけ。癒しの力で緩和できるにしても、薬じゃなきゃ毒は治せないわね。カフカ商会の常備薬をもらい、ヴァルフレードは大人しく休んでいた。

「シャロン様……、俺の武器を拾っておいてくれませんか。手放してしまって」

 剣。それ、さっきタクシャカに当てようとしたヤツだわ。弾かれてどこかへ飛んでっちゃったのよね。

「あれね~。投げちゃったから、どこだか分かんないわ」

「なんで人の剣を勝手に投げるんですか!??」

「そこに武器があるからよ」

 納得したのか、片手で顔を覆ってガックリしてる。動作に力がないわ。


「なんだかとても疲れました……」

「探しておきます、お待ちください」

 商会の護衛の人たちが、剣がすっ飛んだ方向を丁寧に探してくれたわ。探している間に首都へ向かう馬車が通りかかったので、事情を説明してヴァルフレードの身柄を預けた。護衛の一人が、念のために同行する。

 本来なら、早く治療を受けなければならないのだ。剣はあとで届ける約束で別れたわ。


 あー、これで本当に帰れるかな。

 茂みの中から剣を発見し、カフカ商会の護衛が返却を請け負ってくれたので、安心して転移の塔を目指した。

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