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第121話 リパモンティ子爵の独白(リパモンティ子爵視点)

 首都の片隅にある小さな画廊。

 貴族や富裕層だけのものだった絵画を、庶民にも持てるようにしたいと始めたのは祖父だった。父が継ぎ、次は私が経営するはずだったその画廊。

 壁に飾られるのは、無名の画家の絵ばかり。賞をもらえず、画廊に作品を置いてももらえなかった画家は、似顔絵や肖像画を描いて食いつないでいる。そんな日々を細々と暮らしながらキャンバスに向かう画家の絵を売るのが、私の家の画廊だった。


 名は知られていなくとも、熱意があふれる絵が集まった画廊を私も好きだったが、父の考えは違っていた。もっと有名な絵を置きたいと、画廊を継ぐ前から色々と奔走していたよ。

 そんな時に出会ったのが、先代のチェントリオーネ伯爵だった。

 伯爵は自分も絵画が好きだから、素晴らしい画家の卵の絵が飾られたこの画廊をもっと有名にしようと、協力するよと笑顔で何度も言った。父はその気になり、伯爵の紹介で画展で入賞した作家の絵を購入し、有名な画家の小さな絵も手に入れた。

 今思えば、そんな資金などあるはずはなかった。私は子供心に画廊の変化を切なく思いつつも、父の努力は理解していたつもりだった。


 巧妙な悪意は善意の顔をしてやってくる。


 それを知った時には、もう取り返しがつかなくなっていた。

 色々と紹介し、資金援助をしたり金貸しを紹介したチェントリオーネ伯爵は、ある時、急に返済を迫ってきた。

 もちろん、簡単に返しきれる額じゃない。しかも金貸しにはチェントリオーネ伯爵が代わりに返済し、自分が貸した分とまとめて支払うよう要求してきたのだ。

 借用書には、期日までに金が払えない場合は、画廊を譲渡するという条件が小さく記されていた。

 騙されたのだ。わざと都合のいい説明しかしなかった。

 しかし訴えたところで、勝てる見込みはない。

 失意のうちに、私たち一家は田舎に引っ込んで、小さな商売で食いつなぐようになった。


 後から知ったことだが、画廊があった場所は開発により地価が上がったそうだ。だから狙われたのだな……。

 今でも夢に見る。

 小さな画廊、そこに飾られた絵画を誇らしく眺める画家、町の商店の店主が「店に飾る絵が欲しい」と、緊張しながらやってくる姿。

 客は誰も、画家の名ではなく気に入った絵を買っていった。

 神聖証明書など、金持ちの道楽だ。だから私は絵を求める者には絵を、名声を欲するものには名を販売したのだ。

 柄にもなく若い吸血鬼に入れあげてしまったのは、想定外だったな。


 先代のチェントリオーネ伯爵が亡くなっていたのは残念だが、当代でも構わない。お前達のやり方の責任を取ってもらおう。



□□□□□□□□□□(以下、シャロン視点に戻ります)



「……父は強引な人だったが、そんなことをしていたとは……。画廊はリパモンティ子爵家が田舎に引っ越す際、譲り受けたと聞いていた……」

 現在私は、ラウラに付き合ってパパ伯爵のお見舞いに来ている。

 パパ伯爵は大分体調が良くなって、今日はベッドではなく、ソファーに腰かけている。日中は外を歩いているよ。復帰できる日も近い。

 ただ、問題は遺産がもらえるかどうかだ。せめて約束だけでしておかないと……!

 ちなみにリパモンチッチ子爵夫人は「自分は知らなかった、夫の指示に従っただけで無関係だ」と主張しているそうな。

 娘のモンチーサマンサは未成年だし事件に関与していないので、事情を聞いてから保護しているが、放心状態だとか。


「伯爵夫人はどのような罪になるんですか?」

 ラウラが尋ねる。伯爵夫人はリパモンチーに客を紹介して詐欺の手助けをしてしまったのと、伯爵の殺害未遂容疑でまだ留置所生活を満喫している。

「……詐欺は知らなかったのだから、罰金刑くらいで済むだろうな。問題は私の殺害未遂だ。牢に入るのは確実だな。首謀者のリパモンティ子爵に至っては、無期か……死刑もあるかも知れない。それだけでなく、爵位剥奪も有り得る」

「そんな……、子爵のご家族はどうなるんでしょう」

 心配して表情を曇らせるラウラ。

 子爵家がどうなろうとお金がもらえるわけでもないのに、相変わらず人がいい。テレーザお姉さんも、同じように暗い表情をしている。


「……元々父が原因なのだから、減刑を求めようとは思うが……。ロークトランド中立国の手前もある、厳しい判断をするしかないんだろうな」

 モンチーサマンサもピンチか。

 そう考えると、ちょっと可哀想だな。意地悪なだけの、自分では何もできそうにない娘だったしなあ。両親がいなくてしかも平民落ちじゃ、生きられないんじゃないの?

「……サマンサ様の養子先を見つけられないかしら……」

 テレーザお姉さんが呟いた。伯爵もそうだなと頷く。

「そんなに仲良しでしたっけ?」

「仲がいいわけじゃなくても、知り合いが窮地におちいっていたら気になるでしょう。しかも元々、我が家が原因でもあるのだから……」

「へー、なるほど。お見舞いのメロン食べていいですか?」

「……構わないわよ!!!」

 あらあら、急に声を荒らげて。お姉さんもまだ淑女になりきれてないわあ。心配しなくても大丈夫、一人で全部食べないから!


「姉さん、私が切り分けてきます。ナイフか何か、ありますか?」

「あっちにあるわ」

 ラウラをテレーザお姉さんが案内している。すっかり普通の姉妹みたいになってきたなぁ。でもそろそろ、ラウラはお帰りなのよね。

「……ところでパパ伯爵、ラウラ様へのお金ですけどね」

「お金? 何の話だ?」

 まるで知らないように首を傾げるパパ伯爵。このぉ、千両役者め。

 お部屋の簡易キッチンからは、メイドが「私がやります」と申し出る声が聞こえている。

「まーたまた、遺産とか財産とか浄化の代金とかお小遣いとかですよ」

「……ああ、今はあまり余裕がないが、いくらか渡さないとな。何度も治療をしてもらったから、その分も支払わないといか」

 無料だと思ってたのか。貴族なのにケチね、パパ伯爵。私がきっちり取り立てないと!


「一回銀貨一枚、多い分にはいくらでも歓迎です!」

「君はラウラのお付きの聖女見習いだったか……? 修行も補佐もろくにしていないように見えるが、大丈夫かね?」

「ン? 私が浄化をしてもいいんですよ。健康になってきたんで、即死はしないでしょう。悪くて体中の穴から血が噴き出すくらいですね」

「くらいじゃない、危険じゃないか!」

 パパ伯爵、大きな声が出るようになったね。うんうん、健康だわ。

 これなら私の浄化に耐えられるわね。浄化って魔のものとの結びつきが深くなっているほど、人体への負担が大きくなるからなぁ。

「毛穴からは出ません、命に別状はないのでご安心を」

「……いや、うん、ラウラにやってもらうから。むしろもう健康だし必要ないな!」

「シャロン、君は危険だから手を出さない方がいい」

 流れを見守っていたシメオンまで注意してくる。私がパパ伯爵を害するみたいじゃないの。ちょっと出血多量でめまいがするかも、くらいなのに。


「メロンです」

 ラウラが切ったメロンを、メイドが運んでいる。運ばせられないわな、主人の娘だものね。

「うっひょ~、美味しそう! いただきまーす」

 瑞々しいオレンジの果肉のメロンは、甘くてとても美味。これが貴族のお味。護衛として廊下にいた、聖騎士ヴァルフレードまで呼ばれて食べてるわ。遠慮しなさいよ。これは美しいシャロン様へ捧げます、とか言えないのかしらね。

「……先程のお話ですけど、なんとかリパモンティ子爵の罪を減らせないでしょうか」

 ラウラがぼそりと呟いた。まだ考えてたの。

 私は高級メロンを前に、過去は全て忘却の彼方に棄てたわ。


「……毒を使わなければ毒殺にはならない。殺意を否定することはできる」

 おおっとシメオン、謎解きですか。それなら強欲様にお任せ!

 毒がなくて殺意がない……。

「……ケーキを食べればいいって意味?」

「全く関係ない。要するに、“吸血鬼の血を飲み続けると健康を害する”という研究結果は有志が勝手にした実験で、おおやけには公表されていない。そもそも死ぬまで飲み続けた前例もない。本当に殺すつもりならば、即死する毒も遅効性の毒もある。その中で前例のない吸血鬼の血を使っているのだから、殺意がなく少し健康を害すると考えていた、くらいに持っていけるんじゃないか」


 なるほど、殺意があるかないかで量刑が変わる、と言いたいワケね。

 さすが軍師シメオン、なんとも小賢こざかしい。

「ジャナンドレアさんに口裏を合わせてもらえれば、有利になりそうね。しかしなんで吸血鬼は人間の血で元気になるのに、逆はダメなのかしらねえ」

「血には魔力が含まれている。経口摂取をした場合、吸血鬼には魔力を吸収する器官があるが、人間にはそれがない。……という説を唱える者が、昔あったな」

 私の問いに、シメオンが思い出しながら答える。唱えたのは実験の関係者かな。

「なるほど、そうかも。吸血鬼は死ぬと灰になって解剖できないから、研究が進まないんだなあ」

「唐突に物騒な発言をするな」


 不快だと言わんばかりの視線が向けられる。私の意見が的の中心を射貫いているから、嫉妬してるんだわ。ふふん。

 シメオンってそういうところ、あるよね。

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シャロンの方がすごいはずなのにこの扱い… ラウラも敬意がなくなってきている…
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