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第119話 ロークトランド中立国の調査員

 カフカ商会の商会長のお宅から、治安維持部隊の救護所へと移動した。

 騎士も含め、怪我人はこちらに集合しているのだ。救護所から出てきた男性が持つバケツから、真っ赤に染まった布や包帯がはみ出ている。これはなかなかの上客……もとい、当別料金の重傷者が何人もいそうね。

 それをやったのが一人なんだから、龍神族ってのはかなり戦闘が強い種族だわ。

 室内からは、うめき声のハーモニーがもれている。大丈夫だと、励ます声も聞こえていた。


「みんな、安心しろ! 自治国の聖女ラウラ様がいらっしゃった!」

「聖女様……!??」

「ありがたや……」

 まだ治療をしていないのに、到着したばかりのラウラを拝み始めたぞ。錯乱してないか、精神の弱い兵どもね。

「え、ええと……、怪我の酷い方から治療します。どちらでしょう」

「アイツです、手足を骨折して出血も多いんです」

 室内で治療に当たっていた衛生兵が、ラウラを誘導する。救護室の十しかないベッドは埋まっていて、怪我の軽い人は床に座っていた。

「こっちを先に治療してくれ」

「コイツの方が酷い傷だ!」

 ラウラが治療しようと向かう途中で、数人が優先しろと訴える。手を伸ばしたヤツがいたから、ラウラのお付きとして後ろについている私が叩き落とした。


「お触り禁止ですよ! 治療の受けたい方はこちらにお布施を~。信じる者は金を払う、金額の多い順に治療します」

「姉さん、重傷者から治療するんです。お布施が多くても、優先しませんからね」

 せっかく財布を出したヤツがいるのに、支払いの手が止まってしまったわ。銀貨を戻してしまう。あと一歩で私の献金箱に届くのに!

 仕方ない、奥の手だ。

「じゃあ私が治療するわ。はいはい、希望者はお布施ね」

 これで我先にと払うはず!

 ……と思ったが、みんな顔を見合わせて動かない。


「……やっぱり順番をちゃんと守ろう!」

「そうだよな、お布施はお布施で別問題だ。大怪我優先だよ」

 あんなに先を競っていたってのに、誰も払わないじゃないかよ。どういうこった。

 結局みんな仲良くラウラの治療を待っていた。献金箱の重さも変わらない。せっかく持ってきたのになあ。

「……おい、アイツは吸血鬼じゃないか!??」

 一緒にいたシメオンに兵の一人が気付いて叫ぶと、周囲に緊張が走った。

「……いかにも。しかし私には、君たちと敵対するつもりも、理由もない」

「惑わされるな! じっちゃんは吸血鬼の女にたぶらかかされて、タンス預金を全部渡しちまったんだ!!!」

「よくも堂々と治安維持部隊の施設にまで来たモンだな」

 昔の吸血鬼事件の被害者の身内がいたようで、ジャナンドレアの犯行を周囲に告げる。その犯人は現在は収監中よ。


「……ならば出ていよう」

 おうっと、戦う前から逃げようとするシメオン。私の脳内には既に、新たな金儲けがひらめいているぜ。

「うおおいお前ら、シメオンさんに敵うつもりでいるの!? 格の違いをみせてやりなさい、これがベテラン吸血鬼だってね!!!」

「その心は」

「戦って怪我人が増えれば、その分お支払いも増えるのよ。聖女様がいるんだから、暴れちゃってちょうだい!」

 さあ戦うのだ、全ては私のお金のために! 他人の怪我は私の収入!

 私のお墨付きを得て乱闘になるかと期待したのに、またもや誰も動かない。なんと覇気のない連中か。


「うんまあ……事件とは無関係の吸血鬼さんだしね」

「救護室で暴れちゃいけないよな」

「吸血鬼さん、あちらでお茶でもいかがですか」

 臨戦態勢に入ったはずが、急に和んでるんだけどっ! 全く、どうなってるのよ。

「……姉さん、治療中です。騒ぐなら表に出てください」

 私だけラウラに叱られたわよ。世知辛せちがらい世の中よのう。

 結局、普通に治療をしただけで終わってしまった。ラウラはとても感謝されて、頬を染める輩までいたわ。


 わざわざラウラについていったのに、私の稼ぎはなかった。無念を抱えながらの帰宅となった。

 ジュランデール帝国も色々と経験して楽しかったし、そろそろもらうべきお金をもらい、買いものをして帰らなきゃね。

 カフカ商会長のお宅で休んでいると、私たちにお客だという。

「ロークトランド中立国の調査員の方がいらしています」

「はいはい」

 調査員は女性の二人組で、ソファーに座ってコーヒーを飲んでいた。コーヒーは苦いが、半分くらいミルクにするととても美味しい飲みものよ。

「お初にお目にかかります。あなたが自治国の聖女、ラウラ様ですね! お会いできて光栄です」

「はじめまして」

 調査員はラウラと握手を交わし、続いて視線を私に向けた。


「そしてラウラ様に学び精神修行をしている、お付きのシャロンさん」

「どもー」

 精神修行とは? お付きだとは触れ回ったが、どこからそういう話に? 淑女修行の間違いじゃないの?

「お二人が興業師の一行の持つ絵画が贋作だと、見抜かれたのだとか。その方々のことや、どのような絵だったかなど、詳しい状況を教えていただけますか? どの興業師なのか把握できず、手がかりを探しています」

 なるほど。移動しながら演目を披露している旅の一座の行く先を特定するのは、難しい。まだ接触できていないのね。

 わざわざ探すとは、律儀なものだ。用があれば、あちらからロークトランド中立国へ行くだろうに。


 ラウラが興業の座長から教わった、絵画を入手した経路を説明した。

 さらに書かれた絵は美しいがどこかで見た構図だったこと、神聖証明印は見た目では判別するのは難しかったこと、一座はまた旅に出てしまったと説明した。

「この先は五芸天の絵としてではなく、普通の絵として飾るそうです」

「それなら問題ありませんね。……しかし神聖証明印を龍神族が偽造したなど、前代未聞です。子爵との繋がりや動機も調べなければ……。神聖証明印の信頼が揺らぐのは、我が国にとって大きな損失です」

 ラウラの言葉を真剣な表情で書き記しながら、自分に言い聞かせるように呟いている。

 動機かぁ、確かに気になるわ。


「ねえねえラウラ、リパモンチー子爵に聞きに行くのかな? 私たちも行きましょうよ。気になるでしょ、伯爵をおとしいれた理由とか」

「陥れるって、標的にしたみたいですよ」

「偶然であそこまでやるー? きっと借金を踏み倒されたり、買った金の延べ棒がメッキの偽物だったりしたのよ」

 恨みがあったとか、騙しやすそうなカモだったとか、チェントリオーネ伯爵家を選んだ理由が絶対にあると思うのよね。

「リパモンティ子爵家は、先代の時に一度、都落ちしているんですよ。当時を知る人に確認したところ、その時に画廊を先代のチェントリオーネ伯爵に譲渡したとか、奪われたとか噂になったそうです。その画廊も数年で閉館してますが。標的にされたのなら、その辺が関係あるかも知れませんね」


 壁が喋った。じゃなくて、壁際に立っていた聖騎士ヴァルフレード・ラヴァセンガじゃないか。あいつ、なんで騎士団に帰らないの?

「そかそか、分かったから巣へお帰り。ラウラにまとわりついてたら、付きまといで訴えるわよ」

「護衛ですよ、護衛! 職人の正体が危険な龍神族で、目下逃走中なんですよ! 聖女様の身辺をお守りする必要があります。ちゃんと家主の許可はいただいて、この場にいます」

 いつのまにか、カフカ商会の商会長に話を通してあったのか。アホのわりに手回しがいいわね。

「あら私の護衛か、ならいていいわ」

「シャロン様は殺されたくらいじゃ死にそうにないでしょう、ラウラ様が心配なんです」

「殺されても死なないのは、アンデットでしょうよ!」


 全く、私を敬う気持ちが足りない。命がなければ美人だろうと普通に死ぬわ。

「アンデットよりタチが悪いよな……」

「なんか言った!??」

「なんでもありません、小さい笛を渡しておくので、危ないと思ったら鳴らしてください!」

 ヴァルフレードは私とラウラと、あとケットシー紳士のアーク用の笛まで用意していた。アークはこの場にいないよ。

 ロークトランド中立国の調査員二人にも、笛を渡す。敵の目的が分からない以上、どういう行動に出るのか見当がつかないものね。


 調査員は宿に戻り、明日のリパモンチー子爵からの聞き取りで、また合流する。いそいそとメイスを拭いていたら、「叩いちゃダメですよ」と、ラウラに注意された。

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