第116話 パパ伯爵と夫人(アーク視点)
やあ、ボクはアーク。みんながお茶会に参加し、ボクは伯爵のお見舞い兼護衛に来ている。護衛なんてできる猫は、ケットシーでも紳士なボクくらいさ!
伯爵の部屋は静かで、執事が家での出来事を報告し、メイドは洗濯物を集めていた。ボクは普通の猫のフリをして、人間の仕事ぶりを眺めていた。
しばらく平和な時間が流れていたんだけどね、ドンドンと扉がノックされ、伯爵と同年代の女性が姿を現した。くすんだ赤い髪、無駄遣いばかりする伯爵夫人だ。
ボクは窓際のテーブルの上に座って、夫人の動きを観察した。何かしたら、猫の鳴き声で周囲に合図する手筈なんだ。隣の部屋の住民には移動してもらって、聖騎士と兵隊さんが待機しているんだよ。
「……久しぶりに顔を見たな」
「仕方がないんですよ、私も忙しいんですから!」
夫人は少し伯爵と会話をして、席を外した。そちらで何やら飲みものを用意している。ボクはこっそりと手元が見える場所まで移動した。夫人の手には赤い液体の入った小瓶が握られていて、グラスに注いだ赤いワインにそれを混ぜた。
「う゛にゃにゃー!!!」
「え、猫……? 貴方、猫なんてどうし……」
途端にバタバタと音がして、扉が開く。夫人はトレイにグラスを乗せ、ベッドで横になる伯爵に運んできたところだった。
「そちらを渡していただきます」
「突然失礼ね、なんなのあなたたちは! チェントリオーネ伯爵が伏せっているのよ!」
「存じています。その理由もね。……捕えろ」
「はい!」
知らされていなかった使用人は、慌てながらも夫人とパパ伯爵を守ろうとする。相手は正規の兵士だからね、結局関係ない人はどいてもらって、夫人だけを捕えた。そして夫人のカバンから、僅かに液体の残った瓶が発見された。
「離しなさい! 触れるんじゃないわ、私は伯爵夫人なのよ! その薬は子爵夫人にいただいた、滋養強壮のお薬よ。こんなことをして、ただで済むと思ってるの!??」
わめきながら連行される夫人。部屋を出る時にパパ伯爵を何度も呼んで振り向いたけれど、じっと過ぎ去るのを待つパパ伯爵と、視線が合うことはなかった。
後に鑑定されて吸血鬼の血だったと判明したソレは、人が口から摂取すると毒になるものだったそうだよ。
使用人は聖騎士に言われるままに移動して、隣の部屋で事情聴取を受けている。犯行をどこまで知っていたか、協力したかとか、色々質問するんだって。
静かになった部屋で、パパ伯爵はベッドから身を起こし、自分の足で立ち上がった。
実は体調が良くなってきていて、掴まれば歩けるんだ。
「……妻に毒を盛られるとは……。薬だと聞かされていたと言うが、その言葉を信じていいのか……」
窓際のテーブルに置かれた花は、聖女のレディが買ってきたお見舞い。テーブルに手をつく伯爵の眼差しは花に向けられ、俯いているような姿勢になっている。
「これまでの生き方の結果だよ。変えられるのは、これからの未来だけさ」
ボクはヒゲを撫でて、独り言のように呟かれたパパ伯爵の言葉に答えた。
伯爵夫人は捕まってしまったし、なかったことにはならない。証言を信じるかどうかは、パパ伯爵しだいだよ。もし信じたらどうなるかも、受け止めるしかないんだよ。
「未来……か……」
窓の外は明るく、お散歩をしている人がいる。
パパ伯爵はしばらくそのままで、外を眺めていた。やがて馬車がやって来て、強欲のレディや聖女のレディが到着したよ。
お茶会は無事に終わったのかな。
□□□□□□□□□□(シャロン視点に戻ります)
天井にはキラッキラに輝くシャンデリア、壁に飾られた絵画は額が金色で、精巧な装飾が施されている。
絢爛豪華なパーティー会場では楽団が音楽を奏で、参加者の紳士淑女が談笑していた。壁際には小さな丸いテーブルと、一つのテーブルにつき一つの長椅子。そして大きなテーブルには料理がたくさん並んでいる。これを食べ放題か。パーティー万歳。
今私は、お姉さんの友達であるロザーティ侯爵令嬢の家で開催されている、断首……もとい、ダンスパーティーに参加中。興奮のあまり少し言い間違えたのは、気にしてはいけない。
子爵家にお呼ばれするより先に、こちらの招待状が届いていたんだって。
そこに伯爵家のお茶会で会った妹さんもご一緒にどうぞ、と声をかけられて、ラウラの参加が決定。したらばソウルメイトの私も参加するべし。お姉さんに掛け合ったが断わられ、聖騎士ヴァルフレード・ラヴァセンガに口添えさせて参加にこぎつけた。
子爵邸で事件に巻き込まれたあの日、治安維持部隊に守られて移動している最中に、今回の出来事をまだ喋らないよう口止めされた。神聖証明印の偽造に関わった職人を捕まえ、他に協力者がいないか捜査する妨げにならないようにって。
それとは別に、自治国の聖女様を危険に晒したお詫びをしたいと懇願されたが、ラウラは断わってしまった。代わりに私が、パーティーに参加したいとお願いしたのだ。
お茶会でもあんなに美味しい料理が出るのだ、パーティーはもっとすごいに違いない。衣装も用意してもらい、そして直近の侯爵家のパーティーに参加したって寸法よ。
ちなみにシメオンがお姉さんをエスコートし、聖騎士ヴァルフレードがラウラをエスコートした。私はラウラのシャペロンとかいう、お付きの人として参加している。さすがに紳士でも猫のアークはお留守番。
中央ではまずホストである侯爵家の令嬢、ダニエラが婚約者とダンスをしている。青い髪に濃い青のドレスが映えているわ。白い手袋が貴族っぽい。
今日はテレーザお姉さんの婚約者も参加するとか。普通はエスコートするものなのに、エスコートもないんだって。会場で僕と握手か、偉そうな男だわ。婚約者は同じ伯爵家の人間で、家同士で決められたそうな。
本来ならもう結婚しているはずが、チェントリオーネ伯爵家が落ち目になったので、相手がのらりくらりと先延ばしにしているとか。
それなら婚約を解消すればいいのに、とお姉さんがこぼしていた。
「シャロンさん、踊れるんですってね。自治国のダンスを披露していただける?」
ダンスを終えた侯爵令嬢ダニエラからのご指名よ。本来ならこのあとは、自由にみんがダンスを踊るのだが。
ここでやらねば聖女が廃るってモンよ。
「お任せあれ!」
私は深緑色で裾が膝丈のドレスを着ている。フワッとしたヤツで、ダンス用に下にズボンも着用。私のダンスの必需品よ。
ダニエラたちと交代で中央に出て、軽快な曲を奏でてもらった。
とくと見よ、我が魂のダンス。
まずは軽快なステップを踏み、片手を床につき、肘で体を支えて足を浮かせた状態で停止。片膝を突いて支点にし、くるりと回る。続いて片足を上げてひょこっと飛び、そのまま床に倒れこみ、背中の上部と頭でくるくる回る。足は百六十度上を向いている。
飛び込んでの前回り、それから両手で地面を押して離れ、足で着地。宙返りもすれば、割れんばかりの拍手と歓声が響いた。
ついでに頭を地面につけて、両足を開いた状態で上にし、コマのように回り続ける。
「何だあのダンスは……! 歩くような軽快なステップかと思えば、いきなり床を回り、肘までの手だけで体を浮かしている……!??」
「すごい身体能力よ」
「品がないだろう! 床に寝転んで跳ねるなど、邪道だ!」
「関係ないわ、芸術よ。後ろ回りをするかと思ったら、途中で止まったわ。あんなのどうやるの!??」
ふ……。これは私が女神様に奉納する、「ブレイキン」と呼ばれる特別なダンスなのだ。
もちろん、こんな高度なダンスができるのはプレパナロス自治国でも私だけよ。メイスを振り回す腕力は伊達じゃないぜ。ダンスパーティーの主役は私だ!
「イッエエエエーーーーーイ!」
「素晴らしい!」
「ブラボー!!!」
拍手喝采。気持ちいいなー。
私のダンスが終わって緩やかな音楽に変わっても、ダンスをしようとする人はすぐに現れなかった。代わりにホールに男性が一人で立った。やたら怖い顔をしているわ。
「みんな……聞いてくれ。僕は今夜、テレーザ・チェントリオーネ伯爵令嬢と婚約破棄する!」
「あれはグラッビ伯爵家の、ジョバンニ様じゃないか?」
……婚約破棄? 誰ともなしに名前を呟く。あれ、お姉さんを名指しってことは、もしかしてお姉さんの婚約者?
どうした、悪いものでも食べたか、お金を落としたのか? お金を落としたんなら場所を教えるのだ、私が責任を持って回収しよう。
「……ソレ、ダンスパーティーの会場でやること~?」
周囲が唖然としているので、私が代わりに質問した。壁際にいたお姉さんが人の間を前に進むと、心配したラウラもついていく。
「そうだ。長年の婚約だったが、黙ってなどいられない事態になった。僕は伯爵家の悪事を告発する!」
お姉さんをビシッと指差す。おーい、人を指で差すなって教わらなかったの?
「……婚約破棄は承りましたわ。お父様が伏せって困っている時に逃げる男なんて、こちらからお断りです。悪事とか、言いがかりはやめていただけますか?」
毅然とした態度のお姉さん。今のところ、軍配はお姉さんにあるわな。




