第109話 リパモンティ子爵家の馬車
マナー講座は無事に終わり、ラウラの服も選んでお姉さんとの距離が縮まった。初日のミッションはクリア。ミッションの内容は知らん、気分の問題だ。
カフカ商会の商会長のお宅へ帰り、ゆっくりお風呂に浸かる。
シメオンとアークは先に戻っていて、部屋で仲良くお喋りしていた。猫と吸血鬼って、どんな会話をするのかしらね。ほとんどアークが話している気がするわ。
二人にはお姉さんが、伯爵夫人がパパ伯爵に毒らしきものを盛るのを見てしまい、パパ伯爵を毒殺するつもりだと思っていたことを伝えた。シメオンはいつもながらの難しい表情をしている。
考えるのは助手の仕事ぞ、しっかり思考の限りを尽くすのだぞ。
ラウラは慣れないマナー講座やドレス選びで、さすがに疲れたみたい。早々に部屋に引っ込んで、休んじゃったわ。
私はお金の話ができないので、不完全燃焼なのだ。
ラウラ、のんびりしていたら、伯爵夫人に全て使われてしまうわよ! お金は使ったもの勝ちなのよ!
カフカ商会長の息子、ネフェンは今日も庭で筋トレ。腕立て伏せは、やはり十五回で限界のようだった。若いんだ、もっと無理しなさい。
明くる日も、伯爵邸でお茶会のためのマナー講座が開催される。聖騎士ヴァルフレード・ラヴァセンガが朝から護衛にやってきて、馬車の脇を馬で併走する。
動き出してそんなにしないうちに、馬車が止まった。進行方向の先から叫び声が聞こえて、なんだか妙にザワザワと騒がしい。
「何かあったのかしらね」
「様子を見てきます」
ヴァルフレードが馬から下り、人が集まっている方へ進む。人垣ができて、馬でも通れないのだ。
人々は同じ方向に視線を向けていた。聖騎士であるヴァルフレードの姿を認めると、体をどけて騒ぎの中心を指で差して説明している。
何度も頷くヴァルフレードの表情は、いつになく真剣だ。
話を終えると、走って馬車に戻った。
「怪我人です! どうやら貴族の馬車を牽く馬に、子供がぶつかったようで」
「大変じゃないですか!」
ラウラが即座に立ち上がる。さすがだ。
馬車の扉が開き、ヴァルフレードが手を差し出してラウラが降りる手伝いをした。これは、噂に聞くエスコートでは。
走ろうとするラウラをヴァルフレードが止めて、ついてくるように言っている。私も二人に続き、後ろを歩いた。人がどんどん集まってきてる。外に出ると、騒いでいる言葉がはっきり聞き取れるわ。
「馬車の前に出て邪魔をするとは、何事だ! お嬢様がお怪我をされたんだぞ、どうしてくれる!」
従者がぶつかった相手を責めているではないか。
子供は座りこんで泣いている。怪我をしたのは、だらんと力なく垂れている腕ね。反対の手で傷の付近を押さえていて、服の下から血が流れる。
「痛い、痛いよ~!!!」
「申し訳ありません……、大丈夫? 大丈夫?」
母親も心配のあまり、泣きそうになってるよ。
「おい、子供なんてどうでもいい! お嬢様に非礼を詫びろ!!!」
この子、馬と衝突したのよね? どう考えても馬車の中にいるお嬢様とやらの方が、軽傷じゃないの? 何じゃコイツら???
周囲で眺めている観衆も、隣にいる人と顔を見合わせている。
「聖女ラウラ様がおいでだ。通してくれ!」
「……聖女?」
ヴァルフレードの呼びかけで、野次馬たちが道を空けて二人を通す。一方的に怒鳴っていた従者の声が止まった。
「怪我をされた方はどちらですか? 治療いたします」
「聖女様だって、すごい偶然ね」
「とっても可愛い聖女様だわ!」
観衆の興味がラウラに集まる。ラウラは気にせず、怪我をした子供にまっすぐ駆け寄った。そこに貴族の従者が立ち塞がる。
「聖女様! まずはお嬢様を治療してください。馬車の壁にぶつかって、膝が赤くなってしまっているのです」
おいおい、子供は血がたくさん出て、服が赤く染まってるからな。正気かコイツ。
「子供さんは重傷ですから、こちらから治療します。すぐですのでお待ちください」
「金は払う、こちらを優先してください。貴族のお嬢様ですよ、平民の子供とでは価値が違う!」
なるほど、お金なら貴族の方がたくさん持っている。払うというのなら、ここはシャロンちゃんの出番だ。望みを通させてしんぜよう。
「はいはーい、お金を払うなら優先しますよ。さ、お嬢様を出してくださいねえ」
「……誰だお前は? そのメイスはなんだ?」
従者は私を振り向くと、メイスを凝視した。なんだも何も、ご存知のとおりのメイスです。
「聖女ラウラ様のお付きの者です。ラウラ様は怪我なら重い方、大人より子供を優先されます。なので、この子より怪我が重くなれば先に治療してもらえます。ご安心を、私のメイスは鎧をも貫通する業物ですよ!」
お金をくれるというので、優先される手伝いをしてあげちゃうよ。
優しすぎるシャロンちゃんに、従者は絶句している。
「シャロン様、危ないですからメイスは持ち出さないでください!!! うわ、俺の剣より重い!!???」
ヴァルフレードが私のメイスを奪おうとして、バランスを崩して体を傾けた。剣より軽いと思ってたのかよ、メイスってわりと重いのよ。
「バカねえ、私のメイスは長い両手剣並みの重さよ」
「よく涼しい顔で持ち歩いてますね!」
「……ひぃっ……! 気、気をつけろよ! 行きましょう、お嬢様」
従者は子供の母親に向かって捨てゼリフを残し、恐れをなして逃げていった。我々の勝利じゃ。
……違った、治療をしてお金をふんだくる計画だったのに、逃げられたじゃないの! ヴァルフレードめ、邪魔ばかりしおって! 貴様をメイスのサビにしてくれようか……!!!
その間にも、ラウラが子供の治療を済ませていた。子供は早くも元気に立ち上がる。
「もう痛くない!」
「今日は安静にしていなきゃ、ダメよ」
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
母親が涙ながらに子供を抱き締めている。周囲からは拍手が巻き起こった。こちらは着ている服からしても、余分なお金は持っていそうにない……。
請求したらラウラに怒られそう。
こうなったらお茶会で、元を取るつもりで飲むぞ。
「それにしても、そんなに偉い人だったの? 誰か分かる?」
「アレは……リパモンティ子爵家の家紋でした。ラウラ様の母上が所属する興行の一行に問題の画廊を商会したというので、ちょうど調べていたところです。間違いないですよ」
あらあら、因縁がありそうねえ。覚えたわよ、リパモンキー子爵。
……モンチーだっけ? ま、いっか。
結局お金にならなまま、立ち去るしかなかった。
「……ちょっとヴァルフレード。治療が無料とは思わないわよね?」
「……後で団長と相談しますから」
「よろしくね」
よし、これで安心。お金の回収は、本人からじゃなくてもいいのだ。ラウラが聖女のような眼差しで、やり取りを見守っていた。
伯爵家に到着すると、お姉さんが今か今かと首を長くして待っていたわ。マナー講師の先生も一緒だ。
来る途中のハプニングを伝えたら、二人とも同時にため息をついた。
「はあ……、リパモンティ子爵家も品のないこと」
「明日のお茶会には、リパモンティ子爵家のご令嬢も参加するのよ。夫人とお母様が仲のいいお友達だから、誘わないわけにはいかなくて。ラウラさんは気を悪くされるかも知れないから、なるべく遠い席にしますからね」
平民蔑視なお家柄じゃ、ラウラにイヤミを言うに決まっているわ。面倒な人だったみたいね。
やっぱりメイスだ。今回もメイスで片がついた。メイスは雄弁に語る。
ちなみに画廊云々のお話は、お姉さんには伝えていない。
今日はお茶会のメンバーについて説明された。
お姉さんと学園で仲が良かった侯爵令嬢が一人、あとは伯爵家やそれ以下の貴族。伯爵家が落ち目になってるから、お友達も離れていってしまったのだとか。世知辛い世の中である。
カーテシーという貴族の挨拶を練習し、お茶会のマナーのおさらいをして、話題になりそうな最近のこの国の流行を教えてもらう。ドレスの形にも流行があるのか。分からんな、好きに着ればいいのに。
香水はバラの香りが人気と。商品にいいわね、香水を仕入れて帰ろうかしら。
ラウラのお姉さん、心なしか昨日より優しいわ。ラウラと姉妹っぽい。
となると、やっぱり私のお姉さんでもあるわよね。お小遣い、くれないかなー。微笑ましくラウラとお姉さんのやり取りを眺めていたら、お姉さんに睨まれたわ。このぉ、ツンデレさんめ。
さあ、明日はついにお茶会だ。なんかもう、私も立派な貴族の一員よね!




