第104話 聖騎士ヴァルフレード・ラヴァセンガ
「で、誰?」
思い出せないので、直接尋ねた。男性はエッと目を丸くする。
「俺ですよ、ヴァルフレード・ラヴァセンガ! 三年前にお会いした時はまだ聖騎士見習いでしたが、正式な聖騎士に叙勲されたんです。あの時、手柄を立てたいと逸る俺を戦場で背中から蹴り飛ばしましたよね。そして酒場で食事してたら隣にきて勝手に注文して食べまくって、指導料だって言って帰っちゃって、奢らせたじゃないですか!」
「おかしいわね、記憶にないわ」
本当はうっすら覚えてる。焼き鳥を十本食べてご満悦だった時じゃないかな。今になって支払いを要求されても困るので、忘れたふりをしておこう。
しかしコイツについては全く覚えてないわ。こんなヤツだったかな?
「……さすがシャロン様ですね。現在は魔物の出没情報はないし、プレパナロス自治国に派遣要請したなんて聞いてませんが……。……もしかして、横領でもして逃げてます?」
急に声を潜めた。本気でアホな心配をするな。
「するわけないでしょ! 今の私は聖女ラウラ様のお付きよ。そのつもりでね」
「あ、降格されたんですね! 了解しました」
「おかしな納得の仕方をするんじゃないわよ! まるで何かしでかしたみたいに!」
カフカ商会長がつけてくれた案内係の使用人がエッと驚いた表情をして、すぐに開けた口を結んだ。信じちゃってるじゃないの!
元凶のヴァルフレードは悪びれもなく笑っている。
「まあまあ、往来で大声を出しちゃいけませんよ、シャロン様。どこかお店でも入りましょう、奢りますよ」
「しからば参ろう」
「何キャラですか、ソレ」
奢りならば行こう、甘いものが食べたい。それと特産品とか安く仕入れられそうなものを教えてもらおっと。
込み入った話があるかも知れないので、使用人には帰ってもらった。聖騎士が一緒だから心配はいらない。彼らにとって聖女の護衛や奢ったりするのは、栄誉なのだ。
ヴォルフレードに連れて行かれたのは、ヤツの行きつけの喫茶店だった。
客が少ない店の奥の席を陣取る。ラウラとシメオンとアークも一緒よ。猫も入れるお店で良かったわ。
「聖騎士君は、強欲のレディーのお友だちなのかな?」
「ご、強欲のレディー! ピッタリですね、シャロン様。私は一緒に仕事をしたことがあるだけだよ。黒猫君は?」
大笑いしているわ、品のない聖騎士め。
私はお上品に、フルーツホットケーキ三枚重ねクリーム増し増しを注文した。ラウラは遠慮してるわ、奢りなんだから好きなものを好きなだけ食べればいいのにね。
「名乗り遅れたね、ボクはアーク。さすらいのケットシー紳士さ。旅の途中で、ここまで一緒に来たんだよ。レディーのエスコートは、紳士の仕事だからね」
「へー、ケットシー紳士」
「ケットシーの王国を訪ね歩いているんだ。この国にはあるかい?」
「王国なんてあるかなぁ? 隣国にケットシーの目撃情報が多いから、あっちにはあるかもな」
あまり役に立たない情報ね。ケットシーは見た目は完全に猫なので、二本足で奇行をしていたり、お喋りしている現場でも出くわさない限り見分けられないだろう。
じゃ、なくて。猫の話じゃないわ。
「雑談はあとよ、本題を済ませてからにして。私は思うところがあって国を出てるの。捜されないよう、私と会ったのは絶対に秘密だからね」
「了解しました。自治国に行く用事もないですし、もし捜しに来ても黙っておきますね」
よし、口止めしたぞ。これが一番大事だ。まだドルドバカ神官が捜してるみたいだし、気を付けないとね。
「麗しい聖女シャロン様に会ったとか自慢したいだろうけど、話さないようにね」
「それは会ったことのない人ですね」
目の前にいるのに、何を言っておるのじゃ。メガネをかけた方がいいんじゃないか。
アークが猫メニューから頼んだ、鳥のささ身肉が一番に到着。喜んで食べてるわ。猫メニューがあるなんて珍しい店ね。
「ところで、先ほどおっしゃっていた聖女ラウラ様というのは、お隣の方ですか?」
ヴァルフレードの視線がラウラに移動する。ラウラはにっこりと微笑んだ。
「はじめまして、ラウラです。回復が得意ですので、負傷の際は治療させていただきます」
「あ、りがとうございます。ヴァルフレード・ラヴァセンガです。聖女様だあ、緊張するなぁ」
顔を赤くして手で頭を掻いている。私に対してと、反応が違いすぎるじゃないの。聖女様なら隣にもいるぞ。元だけど。
「シメオンだ」
「吸血鬼ですよね。念のために田舎の村には行かないでください。数十年前に吸血鬼被害があって、地方では今でも吸血鬼を恐れる傾向が強いんです」
ヴォルフレードの言葉にシメオンが頷く。
昔と比べて店や家から漏れる光で夜も明るくなり、昼と夜の差は小さくなった。しかし魔に属するものの被害がなくなったわけではないし、被害を覚えている者から過去の悲劇を風化させるにも、時間はまだ隣に寄り添っている。
ヴォルフレードは吸血鬼被害について説明をした。
三十年ほど前、男性を騙して大金を巻き上げる、若く美しい金の髪をした女がいた。それだけなら詐欺師で済むのだが、彼女に貢いだ男性が次々と血を吸われて変死を遂げた。
その女は、吸血鬼だったのだ。
富を築いて用が済んだ男性の血を吸い死に至らしめた吸血鬼は、正体の発覚が遅れて討伐隊を組んでいる間に逃げ、どこかへと姿を消した。
プレパナロス自治国でも未だに討伐対象として、警戒されている吸血鬼だわ。この国もだったか。
通称『悪意の恋人』と呼ばれる、数ヵ国で同じような被害をもたらした吸血鬼だ。近年の被害報告はない。
シメオンは真剣な面持ちで話を聞いていた。
「……噂に聞いたことはある。その女性は、元はあまり強い吸血鬼でもなかった。土地を転々としながら富と力を蓄え、現在はどこかの貴族の愛人におさまり、優雅に暮らしているそうだ」
「……なんだか釈然としないお話ですね」
ラウラが目を伏せる。分かるわ。そんな簡単に金儲けをするなんて、許せないわよね。
都会ではもう吸血鬼に対する偏見はほとんどないそうなので、田舎にさえ行かなきゃ問題ないわけね。行く予定もないわな。
次にラウラの実家、チェントリオーネ伯爵家について尋ねた。
ヴァルフレードは、なんだか複雑な表情をしている。
「……聖女ラウラ様のご実家が、まさかあの伯爵家だったんですか……」
言いにくそうに言葉を途切れさせた。悪い意味で有名なのかな。
「なんでもいいので、教えてください。私の母はメイドだったそうです。今まで父親について、全く知らなかったんです」
「……伯爵様は現在、病でずっと療養しています。ご長男さんは突然伯爵代理となって、苦労しているみたいですね。特に伯爵夫人……ご長男さんにとっての母親ですが、浪費を止められずに困っていると聞きました。財政的に苦しくなっているみたいですよ」
お金が……、私……じゃなかった、ラウラのものになるはずだったお金が消えていく! 潤沢にあるならともかく、財政が逼迫しているなんて、緊急事態じゃないの!
早急に対処する必要があるわね。母親の浪費くらい、どうにかしてしてほしいわ。
「それだけじゃありません。伯爵夫人は少々疑惑のある画廊と取引がありまして……。ここだけの話、要注意人物とされています。深入りしない方がいいですよ」
「それって、ペルティレ商会というところが運営している画廊ですか?」
「ええ、ご存じでしたか」
おおお、一気にきな臭くなったぞ。そりゃ実家でも近寄らない方が懸命だわ。もらうものをもらったら、さっさと帰るが吉ね。
「実は、私の母が身を寄せている興行の一座が、リパモンティ子爵から紹介されてペルティレ商会の画廊で絵を買ったんです。それが贋作で、神聖証明印も偽造されたものでした」
「神聖証明印を……。なんて罰当たりな! しかしこれで確信しました、あの神聖証明印も偽物でしょうな……」
興行の一座の他にも、他国の人や定住しない団体をターゲットに、ロークトランド中立国五芸天の画家、ジェマ・ブロデリックの絵を装って販売していたっぽい。
ジェマ作とされる全く同じ絵があり、どちらも神聖証明印が押されていた。どちらが本物かロークトランド中立国に問い合わせていたそうだが、両方とも贋作だろうなぁ。
実物があれば、私が神聖証明印を判別できると伝えた。有料で。
とりあえず、これでお話は終わりだ。
「それでシャロン様、国を離れたなら、今はどうやって生活されているんですか?」
コーヒーを飲んでから、ふと思い出したようにヴァルフレードが私を見た。支援でしてくれるつもりか。
「ふふふ……聞いて驚きなさい。今の私は借家で商売をしてるの。雑貨屋店主の、可愛いシャロンちゃんよ」
「またまたぁ、騙されませんよ」
「騙してないわ!」
軽く否定するわね。お店をやるのが夢だったのよ。世界の果てまで買いに行きます、くらいの気概がほしい。
「可愛いから嘘じゃないですか」
「おいコラ、キツネの餌にするぞ」
猫好きのエルナンドといい、聖騎士ってどうしようもないのばっかりなのかしらね。
今回は置いてきちゃったけど、外出の際はメイスを持ち歩くべきだったわ。円滑な話し合いのためにも、武力は必要なのだ。




