第101話 お食事会
宴会場の窓からは、外で楽しんでいるケットシーや小悪魔の姿が見える。代表のロノウェの姿がないわ。自分だけお高いお店に行ってそうよね。
追加で料理が運ばれてるよ。集会場の管理人さんも手伝ってくれてるんだって。鶏肉の唐揚げヤッホー!
「エイジェニ様、素晴らしい歌でした。またステージを拝見したいです」
「ありがとう、機会がありましたらぜひ」
ステージで歌を披露したエイジェニには、我も我もと感想を伝えにくる。ここでも人気だな。
「美しい歌声に感動しました! 私もブリージダ様の信者になっちゃいそう!」
「ふふ、ぜひプレパナロス自治国へ参拝にいらしてください」
相変わらず外面がいいわね。エイジェニが外遊すると、彼女と会いたいが為に、本当に自治国まで来る信者が増える。
神官もウハウハだろう。
「吸血鬼さんはやっぱりトマトジュースがいいですか?」
男性が手にしているのは、ビールのビンだ。彼らにはビールが一番人気。
「……血と同じ色というだけで、吸血鬼がトマトジュースを好むという事実はない。色が同じものを好むなら、トマトを好きな人間はイチゴも赤いパプリカも好きなのか?」
「違いますねえ、なるほど」
ふーむ、非常に哲学的な会話よのう。哲学ってどんなのか知らんけど、そうに違いない。哲学的と言っていれば、知識人っぽい香りがする。哲学的に降る雨、哲学的な音楽、哲学的に背中が痒いなど、哲学には多用な汎用性があるのだ。
興行のメンバーは吸血鬼に興味があるようで、シメオンに質問をしたりして楽しんでいた。チーズのホットサンドうまいな。
「それにしてもマルセラさんの娘さんが聖女様だなんて、本当にすごいですね! その縁で、エイジェニ様がステージに立ってくださいましたし」
若い女性の言葉に、団長も頷く。
「マルセラも喜んでいたな。猫も人気で、今回はいつも以上に儲かったよ。ここに来て良かった!」
ケットシーの猫踊りも含め、興行は大成功だったわね。誰も彼もご機嫌だわ。
たくさん食べてお喋りして、お食事会が終わる頃、団長さんから別室で話がしたいと誘われた。エイジェニとシメオン、それにラウラも一緒に。
小さな部屋の中央あるテーブルを囲んで座る。他の人たちが食事会の後片付けで、ひっきりなしに歩いている足音が響く。
「マルセラの故郷に行くんだろう? 贋作について伝えておこうと思ってな」
団長は神妙な声色で、テーブルに両ヒジを突いてまっすぐな視線をこちらに向けた。
「なるほど、仇を討って欲しいと」
「贋作の仇……? そうじゃなくて、ラウラさんの父親は伯爵だと聞いている。神聖証明印を偽造までする贋作だ、貴族が関わっているのは間違いない。君たちが巻き込まれないよう、画廊についてなど説明しておくよ」
なんと、返金させろとかではないのか。八割で手を打とうと考えていたのに、とんだ見込み違いだった。
「そうですわね。いくらシャロンが凶暴で無礼千万でも、権力や知能がなくして、どうこうできる問題ではないでしょう」
どさくさに紛れて、私をバカにしてない?
エイジェニも親身になりなさいよ。そして誰も反論しない。もっとシャロンちゃんの味方をすべし。
「俺のせいでラウラさんに何かあったら、マルセラが鬼になるからな……。一生主食がパンの耳になるかも知れん。とにかく危ない真似はしないよう」
本気で怯えてるわ。興行の最高権力者でさえ、屈するとは。食を牛耳ると強いわね。ラウラのお母さん、若い衆も顎で使ってたもんなあ。
画廊はペルティレ商会が運営していて、団長に紹介したのはリパモンティ子爵という人だったそうだ。
とにかく、その二つの名前には近寄らないようにするわけね。ラウラのチェントリオーネ伯爵家まで関わっていたり、逆に騙されたりしてないといいわね。
「なかなか大変そうですが、シメオンさんがいらっしゃるので心強いですわ」
「私は別に同行しないが」
エイジェニがシメオンを巻き込もうとしている。
私としても、軍師シメオンがいた方が助かる。貴族の相手とか変態のあしらいとか、得意そうよね。
「女性の二人旅は危険です。シメオンさんはお優しいから、見捨てるような真似はいたしませんでしょう? 言葉にせずとも分かりますわ」
「考えてもいないことを勝手に読み取るのは、やめてくれ」
見た目はクールなお人好し吸血鬼が、エイジェニの押しに抗えるわけもなく。シメオンは渋い表情をし、団長は苦笑いで黙っていた。
「申し訳ありありません、シメオンさん。私もシメオンさんがいてくださった方が、安心です」
ラウラにもお願いされたわ。これで逃げたりはしないわね。良かった良かった。
出発は二日後。興行の馬車に乗せてもらって、ワープポイントのある王都まで移動する。そんなわけで、連中の都合に合わせるのだ。
エイジェニの出発は明日だ。寂しくなるなあ、いやあ良かった。
話も決まったし、あとは帰って寝るだけだ。
食事会の残りをもらったので、朝食はそれで済ませた。食事を終えたら着替えや日用品をカバンに詰め込み、お出掛けの準備をする。
今回はラウラのお父さんのお見舞いなので、滞在も短いだろう。
「ラウラちゃん、もう帰っちゃうの?」
「ごめんねノラちゃん、今回はシャロン姉さんを誘いに来ただけだったのよ」
「偶然にもお祭りが見られて、良かったですね」
「ええ。バート君も楽しめた?」
ラウラは相変わらず、うちの猫店員と仲良しね。二匹はラウラとの別れを惜しんで、一日中近くにいた。
売り上げも少しあったぞよ。お祭りで品薄になっているので、また仕入れないとね。
「さて、と。今晩は炊き出しよ~。ラウラも行く?」
「行きません」
「今日行かないと、しばらく行かれないわよ。後悔しない?」
「しませんよ」
誘っているのに、ラウラの反応は冷たいわ。猫店員とラウラが帰ったあと、私は一人で炊き出し会場へ足を運んだ。無料で食べられんだもの、足取りが軽い。
着替えでも新調するのか、途中にある洋服店へ入るシメオンの背が見えた。
ま、どうせ明日も会うんだし放っておきましょ。スラムの先生に出かけると伝えて、会場の広場へ。早くも行列ができている。
早くしないと、炊き出しのおいしいところが食べられてしまうかも知れないものね。ちなみに興行の期間は、炊き出しはなかった。
「おや、シャロンさん。また来たんですか」
「おう、来たわよ」
本日は味付きのご飯に挽き肉を添えたものと、茹でたまご。それからキュウリのピクルス、ほうれん草のソテーだ。なるべく少しでも野菜を使うようにしているそうだ。ワンプレートに全部のるのも魅力的だわ。
「シャロンねーちゃん、顔色の悪い兄ちゃんは来ねーの?」
スラムの緑の髪の兄妹が、地面に座って食事をしている。一緒にいる、痩せて元気のない女性が母親かな。
「シメオンさんはお金持ちだからね」
「そうなの? お兄ちゃんすごいね」
妹が素直に称賛した。いくら他人にお金があっても、私のものにならないからなあ。
「……いつも子供たちがお世話になっています。ご迷惑ではないですか?」
「ないない、迷惑だったら叩き出すから安心して」
お母さんは声まで張りがないわね。ご飯が足りていないのかも知れない。だが私のは、分けないぞ。
「私がこんななので、子供たちには十分なことをしてやれなくて……」
「別にいいって。かーちゃんはかーちゃんで、頑張ってるよ」
男の子が面倒そうな言い方で、ぶっきらぼうに励ます。そろそろ照れ臭いお年頃かな。
「お母さん。癒しの女神ブリージダ様に、毎日祈りを捧げるのです。信じる者は救われるのよ。お賽銭は代理人たる私にどうぞ」
「……おねえちゃん、変な勧誘はしないでね」
妹が怪訝な眼差しで私を見た。変な勧誘じゃないわよ。私にちょっとお布施をするだけで、みんなが幸せになれるのだ。
「これ、失礼なことを言うじゃありません。ごめんなさいね、シャロンさん。ゴホッ、グゴホッ、立派なお方をお見受けします。施しならば、いくらでもいただきます」
「……やるわねお母さん」
これは引き分けか。ふっ、私のライバルになり得る人物がいたとは。
私もうかうかしていられないわね。強欲を磨かなければ!




