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第99話 ドワーフの下働き

 お祭りが終わり、道に置き去られたゴミを町の有志が片付けている。食べ歩きが増える分、ゴミも増えてしまう。私もお店の前を丁寧に掃除した。キレイな環境が客を呼ぶのだ。

 本日も雑貨屋は営業しております。

 しかし祭りの後だからか、客はこない。

 隣の庭も昨日は売場になっていたなんて分からないくらい、いつも通りに戻っている。小悪魔の一人があくびをしながら、ホウキを動かしていた。


 私のお店は最近、幽霊屋敷から猫が店員をするお店へと、イメージも変化してきている。思わぬ猫効果が出てるわ。この調子でいい印象に塗り替えていきたい。

 特製の女神様の祭壇には、グレン・ミレーからもらった花を飾っておいた。竹を切っただけの筒なので、入りきらないわ。

 お昼ご飯をどうしようか考えていると、扉が開く。

「いらっしゃいま……せんでした」


 七聖人の一人、玲瓏のエイジェニではないか。昨日のステージは大盛況だったなあ。

 護衛は外で待機している。「エイジェニ様、シャロンと二人きりになるなど危険です」と聞こえた気もするが、思い過ごしだろう。私は安心・安全・儲け第一がモットーの可愛い雑貨屋店主だ。

「いやねシャロン、お客様をこころよく迎えないと」

「買ってから客を名乗ってちょうだい」

 入店しただけで客のつもりになっているとは、図々しいヤツめ。商品を買って、初めて客になれるのだ。

「そろそろ帰るから、挨拶に寄っただけよ」

「それでは皆さん、さようなら」

「冷たいわねえ。はい差し入れ」

 エイジェニはそう言いながら、テーブルの上に大きな布袋を置いた。中に小さいものがたくさん入っているようで、柔らかな布袋の側面がデコボコしている。


 予想外の言葉だわ。動いていないし、中身がカエルだなどというイタズラではないだろう。いや食べられるんだったかな? ならいいか。

 エイジェニは人をからかうだけが趣味だと、誤解していた。

「……差し入れでござるか」

「ござるわ。昨日ね、歌を聴いた人が色々と食べものなんかをくれたのよ。多すぎるから、貴女にあげるわ」

 なるほどー! わざわざ買ってきてくれるわけがないもの、納得したわ。

 私にくれようとは、とてもいい心がけね。女神様への信仰が、彼女を正しい道に導いているに違いない。

「それなら毒とか異物混入を心配しなくていいわね!」

「堂々と何言ってるのよ」

「はっ、心の声が空気を震わせてしまったわ。私も新たな能力に目覚めたか……」

 いけないいけない、もらった食べものをしっかり確保するまでは、機嫌を損ねないようにしないと。持ち帰られたら大損だわ。


 袋の中には焼き菓子や、リンゴなどのフルーツ、そしてパンが入っていた。わあ、本当に食べものがたくさん! 瓶に入った手作りジャムもあるし、お昼ご飯は決まりね。

「私は領主様にご招待されているから、豪華なお食事を頂いてくるわ。じゃあね、シャロン!」

「わざわざ自慢しに来たわけ!??」

 やっぱりアイツは嫌なヤツだわ! さっさと帰……、いや、帰る前に仕事してもらうか。

「……ところでさ、時間があったら一曲歌ってよ」

「いいけど、ここでかしら?」

 即答だわ。歌う依頼なら断わらないと思った! 戻ろうと背を向けていたエイジェニが振り返る。

「場所は無縁墓地よ。うちのバイトのスパンキーに聞かせてやって」

「……バイトがスパンキーなの? 相変わらず破天荒ねえ。食事を頂いたら、またここに来るわね」


 よし、約束を取り付けたぞ。これで音楽が欲しいというショーンの望みが叶えられる。私ってば立派な雇用主だわ。

 ショーンにはドワーフの集落の場所を覚えてもらって、ドラーフへの依頼の取り次ぎもできるようにしようっと。儲けの幅は広いに、こしたことがない。

「こんにちは」

「はいよっ」

 エイジェニが去ってすぐ、ライカンスロープの患者が登場。見知った顔しか来ないわね。

 男性はいつになく、にこにこと上機嫌だ。もしかして、お金でも拾ったんだろうか。だったら分けてくれないか。


「面接の結果がきたんです! ドワーフの集落で、住み込みで働けるようになりました。シャロンさんのお陰です、ありがとうござました!」

 受かったのか、それで晴れがましい表情だったのね。

 お金を稼げるのはいいことだ。そして祈祷に正規の料金を支払ってくれれば、私もにっこにこよ。

「しっかり働いてきなさいよ」

「はい! 親方に奇病をわずらっていると正直に伝えたら、同情してくれたんです。ドワーフだったらそんなのは構わないから、安心して働いてくれって言われました。僕も気が楽になりました」

「良かったわね」 

 ドワーフの元で働くのがよほど嬉しいのか、声に張りがあって、やけに明るくて雄弁ね。今までの仕事場は、どんな環境だったのじゃ。


「狼に変身したらおかずになる獲物を狩ってきてくれ、なんて冗談で和ませてくれましたよ」

「いやそれ本気でしょ」

 私でもお願いしちゃうわ。武器だけではなく頭も切れるわね、さすがドワーフの親方。男性は近日中に引っ越すそうだ。まあ歩いて行かれる距離だし、その気になればいつでも町に来られるわけだが。

 鼻唄を歌いながら男性が去り、店の中には私一人。今日はラウラも顔を見せない。きっとお母さんの方に行っているんだろう。ようやくゆっくりお母さんと……過ごせてるのかな?

 町の名士とかいうヤツらに呼ばれてたりするのかしら。


 ヒマでヒマで、エイジェニからもらったお菓子を食べ過ぎそう。やめよう、しかし気付けばリンゴを囓っているではないか。この手が悪いんだ、この手が。果汁で汚さないようにしないと。

 手を洗ってカウンターに戻ると、三十歳前後で薄い青色の髪を一つにまとめた女性が店内にいた。見覚えあるな、薬師組合のもふもふ好きさんだったかな?

「こんにちは、店長さん。猫行列、素晴らしかったですね。ステージで踊る猫も堪能しました」

「はいはい。感想を言いにきたの? 猫店員なら、今日は休んでるわよ」

「お祭りで疲れたんでしょうね。本日はお待ちかね、薬師組合の認定証をお持ちしました。見える場所に飾ってください」


 女性は一枚のプレートを渡してきた。

 青銅色のプレートに、『薬師組合認定店』と書かれている。これで薬の信用がアップするのね! やったね。

「薬の後ろに飾っておくわ」

「たまに抜き打ち検査があります。それと、苦情が続いたら取り消しや審査のやり直しがありますので、気を抜かないでくださいね」

 薬は命に直結するからね、認定証を出して放置はできないわよね。私はツヤツヤの認定証を見つめながら答えた。

「キツネに伝えとく!」

「あと、新しい薬を作って試したいとか、副作用が心配な薬があったら、遠慮なく相談してください。販売してから問題があると大変なので」

「わっかりました。商売は信用第一ですからね」

「次は私もキツネか猫に会わせてくださいねええぇ!!!」


 急に身を乗り出して、声が切実になる。しかしこればっかりは私にはどうしようもないのよねえ。

「……アイツらは気が向いたら来るだけだから、運なのよ」

「さもありなん」

 あっさり納得して帰ったわ。結局、今日は全然売れないままだった。みんな、ついでに購入してもいいのにな。

 エイジェニは日暮れ間近にやってきた。

「来たわよ、シャロン」

「じゃあ案内するわ」

 店を閉めて、無縁墓地を目指す。エイジェニの護衛も後ろをついてくる。

 ステージで歌ったエイジェニの顔を覚えている人も多く、時々振り返ってあの人だ、と噂されているわ。エイジェニはすっかり慣れているので、涼しい顔で歩き続ける。


「おや、連れ立ってどうしたのだ?」

「シメオンさん、日暮れだから吸血鬼には朝みたいなものね。てことは昼間に歩いているのは、人に例えたら深夜徘徊なのかしら。これから無縁墓地へ行くんです」

「……その失礼な前置きは必要なのか? 何故、無縁墓地に?」

 シメオンが端正な顔をしかめる。失礼な前置きとは失礼な、話のツカミというヤツだ。

「ちょっとエイジェニに歌ってもらいに。うちのバイトが祭りに触発されて、音楽を聞きたがっていまして」

「……君が一緒だと心配だ。私も同行しよう」

「まあ、ありがとうございます」


 エイジェニがにこやかに感謝を伝える。シメオンは小さく頷いた。

 私が一緒だと心配じゃなくて、私が心配だの間違いじゃないの? 素直じゃないなあ、シメオンは。

 シメオンを仲間にして、無縁墓地へ。エイジェニには聖騎士が二人ついているから、戦力は申し分ないのよね。

 ただ場所は無縁墓地だ。魔の存在がいた方が、無用なトラブルも避けられそう。こじれて弁護士を呼べ、なんて事態にならないで済むだろう。

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