私がいるのに!
「その結婚、ちょっとお待ちなさい!」
会場のドアが勢いよく開かれ全員がそちらを向くと、赤いドレスを着た小柄で可愛らしい女性が立っていました。
アース王子は女性を見て顔を引きつらせます。
「しゃ、シャロン! なんでこんな所に……」
シャロンと呼ばれた女性は、怒りを露わにしながら大股でアース王子とエリスの所に歩いていきます。
「あなたが舞踏会をするっていうから楽しみにしていたのに、なぜ私を呼ばないの!」
「それはエリスを皆に紹介するためだからさ」
「そうよ、その女は誰? 私という婚約者がいながら他の女を妻にするつもり?!」
「おい、アース王子よ。これは一体どういうことだ?」
エリスも眉間にしわを寄せます。
「エリス違うんだ! シャロンとはもう終わっているんだよ」
アース王子は目を泳がせながら、エリスをなだめようとしました。
しかし、この発言でシャロンの怒りはさらに増しました。
「終わった?! そんな話、初めて聞いたわよ!」
「だって君はわがままで、僕の言うことを全然聞いてくれないじゃないか! もううんざりなんだよ」
「なんですってー!」
「君との婚約は今日限りで破棄だ。もう僕に関わらないでくれ!」
「そんな勝手が許されると思っているの! 私は破棄なんてさせないから!」
アース王子とシャロンの言い合いは止まりません。
見ていたエリスは蚊帳の外です。それがわかったエリスは唇を噛みしめます。
「まぁまぁ、兄上もシャロンもそこまでにしたらどうですか?」
リース王子は言いながら、ワインをグラスに注ぎます。そして見えないように小瓶の液体を入れました。
「このワインでもいかがです……」
リース王子が言い終わる前に、エリスが持ってきたワインが入ったグラスを両手に持ち、アース王子とシャロンの顔に思いっきりかけました。
「あぁっ! なんてことを……」
ミリスは思わず口を押えます。
かけられた2人は呆然としており、リース王子は青ざめます。
「エリス、何をするんだ! 少し口に入ってしまったじゃないか」
「そうよ! 私も飲んでしまったわ。しかもドレスにもかかってしまったし……」
2人はエリスに詰め寄りますが、エリスは冷ややかに見つめます。
「私はこんな茶番に付き合っている暇はないんだよ。それに、アース王子よ。私を婚約破棄のために利用したな」
「そ、それは……」
エリスに睨まれたアース王子は、目線をそらします。
「まぁいいさ。このワインには毒が入っているらしいから、私を利用した報いは受けてもらうよ」
「ひっ! 毒?!」
「な、なぜそのことを?!」
「私に隠せると思ったかい? バレバレなんだよ」
リース王子は驚き、シャロンは慌てて口を拭きますが、だんだんと意識がなくなり倒れてしまいました。
「シャロン、しっかりするんだ! うっ……」
すると、アース王子もシャロンに覆いかぶさるように倒れました。
「ふんっ。私を利用するなんて100年早いわ」
エリスはそう言うと、ほうきを出し、開いている窓から飛んでいきました。
貴族たちは今までの騒動を黙って見ていましたが、だんだんと状況を把握し騒ぎだします。
「おい、アース王子が倒れたぞ!」
「しかもあの女は魔女だったじゃないか!」
「きゃぁーっ! お2人に毒が盛られたわ!」
貴族たちが騒ぎ立てる中、リース王子はがっくりとその場に膝をつきます。
「あぁ、どうしよう……俺はただ、兄上に俺のことを見てもらいたかっただけなのに……」
「リース王子、安心して下さい。その2人はまだ死んではいません」
「え?」
リース王子の所に、一部始終を見ていたミリスが近づきます。
ミリスにすがるようにリース王子は問いかけました。
「死んでいないというのは本当か?」
「えぇ。毒と言っても数日仮死状態になるだけです」
「そ、そうなのか……」
リース王子はほっとしましたが、ミリスは冷ややかに見つめます。
「しかし、あなたはその毒をその女性とエリスに飲ませようとしましたね。その行為だけでも罪に値します」
「そ、それは兄上が女とばかりいるから少し困らせようとしただけだ!」
「それでも、あなたは私に毒を依頼した。それは事実です。罪は償って下さいね」
ミリスはそれだけ言うと、ほうきを出しエリスのように窓から飛んでいきました。
すると、騒ぎを聞きつけた衛兵が会場に入ってきました。
「アース王子が倒れているぞ! すぐに医者を呼べ!」
「リース王子様、一体何があったのですか?」
「……それは後で話すよ。それより、医者は呼ばなくていい。2人を部屋に連れていってくれ」
「し、しかし……」
「頼む……」
リース王子の必死の頼みに衛兵は渋々頷きます。
周りが騒ぐ中、リース王子は2人の魔女が出ていった窓を見つめていました。