最速で最短の一直線
深夜もそろそろという時刻。
傾き始めた月に追い立てられるように、馬に鞭を入れた。
『魔領』
ウン百年と歴史のある王国の、いかなる列強貴族であっても決して手を出さない領域をそう呼ぶ。
王国内でも、人の立ち寄らない森や草原には魔物がいる。
しかし、『魔領』のそれは凄まじい。
常に生息数が千を下回る事はなく、ナワバリ意識が強く好戦的な性格も相まってちょっかいをかける事すら貴族は嫌がるぐらいだ。
「あーあ、もったいないですね。魔物の素材をスルーするのは」
矢で怪鳥を仕留めたリリアンが、残念そうに愚痴る。
『魔領』の魔物は、高品質な素材となる為、しかるべき商会に持ち込めばそれなりの値段になる。
各地を外遊や留学をしていた私に同行していたリリアンも目利きの商人に劣らない鑑定能力を有しているのだ。
「デカいのが来るよ、気をつけて」
馬上で槍を構える。
恐竜とミミズを足して割ったような、名前すら誰もつけてない魔物が、大口を開けてこちらを狙っていた。道中にある草木や岩すら丸ごと飲み込み、喉の奥にある歯ですり潰すようにして捕食するタイプだ。
リリアンが仕留めた怪鳥を食い、それでも動きを止めない。
「『我が魔法は、大地を揺るがし敵を穿つ槍を創り上げる』」
呪文を紡げば、魔力で象られた古代に使われていたという魔法文字が宙に浮かぶ。
「『穂先は三日月のように鋭く、風よりも素早い。理を知らぬ魔性よ、我が言葉を耳にして、我が意に従え。汝はこれより、我が傀儡となるッ!』」
魔法文字が槍に染み込んだのを確認して、魔物に向かって投げ付ける。
それを見て、リリアンはボソッと呟いた。
「うわ、えげつな」
槍が突き刺さった魔物は、ビクリと痙攣したがすぐに行動を停止する。
殺してはいない。いくら魔法を習得した私でも、これだけ大きな魔物を瞬殺するのは無理だ。
「馬がそろそろ限界だ。アレに乗って進もう」
何時間も走り通した馬は、泡こそ吹いていないが、そろそろ倒れてもおかしくない程に疲労している。
ここまで頑張ってくれたから、少し休ませてやりたい。
私の提案にリリアンは整った顔をしかめた。
「……乗り心地が悪そうですが、大丈夫ですか」
「『大地よ、隆起して我が足場となれ』」
「なんでも魔法でどうにかすればいいという精神、どうかと思います」
リリアンには魔法の才能がないらしい。
その代わり、フィジカルで全てをどうにかする精神はどうかと思うよ。
「ところで、こいつに名前でも付けてやるかな」
「ぼこぼこ丸とかどうでしょう」
「今日からお前はグラトニーだ」
リリアンの発言は無視する。
ぼこぼこ丸ってなんだ。どこをどう見て名付けたんだ。和風が似合う姿じゃないでしょ。
「出ました〜、お貴族様っぽい意味深な名付け〜」
「茶化してないで、さっさと移動するよ」
即席で作った足場の上に馬たちを乗せる。
私が従えたグラトニーは、ゆっくりと動き始めた。
「おお、意外と早くて振動も少ない」
吹き抜ける風を浴びながら、魔法で精製した水を馬に与えて休ませる。
少し怯えてはいるが、私と共に各地を外遊しただけあって、落ち着きを取り戻すのは早かった。
「見えてきたな、敵領地クインベルが」
月明かりに照らされた城塞都市の外壁は、侵入者を拒むように堅く閉ざされている。
『魔領』は、魔物が最大の障害となる。
だが、敵対貴族の領地は、人が作り出す情報網が厄介だ。魔物のように殺すわけにはいかないし、かといってやり過ごすのも難しい。
……グラトニーを陽動に、ひっそりと抜ける方法もあるが。
それよりも、見覚えのないものが視界に入る。
「む、あんなところに崖が」
「おや、本当ですね。我々の地図には、あのような崖は記されていませんが、どういう事でしょうか」
領土の詳細な地図は、領主か国王しか所有できない。
敵対貴族が攻め入る策を講じさせない為だったり、難民や犯罪者が流れ込まないようにする為だ。特に都や城の詳細な地図は、それなりの身分がなければ閲覧することもできない。
それでも、崖や山といった大まかな地形は多少なりとも知ることができる。
私が知る限り、領地との境目に崖があった記録はないはず。
いや、前世の記憶によれば……
「『大暴走』か」
「スタンピート? なんですか、それは」
「『魔領』の魔物が、いきなり暴れ回る現象だ」
『ヴァルトリア王国記』では、王国内に起こる数々の異変がイベントとして発生する。
魔物の大暴走による地形の変動、街の変化、そして防衛戦や支援など、訪れる場所や順序によってたくさんの物語が生まれるのだ。(なお、バグも多い)
「王国暦203年の夏至から、それほど時間は経っていないみたいだね」
怪訝な顔を向けるリリアンを無視して、私は考え込む。
たしか、クインベルの地形を変えた魔物は、スタルドラゴン……骨の竜だ。
建国神話で悪役を務めていた邪悪な魔物の亡骸が、時を重ねて復活するが主人公のダイムが討伐する。それが後押しになって、次期国王に推す声が高まるんだったっけ。
「ハルパお嬢様、なにやら骨の竜がこちらに向かってますが」
「……やっべ、どうしよ」
「どうするもこうするも、あちらは逃すつもりはないようです。腹を括って討伐するしかないようですが、如何いたしますか」
「ええい、ままよ! リリアン、矢で眼球を狙え! 骨の竜────スタルドラゴンの弱点は、獲物を狙う捕食者の眼球だ! それさえ破壊すれば、奴は死ぬ!」
リリアンは無言で弓矢を構えた。
惚れ惚れするほどに素早い手付きで、何発も矢を放つ。
私は急旋回で逃げようとするスタルドラゴンに向けて掌を翳し、呪文を詠唱した。
「『我が魔法は大気を自在に操る。風は我が指、香りは我が吐息となりて、魔性を戒める楔となる』ッ!」
魔法で援護射撃をしつつ、グラトニーを操作してスタルドラゴンから距離を取る。
リリアンの言う通り、こちらを完全にロックオンしていて、逃すつもりは微塵もないらしい。
魔法で撹乱している間に振り切ってもいいが……
「市街地が、近いなっ!」
ここで獲物を逃した暴走状態の魔物が、市街地を前に大人しく撤退するとは思えない。
十中八九、襲撃するだろう。
秘密裏とはいえ、その近くを敵対するフェアトレードの者が通りがかったと発覚すれば、ややこしい事になること間違いなし!
「命中しました」
リリアンが淡々と報告する。
破壊には至っていないようだが、それなりのダメージを与えることに成功した。
クルクルと回りながら地に墜落したスタルドラゴンに迫る一匹の魔物────グラトニーである。
ばりばり、ごりごり、むしゃむしゃ、ごっくん。
なんとも呆気なく、スタルドラゴンを処理してしまった。
骨ごと噛み砕けば簡単に倒せる。魔物同士の相打ちで倒すこともできるし、実際にゲームでやった戦法だが、こうも上手くいくとは思わなかった。
「ハルパお嬢様、スタルドラゴンってお伽話の」
「出発進行!!」
強引に話を遮り、進路を屋敷に向ける。
なにやら騒がしさを増しつつあるクインベルと、ドン引きするメイドに説明するのが面倒になったので丸ごと無視だ。
こっちは破滅を回避するので忙しいんだ。
タイムリミットまで、あと半日もないんだよっ!