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物語の登場人物に転生だなんて、ファンタジーじゃないんですから

 秋の夕暮れが迫る部屋にノックの音が転がる。


「ハルパお嬢様、失礼致します」


「入って良いわよ、リリアン」


「良いニュースと悪いニュースがあるのですが、どちらからお聞きになりますか」


 エルフ特有の長い耳をひくつかせながら、メイドのリリアンは満面の笑みを浮かべていた。

 従者にあるまじきフランクさだが、彼女の方が私より一回りも歳が上なのも事実。年齢が上の相手に敬われる方が落ち着かないので、この振る舞いも甘んじて受け入れている。

 最低限の敬語を使っているので、目くじらを立てるほどでもないというのが、リリアンのタチの悪さを証明している。


「良いニュースの方から聞こうかな」


 手元には、商会の資料がこれでもかと山のように積まれている。

 残念ながらこの世界はアナログに頼り切っている為、膨大な資料に経営者は整理整頓のことで頭を悩ませるのが常だ。


 目を覚ます為、私はカフェオレを飲む。

 ブラックコーヒーは苦過ぎて飲めないからだ。

 いつもリリアンは私を小馬鹿にしながら、大量のミルクと砂糖を入れたカフェオレを作って私に飲ませ、自分はブラックコーヒーを飲むのだ。


「畏まりました。では、良いニュースからお伝えしますね。愚弟のグリンデルからの報告によりますと、暗君と名高いフェアトレード辺境伯が崩御しました。これでハルパお嬢様は出稼ぎをしなくて済みますね」


「ぶっ!!」


 私は盛大にカフェオレを吹いた。

 激しく咳き込む私の口元を、リリアンは乱暴に拭う。


「下品ですよ、ハルパお嬢様」

「だ、誰の、せいだと……!」


 リリアンに怒りの矛先を向けかけたが、慌てて逸れた話を元の線路に戻す。


「それよりも、辺境伯が死んだというのは?」


「辺境伯夫人が飲み物に毒を混ぜて心中を計った模様です。今、屋敷は凄まじい事になっているようです」


「そりゃそうよ。貴族といえば謀略、陰謀、色んな思惑が渦巻いているもの。辺境伯夫人の暴走を悪意のある解釈をして、国王に囁いて陥れようとする連中もいるでしょう」


「人の世のなんと浅ましく愚かで醜悪なこと」


「屋敷にいるフェアトレード一族を排除。留学中であるが故に罪に問われなかったハルパは王国への復讐を誓い、領地に眠っているという伝説の血の宝珠を探すのだった……って、これ前世で遊んでいたゲームの内容そのまんまじゃないか!!」


 シン、と静まり返る。

 頭に虫でも湧いたのかと言わんばかりの表情で私を見つめるリリアンと、血の気が失せた私。

 興奮して身を乗り出していた事に気がついて、椅子に座り直す。


「リリアン、荷物を纏めて。九時までには出発する」


「お言葉ですが、ハルパお嬢様。仮にディジタルを出発しても、屋敷のあるフェアトレード領に辿り着くまで三日はかかります」


 壁にかけられた地図を眺める。

 フェアトレード辺境伯が治める領地とその周辺の概略図だ。

 いくつもの戦地を奪い取って領地を拡大したので、形は歪で四方を敵に囲まれている。


「それは、安全なルートを辿ればの話でしょ」


「ハルパお嬢様、まさか……!」


「敵対貴族の領地『クインベル』と、魔物が蔓延る『魔領』を最短の距離で駆け抜ければ明日の昼には辿り着く。辺境伯の死が発覚するお茶会に間に合うはずよ」


 タイムリミットは明日の昼。

 生前に辺境伯夫人が開催するお茶会で、死を隠蔽できずに発覚してしまい、隠蔽を咎められて問題となる。


「うふ、うふふふ、流石は私たちが見込んだお方ですわ。発想が狂人のそれ。見ていて本当に飽きませんわ」


 驚きに目を見開いていたリリアンが、小悪魔のように微笑む。今でこそ落ち着いたが、昔はよく虫を使って悪戯をされたものだ。


「ドレスや宝石の類は如何します?」


「ドレッサンに手切れ金代わりに渡して処分させて。この手紙が彼の無実を証明するわ」


 フェアトレードの一族であることを証明する家紋の押印付きの手紙は、王国内であれば行政書類として効力を持つ。

 貴族の押印を偽造したり、身分のない者が許可なく扱えば死刑は免れない。


 息子のいるドレッサンに、危険な旅路を同行させるつもりはない。

 退職金には足りないが、せめてもの餞別として受け取ってもらおう。


 間に合うかどうかはわからない。

 間に合ったとして、私の即席の策が通用するかも不明。


「リリアン、あなたが逃げても私は────」


 私の言葉をリリアンは人差し指で封じた。


「我が主君は、ハルパだけ。我ら姉弟の忠誠はあなただけのものです。私たちは、あなたよりも先に死にます」


 絶対に譲らないという意思の強さが、エメラルドの瞳には宿っていた。


「……はあ、君たちは本当に」


 リリアンとグリンデルに出会った時を思い出す。

 前世の記憶がある私にとって、生まれて初めて見るストリートチルドレンは衝撃的で、つい手を差し伸べてしまった。

 実際は、彼らの方が圧倒的に年上で、なんなら流離の旅をしているだけだったと知ったのはかなり後で、その間は騙されていたのも今では苦い思い出だ。

 ────そういや、この二人は原作にいなかったな。

 まあ、味方や仲間が多くて困る事はない。


「ありがとう、リリアン。さあ、早く支度を済ませよう」


 ひとまず、迫りつつある破滅フラグをどうにかしよう。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 『ヴァルトリア王国記』とは、不遇の第三王子が妹の支えと周囲の協力を得て衰退する国を建て直すゲームだ。

 王家から追放された主人公ダイムが、妹のエルサと共に王国を旅し、民の悩み事を解決していくストーリー。


 王国の衰退を招くのが、ハルパ・フェアトレード。

 一族の無念と、没落した家名を再興する為に吸血鬼たちと取引し、無辜の民を生贄にして永遠の命を手に入れようとする。

 ダイム王子とエルサ姫を寸前まで追い詰めるが、地下深くの神殿に封印されてしまうのだ。


 黒幕とラスボスを兼ねる存在だが、王国に渦巻く貴族政治によって辛酸を舐めさせられた被害者でもあるという一面と、気に入った部下には家名入りの礼装を贈るといった溺愛振りから人気投票で上位には食い込んでいた。

 悪魔の色と呼ばれる銀髪と虹色の目で迫害を受けたというエピソードは、『そりゃ王国を滅ぼしたくなるよね』と同情を誘ったがラスボスなので無慈悲に倒した。


 ここまでが、私の知るゲームでの設定だ。


 前世の記憶を思い出したのは、ぶっちゃけ五歳ぐらいの時。

 これが流行りの異世界転生かあ。魔法を使ったみたいな〜ぐらいの緩い感覚で過ごしていたので、まるで気が付かなかった。

 だって、魔法学ぶの楽しいし、前世の道具を再現するのも楽しかったからギスギスした家の事にあんまり首を突っ込む気になれなかったし……。






 ガラス張りの商店街を、馬に乗って駆け抜ける。

 深くフードを被っているので、銀髪は辛うじて隠れているが、悪魔の色と呼ばれた虹色の瞳は見えるだろう。

 ほとんどの施設を顔パスで入れるのも、この特徴が誰にも真似できないからだ。

 エルフの従者を連れているとなれば、社交界に明るい商人や職人ならば私の正体に気がつくかもしれない。


 翻って言えば、貴族の騒動に距離を置きたい者は、近寄ろうとはしないのだ。


 新月の晩に、人気のない道を進む。

 門を見張る兵士たちは、私たちの顔を見るとすぐに顔を逸らした。

 日頃の賄賂が効いたらしい。


「新月の晩は、魔物の活動が活発になります。どうか油断はなさらぬよう!」


 狩人の服に着替えたリリアンが馬を並走させながら忠告を飛ばす。

 大振りの弓を背負う姿は、森の番人と恐れられるエルフに相応しい外観をしていた。


「リリアンこそ遅れるな。最短で森を抜けるぞ」


 腰に差した剣と背中に背負う槍。

 商会やら魔法を学ぶ為に各地を巡回していた経験が活かせるといいが、果たしてどうなるやら。

 まもなく、『魔領』だ。

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