「敵の攻撃を喰らった時の悲鳴もエロ可愛かったですよ!」
「アリシアさん、先制攻撃です! 速攻で決めましょう!」
僕はお金がないため武器がなにもない。なので、陰からアドバイスを送る事しかできなかった。
「やああああっ!」
アリシアが駆け出して小太刀を振り下ろす。しかし彼女に気が付いたトロールはすぐにこん棒で攻撃を防御した。
こん棒と言ってもただ太い木の枝だ。切断できるかと思ったけど、それは少し傷がつくだけだった。どこかアリシアの攻撃には力が乗っていないように思える。
「ブガアアアア!!」
トロールが反撃を試みてこん棒を振り回す。アリシアはそのすばやさで回避するも、勢いのあるスイングで彼女の髪も服も突風に吹かれたようにバサバサとなびいていた。
「くっ……近寄れない……」
トロールの闇雲な攻撃に近づくことができずにいる。しかし彼女のスペックを考えれば渡り合えるはずだ。なんといっても彼女には特有の速さと、オオスズメを打ち落とすだけの跳躍力があるのだから。
「アリシアさん、相手の動きは遅いです。スキルを使って攻撃してください!」
「わ、わかったわ。『韋駄天!!』」
それでも彼女の動きはすこぶる悪い。そのスピードを活かせず、トロールの振るうこん棒から発する風圧に気圧されているようだった。
むしろトロールの方が動きが良くなっていき、適格に自分の間合いでこん棒を振るってくる。僕のアドバイスも届いているのか分からないほどこちらに反応を示さなくなり、ついにアリシアが無謀にも思える特攻を仕掛けた!
そのタイミングでトロールもこん棒を振るい、まさに最悪のタイミングでトロールの一撃がヒットしてしまった!
「きゃあ!」
甲高い悲鳴が響き、引き飛ばされたアリシアは一度綺麗に着地を決めたものの、その場にヘナヘナと崩れ落ちた。
「アリシアさん大丈夫ですか!?」
僕は飛び出して彼女を抱き起す。
「ご、ごめんねマスター。私、もうダメみたい……」
「そんな事ありません。早く立ってください!!」
「うぅ……マスターだけでも逃げて……」
なんだかすでに諦めモードに入っている彼女に、僕はステータス画面を突き付けた。
「いやいや感傷に浸っているところ悪いんですが、アリシアさんHP全然減ってませんからね!」
「へっ!?」
ステータスのHPバーは数字は記載されていないものの、たった四分の一程度しか減っていない。
「ほら、見えなくしているだけで鎧も装備してますから。アリシアさん大げさですよ」
カアァァっと彼女の顔が赤くなっていく。どうやら本気でやられたと思い込んだようだ。
「ついでに言うと、敵の攻撃を喰らった時の悲鳴もエロ可愛かったですよ!」
「いやあぁぁ~~恥ずかしいぃぃ~~!!」
しまった。緊張をほぐそうとした冗談が、逆に悶絶させてしまった!
「グオオオオオオン!」
そんなやり取りをしている間に、トロールがノッシノッシと迫ってきてこん棒を振り上げていた。
「のああああ退却ぅぅぅ~~!!」
アリシアを抱えて全力で走り出す! その僕のすぐ背後では振り下ろされたこん棒で地面が抉られるような音が響いていた。
僕はすぐに林に身を隠し、彼女を下ろした。
「やっぱり、私なんかじゃ適わなかった……」
「いや、でもHPだってかなり残っているじゃないですか。諦めるには早すぎません?」
「戦力差が1万もあるんだもの。勝てる訳ないわ……」
アリシアは俯いたまま立とうとしない。完全に気持ちで負けている状態だ。
僕が最初にマニュアルを見た時、このゲーム……というか戦いは自分の苦手な部類かもしれないと思った。それはこれが完全なゲームなんかではなく、ガチャ娘が生きていて士気に影響されるものだと思ったからだ。
敵の戦力が表示され、自分の戦力も見えていて、士気が高い低いで動きが変わる。それは言うなら戦争のようで、戦いの前に部隊の士気を上げる必要があるのだ。
けれど僕はそういうのが苦手であり、軍隊の教官なんて真似は出来ない……
「ねぇマスター、いったん戻らない? なんならもっと弱い敵がいる街を探してさ……」
けど、このままじゃダメだ。このままだとアリシアに逃げ癖が付いてしまう。自分よりも戦力の高い敵に対してトラウマが生まれるかもしれない。……なら、それを僕が払拭しないといけないんだ!
もう苦手だとかそんな事は言っていられない。教官というキャラはよくわからない。けど、散々ゲームで見てきた勇者というキャラなら演じられるかもしれない。なら、それでアリシアの士気を上げるしかないんだ!!
「わかった。もっと弱い敵を探してもいい」
「そ、そうよね? それがいいわ!」
「だがその前に、もう一度だけキミの実力を見せてくれないか?」
僕の言葉にアリシアが絶句する。
今の僕は勇者であり、みんなを導くキャラクター。声を低くしろ。覇気を出せ。自分の出来る限りのイケボで訴えろ!
「アリシア! 君はまだ全然本気を出していない。違うか!?」
「ふえ!?」
「確かに敵の戦力が高いのは事実だ。本当にキミが勝てないと判断したら撤退はする。けれどキミは実力の半分も出していないじゃないか! 得意のスピードはどうした? あの跳躍力はどこへ行った? 俺が判断する限りでは敵との相性はかなり良い。だけどキミは気持ちで負けてしまっているんだよ!」
僕の豹変っぷりにアリシアがアワアワしている。けれどこうでもして火をつけるしかない。彼女の心を燃やして滾らせるしかないんだ!
「俺は言ったはずだ。キミをエースにすると。そしてキミも言ったはずだ。そんな俺に付いていくと! あの言葉は嘘だったのか?」
「そ、それは……」
「SRにバカにされて悔しかったんじゃないのか!? 本気で強くなりたかったんじゃないのか!? ならせてやるよこの俺が! 誰よりも強く育成してやる! けどな、それにはまずキミの全力を見ない事には始まらないんだ!」
アリシアの表情が険しくなっていく。息を呑む音が聞こえる。歯を食いしばって、手を固く握りしめている。
「俺を信じろ! 逃げる指示は必ず出す。決して無茶な戦いはさせたりしない。キミが動けなくなる前にそう決断すると約束しよう。だからどうか、あんなザコに怯えずに、お前の全身全霊をぶつけてくれ、アリシア!!」
これで彼女がどう変わったのかわからない。結局戦うのは自分じゃないかと呆れられるかもしれない。それでもどうか、戦うための心構えが生まれてくれますようにと祈るだけだ。
「……わかったわ。私、もう一度戦ってみる」
そう言って、アリシアが立ち上がった。
顔つきも変わったように思える。
「簡単に言うと、撤退するかどうかの判断はマスターがやってくれるから、私は目の前の敵に集中すればいいって事よね」
「ま、まぁ、そうですね」
アリシアが一歩、トロールの方へと歩みだす。
「口調、戻っちゃったわね。さっきのマスター、ちょっとカッコよかったわよ」
それだけ言うと、アリシアはトロールの方へと駆け出していく。僕たちを探してキョロキョロとしていたトロールはそんなアリシアに気が付いてこん棒を構えた!
ブゥン! と風を薙ぐ音と同時にこん棒を横に払ってきた。しかしアリシアはそんな攻撃を跳び上がって回避し、空中で体を一回転させる。そのままトロールの体ごと通り越してその際に小太刀を振るった!
斬っ!
肩を切り裂き、綺麗に地面へと直地を決める。するとすかさずトロール方へと駆け出し背中にもう一撃、斬撃を与えた!
「グオオオオン!?」
ダメージを負ったトロールが闇雲にこん棒を振り回す。しかしもはや彼女の動きは卓越していた。こん棒の軌道を完全に見切り、身を低くして滑り込むように懐に入ると足を切りつけ横を通り越す。すぐに踵を返すとまた横腹にまた一撃!
トロールは彼女の動きに一切ついていく事ができず、往復する彼女からの斬撃を浴びせられていた。
「動きが見える!」
さらに彼女の動きは洗練されていく。ただ速いだけではなく、今まで試すことが出来なかった自分のスピードを確かめるように、その動きを徐々に加速させていく。しまいには修行相手と戦うように敵の攻撃を待ち、そこから回避と反撃を自分自身に覚え込ませるような動きさえ見せていた。
彼女は頭も冷静に働いていて、決して相手の攻撃を受け止めるような事はしない。自分と相手の力を理解して、攻撃を回避する事に徹底している。
避けて、その隙を付いて反撃し、相手がバランスを崩したらまた斬撃。
戦力が上がった事にはしゃいだり、相手の強さに怖気づいたアリシアはそこにはいない。自分の戦闘経験が乏しい事を補おうと、実践の中で何かを掴もうとしている彼女がそこにはいた。
「これで……お終い!」
刀の煌めきが一閃を描き、ついにトロールが地面に倒れて動かなくなる。その傍らでアリシアは息を切らせながら刀を納刀していた。
油断することなく、もうトロールが起き上がらないのを確認してから彼女は僕の方へと駆け出した。そして、そのままの勢いで抱きついてきた。
「勝った! 私勝てたわよマスター!!」
「むぐぐ、すごかったですよアリシアさん。スキル無しで圧倒してたじゃないですか」
抱き着きながらピョンピョンと飛び跳ねる彼女に困惑しながら、とりあえず褒めてあげる。
「マスターのおかげだわ。本当にありがとう!」
興奮が冷めない様子ではしゃぐ彼女をあやしながら、僕は感じていた。ああ、女の子ってこんなに柔らかくていい匂いがするんだなぁ、と……
ピピピピピ……
推定戦力:6万9900 → 7万2250