「ピギーーーーー!!」
「アリシアさん、一旦猿の討伐は止めて厳戒態勢でお願いします!」
その呼びかけにアリシアはすぐ僕の隣に陣取ってくれた。そしてついに、目の前の草むらからその正体が姿を現す。
そいつは丸い物体だった。丸くて、艶があって、透明で、液体の塊が動いているような生物だ。
「なんだコイツ。生き物なのか?」
ルミルが不思議そうにのぞき込む。僕もそいつを見て最初は何か分からなかった。けれど、ゲームやマンガが好きな僕の脳がそいつを正体を次第に解明していく。
こいつ……スライムだ……
「……どっちですか……?」
「え? マスター、なに?」
今の僕は、安心感と絶望感が入り交じったような気持ちでいる。なぜならそれは――
「この世界でスライムって、最弱か最強どっちなんですか!?」
そう、僕が住んでいた日本において、スライムという魔物は極端だ。
昔、とあるゲームが爆発的な人気となり、そのゲームの最弱魔物がスライムだったことから、今でもスライムは最弱という認識が強い。
しかし昨今、その認識を逆手に取る作品は増えつつある。
最弱だと思われていたスライムを育てたら最強になったとか、そもそもスライムが主人公で圧倒的な強さに進化するとか、そういうゲーム、小説、アニメは増えているのだ。
今や僕達がスライムという魔物を聞いた時、最弱か最強かを決めるのは難しいだろう。それほど登場する作品によって強さがガラリ変わる存在といえた。
「えっと……私は分からないわ。聞いたこともないもの」
アリシアの答えにみんなが頷く。
そうだよな。みんな低レアという理由でこの世界を旅した事なんてないもんな。
それに、この状況を考えても答えはもう決まっている!
「このスライム相当強いですよ! 全員、全力で討伐をお願いします! 強さによっては撤退もありえますので!!」
そう言った時だった。一匹の猿がスライムの前に何かを投げる。ゴロリと転がったそれは、同じ仲間の猿の死体だった……
「ひっ……」
クナが小さく悲鳴をあげる。僕も何をしたいのかまるで分からなかったが……
バクンッ!!
スライムの体が変形して、大きな口のように表面を開けると、そのまま死体の頭にかぶりついた!
頭だけをスライムの体内に取り込まれた猿は、次第に解けて胴体と切り離される。スライムの体内へ完全に取り込まれた猿の頭も、毛並みが溶け、皮膚が溶け、目玉がボロリと零れ落ちるように取れてそれも溶ける。
最後には骨となたった頭蓋骨さえも溶けていった……
「うぅ……」
クナが目を背ける。そうしたい気持ちは分かるけど、今のは一体何をした!? 食事を与えたのか? このタイミングで!?
いや違う。これは……取り込んだ!?
「ピギーーーーー!!」
突然スライムが奇声をあげる。直後、その体がグネグネとうごめいたと思った矢先、元の丸い姿とは似ても似つかない形へ変貌していた。
「キシャーー!!」
それは黒い体の爬虫類へとなっていた。しかもその魔物には覚えがある……
「ポイズンリッカーに姿を変えた!?」
そう、それは僕とクナが地下迷宮で襲われた毒を持つ魔物だ。なぜかスライムがその魔物へと変化していた。
いや、スライムだからこそ姿を変えられる。そういう認識で間違いないだろう。この世界のスライムは恐らく、自分が取り込んだ魔物の遺伝子を再現し、自分の体をその通りに変える事ができるんじゃないだろうか。
こんなデタラメな能力はゲームやマンガだけかと思ってたのに……
そんな事を考えているとポイズンリッカーの口が膨らみ、こちらに狙いを定めて来た!
「毒液を飛ばしてきます! クナさん盾を!」
「はい! サードシールド!」
盾が出現したと同時に、魔物が毒液を飛ばしてくる。知識があったので対応する事ができたのは幸いだった。
「この魔物は一度毒液を吐くとチャージするまで時間がかかります。倒すなら今ですよ!」
「了解! 韋駄天!」
すかさずアリシアがポイズンリッカーに飛び掛かる。しかしバッタのような瞬発力のある跳躍で、アリシアの攻撃は当たらない。
しかも木や岩に張り付く事ができるので、周りの物すべてを足場にできるのも厄介だ。
さらには……
「プェ!」
また毒液を飛ばしてくる。吐き出すモーションがあるのでアリシアもギリギリで避ける事に成功していた。
「毒はしばらく撃てないんじゃなかったの!?」
そう、僕が会ったポイズンリッカーは短いスパンで毒液は吐けなかった。だからこれはスライム特有の能力なんじゃないだろうか。
「みんな聞いてください。このスライムは多分、喰った魔物と同じ能力を得るどころか、必要に応じて強化もできる可能性があります! さっき猿の頭を食べてましたよね。それは今日戦ったアリシアさんとルミルさんの技や戦い方を学んだ猿でしょう。それを喰ったスライムもまた、同じように学習したと考えられます!」
クナの出現させた三つ目の盾に隠れながら、顔だけ出して呼びかけた。
ちなみに僕とクナが乗っていた一つ目と二つ目の盾はすでに消えてリキャストタイム待ちである。
「だ、旦那様、という事はもしかして、ここのお猿さんとスライムが助け合ってるのって……」
「はい。猿は人間から戦い方を学び、仮に人間にやられたとしてもその死体をスライムに喰わせて情報を取り込ませるんです。昨日アリシアさんが致命傷を与えた猿を覚えていますか? 死ぬ直前に斜面を転がって下へ落ちていきましたよね。人間に捕まると食料として解体されたりするので、できる限り死体を人間に渡さずにスライムへ捧げようとしていたんです。そうやって猿はスライムに戦闘データを取り込ませ、スライムは自分を強化してくれる猿を守る。そういう共存関係を成り立たせる事で弱肉強食のトップを目指していたんですよ」
正直、このスライムがどこまで魔物を喰っているか分からない。でも現状の猿を見る限り、この森で一番力を持っているんじゃないだろうか……
できるだけ早く討伐しないと、この先さらに強くなってしまう……
「うぅ……あたしに接近してこないと思ったら、すでに魔攻術を見せてるから警戒されてるのか。まいったなこりゃ……」
そう、ルミルに物理攻撃を仕掛けようとすると、相打ち覚悟で攻撃されることを学んでいる。だから決してルミルには近寄ってこない。
「……なら、私がそれをやればいけるんじゃないかしら? ちょっとやってみるわね!」
アリシアが閃いたようにそう提案する。そしてポイズンリッカーとの応戦で、わざとバランスを崩してその場にへたり込む演技を始めた。
「キシャー!」
そんなアリシアを見て、ポイズンリッカーは木の上から真っすぐに、アリシアに向かって飛び込んで来た!
「引っかかったわね! 断斬!!」
爪と牙をむき出しにして襲い掛かるポイズンリッカーに対して、アリシアは正面から刀を振り下ろす。このまま突っ込んでくれば、間違いなく魔物は両断されるだろう。
だが――
「プェ!!」
アリシアに飛び掛かってきたポイズンリッカーが途中で毒液を吐き出した!
「くっ!?」
アリシアは攻撃をキャンセルして必死に横へ飛び退くも、毒液が掠って服の一部が損傷する。なんとか大きなダメージには繋がらなかったが、今の作戦は完全に失敗に終わった。
これはルミルが捨て身の攻撃を使うという情報を取り込んでいるから、アリシア相手でもそれを気にしたって事なんだろうか? だとしたらかなり厄介な相手だ。とにかく警戒されているせいで一度使った戦術がまるで通じない……
「ぬわ~~ただの液体のくせにぃ~……」
スライムを知らないルミルが変な悔しがり方をする。
けどこれは本当にどうにかしないといずれ毒液にやられる……
「大丈夫よルミル、マスター。確かに今の作戦は失敗しちゃったけど、だったらまだ見せていない技で仕留めればいいだけだわ!」
すでに刀を構えたアリシアが、魔物から目を離さずにそう言った。
なんだか若干機嫌が悪いように見えなくもない。さすがのアリシアもここまでいいようにやられているのが面白くないらしい……
それにしてもまだ見せていない技か。もはや出し惜しみしている場合じゃないよな……
「分かりました。アリシアさんに任せます!」
「マスターの了解、いただいたわ!」
そうしてアリシアは再び走り出す。刀を振るうが、当然のようにポイズンリッカーは飛び跳ねて回避を行った。
「風迷路!」
突然の強風に森の落ち葉が荒れ狂う。木の上に飛び乗ろうとしていたポイズンリッカーは風に煽られ、着地するポイントを狂わされていた。
「飛び跳ねて移動する生き物にとって風は大敵よね!」
木に飛び移れなかったポイズンリッカーが地面へ落ちる。そこを狙うようにアリシアは全力で駆けだしていた。
残像が残るほどの速さでアリシアは魔物が落ちるポイントに迫る。その速さは無限刃の速さと変わらなかった。
「プェ!」
ポイズンリッカーが落下しながら毒液を吐く。しかしアリシアは止まらない。
姿勢を低く屈ませて、毒液の下を潜り抜けた!
「断っ斬!!」
――斬っ!!
地面に着地する事もできず、ポイズンリッカーはアリシアの刀によって上下に両断される。真っ二つとなったソイツは無造作に地面に転がって、やがて力なく止まった。
「やった~!! 流石アリシア!!」
ルミルとハイタッチをして喜ぶ二人だが、木の上からジッと観戦している猿たちは何も言わない。焦る事も、悔しがる事もなく、逃げる気なんてないようにジッとしていた……
おかしい。なんで猿はこんなにも動じてない? まだ終わってないのか!?
そう思った時だった。二つに両断されたポイズンリッカーの体がただの水となり、まるでお互いが磁石へ引かれるように集まっていく。
そうして一つになったソレは最初に見た丸いスライムだ。ウネウネと動いてまだ生きている……
「ピギーーーーー!!」
スライムの体が逆立った!
まるでハリネズミのように、全身が鋭い針のように刺々しく伸び、見る者を圧倒する。
それはスライムの怒りか、あるいは痛みや苦しみか、人間の僕には見当がつかない……
けれどその不気味な叫び声と荒々しい姿に、少なからず僕の体は萎縮してしまうのだった……




