「この事を早くご主人に伝えないと……」
* * *
「さて、猿の巣までどれくらい歩くのかね……あまり遠くなければいいんだけど」
現在あたしは、自分の存在を悟られない『不可視化』というスキルを使って猿のボスを尾行している。まだまだ日は高いが、そんな日の光を遮るような木々の深い森の奥へと進んでいた。
アリシアの与えた状態異常が具体的になんなのかはよく分からない。けれ、ボス猿はすでに回復したみたいでヒョイヒョイと先に進んでいた。
あたしはこういう獣道のような所を進むのには当然慣れていない。だから必死になって着いて行く。幸い、不可視化はいくら音を立てても相手には感知されないみたいだった。
「とはいえ、道なき道を突き進むのはもううんざりだなぁ……」
あたしの不可視はレベル10まで上がっている。これは相手に触れられたり、こちらから攻撃を仕掛けないと効果は切れないらしい。それさえ気を付ければ猿の巣を特定するのは難しくないはずだ。
……ただ、効果が持続している間は魔力が減っていくのが気になるんだよねぇ。いや、別に膨大な魔力を消費している訳じゃないから、魔力切れで不可視化が解ける事は無いと思う。なんだかんだで尾行のために使った事がないので、慣れていない感じが大きいのかもしれない。
「ギギ~!」
茂みをかき分け、視界が開けるとそこには広い空間が存在していた。
雑草も生えない硬い足場でできた広場のような場所。
水を飲むのに丁度良さそうな小川。
岩石が重なり合い、そこを登れば上までたどり着ける天然の階段。
石の剣の大量に作り、一か所にまとめて置いてある物置き場の一角。
そんな子供の秘密基地のような場所に、例の猿が大勢住みついていた。
……ついに見つけた。ここが猿の巣なんだ!
「キキ、キキィ~!」
ボス猿と、その取り巻きの猿が群れに合流して会話のようなコミュニケーションを始める。何やら身振り手振りで指示を出しているようだった。
「何してんだろ? ちょっと見て行こうかな?」
あたしはスキルの効果がある間、ボス猿の後ろにくっ付いて様子を伺う事にした。
ボス猿は岩石が折り重なった階段を飛び跳ねながら登っていき、てっぺんから下を見下ろしている。だからあたしも登っていき、ボスから少し離れたところで同じように猿の群れを見下ろした。
「なるほど。ボス猿は高い所でふんぞり返るって訳ね」
黄金色の毛が一際目立つボス猿は、高い所から何か指示を出している。そうすると下にいる猿の動きが変わった。
「……え? こいつら何やってんの……?」
下にいる下っ端の猿たちが、急にお互いに喧嘩でも始めたかのように争いだした。
例の石の剣を取り出して、振り回しながら仲間を攻撃し始める。
「……いや、違う。これ喧嘩じゃない。訓練だ!」
そう。さっき戦った猿たちは昨日戦った時よりも強かった。きっとこうやって毎日ボス猿の研修の元で訓練しているんだ。
「しかもこれ、さっきあたしたちと戦った時の戦術を真似してる!?」
そう。一匹の猿が石の剣を振り下ろす。するとその剣を鷲掴みにして、動きの止まった相手を殴るという行為を再現していた。
もちろん訓練らしく手心を加えている。それでも猿たちは何度も何度も繰り返し、剣を掴まれた時はすぐに手を放し、反撃に備えるという動作を体に覚えさせていた。
「ギギ~~!!」
あたしの横で指示を出してたボス猿が下へ降りていく。どうやら自ら訓練に参加して手本を見せようとしているらしい。
そんなボス猿が披露した訓練は、ボス一匹に対して五匹の猿が同時に襲い掛かるというものだった。
しかしアリシアの無限刃を捌いていたボスは、複数の猿の攻撃も華麗に受け流していた。
「……いや、ちょっと待って! これって……アリシアの無限刃を再現している!?」
そう。そうだ。間違いない! アリシアの無限刃は残像が残るほどのスピードで、まるで複数が各方面から同時に襲い掛かって来るような錯覚を受けるほどの速さだ。
だから猿たちも、五匹の猿がボス一匹に四方八方から攻めるという方法で再現しようとしているんだ。
五匹の猿は全員が攻撃のタイミングを少しずつずらす事で、連続で斬りかかるように工夫を凝らしている。それをボスが捌き切ると、『さぁやってみろ』と言わんばかりにその場を離れた。
後には同じように、無限刃を再現する動きを下っ端の猿が凌げるかという訓練をずっと繰り返していた。
「ご主人の予想は当たってたんだ。こいつら、あたしたちの戦いを見て自分達に取り入れながらここまで強くなってたんだ!」
そう、この世界で生物の頂点に君臨するため、魔物は日々最強を目指し進化を続ける。この猿はまず繁殖して、人間に戦いを挑む者とそれを遠くから観察する者と別れた。そうやって人間から戦い方を盗むという方針を徹底したんだ。
恐らく人間と戦う係は、この群れの中でも戦闘能力の低い猿だ。強い猿は戦い方を学びどんどん強くなり、弱い猿は種族のために死ぬ覚悟で戦いを挑んでいく。そうやって、戦術や技の一つでも見られれば種族のためになるのだから。
それに弱い猿が人間を襲い、返り討ちに合えば人間は大して警戒しない。ノビリン村の住人はかなりのんびりした性格なのも相まって、ここまでの成長を見逃してしまったんだ。
そうやって少しずつ知恵を付け、学び、考察しながら力を蓄えてきた。
少しずつ、少しずつ、少しずつ……
偶然武器を一本手に入れて、それを複製しようと石を削る事を学び、再現できる事は全部取り込んで来た。それが今の猿たちなんだ!
「この事を早くご主人に伝えないと……」
そう思ってあたしも下に降りてボスの近くを通過する。
……けど待って、このボス猿はかなり脅威的な強さを持っていた。あのアリシアと互角の戦いを繰り広げていた。なら、姿の見えないあたしがここで仕留めるのがいいんじゃないだろうか?
「……いや、今はそんな無理をする状況じゃないよね」
そう。あたしの役目はあくまでも巣の発見であり、ボスを倒す事じゃない。
ここでボスを倒すのは簡単だと思う。けどそうしたら不可視化は解除され、リキャストタイムのせいでもう周りの猿から隠れるのは不可能になる。
ここでボスを倒せないのは残念だけど、巣を発見した事が大きいんだ。あとはいくらでも攻めようがある!
そんな結論が出た時だった。
――ジ……ジジジ……
「ん? なんか体に違和感が……」
不可視化の状態となっているあたしの体にノイズが走り始めた。
……え? 何コレ? 不可視化の魔力が安定しない。まだ体内に魔力は多く残されているのに……
――ジジ……ジジ……ジジジジジ……
えぇ!? なんか不可視化が切れそうなんだけど!? うわ~ちょっと待って!? なんでなんで!? まさか、このスキルって、制限時間があるの!?
いや確かにさ、ずっと使いっぱなしなんてやった事なかっけど、普通魔力が切れるまでって思うじゃん!? 途中で切れるなんて思わないじゃん!? ってか自分のスキルを把握してないとかマヌケすぎてマジ笑えないんだけど!?
「と、とにかく早く逃げないと!」
あたしは焦りながらその場から駆け出した!
そうして駆け出してから……足を止めた。
今あたしは、ボス猿の近くにいる。今から逃げるには、広場を突っ切るしかない訳だけど、大量の猿が訓練をしているからぶつからないようにしなくちゃいけない。
どこの障害物競走よ! ぶっちゃけそんな事をして逃げ切れると思う? いや無理でしょ!
「……震魂!」
多分、もう逃げるのは無理だ。その前に不可視化が切れる。ならさ、やれる事はたった一つしかないと思うんだよね……
「爆壊!!」
あたしの目の前でふんぞり返っているボス猿をぶっ叩く! どうせ見つかるなら、もうこれしかないっしょ!!
ボス猿の横に立ったあたしは、煌々と輝くハンマーを天高く振り上げる。そうだ。あたしはあたしらしく、最後までこのバカみたいな攻撃力を振りかざそう!
あたしのご主人様が圧倒的な攻撃力を望んだように!
そんなあたしを魅力的だと言ってくれた事が、すごく嬉しかったこの気持ちを偽らないように!!
「うおおおおおお!! ぶっ潰れろおおおおお!!」
全身全霊、全力全開で振り下ろす!
この下手な隕石よりもヤバい攻撃をボス猿は全く気が付いていない。そんなハンマーが直撃して地面に叩きつけられると、地面がめり込み大穴ができあがっていく。
メリメリと窪みが広がっていく様子がやけにゆっくりと再生されていく。
あたしが叩いた所がめり込んだ分、その穴の周囲が隆起して盛り上がっていく。
そうしてこの広場で大爆発を起こしたかのように、とんでもない爆音と共にありとあらゆる物が空中に舞い上がり吹き飛んでいくのだった。




