「頭上でピョンピョンするなーー!!」
「ルミルさん、今、周囲に魔物の気配はありませんか?」
「ん? 特に感じないけど……」
「もう一度しっかりと集中してみてください。大事なことなんです!」
真剣にお願いをすると、ルミルも一歩前に出て意識を研ぎ澄ませる。
「マスター。急にどうしたの?」
「この猿が昨日よりも強くなっているのなら、それは一匹一匹の強さにムラがあるか、もしくは今の戦いを遠くから見ていて学習しているかのどちらかだと思うんです。もしもこの魔物が視力が高く、かなり遠くまで見えているのだとしたら、今もしっかりと観察されている可能性が高いはず!」
そう、もしかしたら群れで行動していて、今のように戦う係とそれを観察する係に分かれているのだとしたら……
そんな時だった。
「っ!? いた!! 向こうからジッとこっちを見ている魔物がいる!」
そうルミルが森の奥を指をさした。
「アリシアさん捕まえてください!」
「了解!!」
アリシアが一気に加速をすると、なんとルミルの指さした方向から猿の群れが一斉に逃げ惑うのが見えた。
「僕達も向かいましょう。ルミルさんは猿の数を減らしてください。クナさんは周囲からの奇襲に気を付けて!」
そうして僕達も走り出す。アリシアはすでに猿の群れに追いついて大暴れしていた。
余分な猿は切り捨てて逃げる猿を押さえつける。その場はもはや、猿のうめき声やら飛び散る血の跡やらで混沌となっていた。
「一匹捕まえたわよ。どうするの? 縛っておく?」
「ええ。この猿を使って巣のありかを探しましょう」
そう言って猿を縛ろうとした時だった。
「旦那様危ない!!」
突然クナが僕の体にタックルを仕掛けてきた。その勢いで僕は吹き飛ぶが、その瞬間に――
ズドオォォン!!
さっきまで僕が立っていた位置に、剣を振り下ろす大きな猿の姿があった。
アリシアも咄嗟の出来事で飛び退いでおり、捕まえていた猿はそそくさと逃げていく。
「ギシャーー!」
その猿は牙をむき出しにして僕達を威嚇する。その毛並みは今までの猿とは違い金色で、体格もアリシアと同じくらいの大きさがあった。
「これはこれは……ボス猿の登場ですね」
手に握られている剣は昨日使っていた人間用の武器だ。下っ端の猿には石の剣を持たせておいて、ボスはこの切れ味の良さそうな剣を使うようになったらしい。
「大物が釣れましたね。アリシアさん、ここは討伐を優先でお願いします。巣を見つけ出すのは今じゃなくてもいいですから」
「任せてちょうだい! スキル『韋駄天!』」
相手が相手だけに最初からトップギアで挑もうとするアリシア。果たして彼女のスピードがあのボスにどこまで通じるか……
「行くわよ。無限刃!!」
ギギギギギギギギギギン!!
アリシアの姿が朧気になると同時に、激しい金属音が鳴り響く。なんとボス猿はアリシアの音速に対応して動き回っていた。
決して止まらず、ステップを踏みながら後退しつつ太刀筋を捌く姿は見事と言わざるを得ないかった。
四方八方から狙われる攻撃を防ぐたびに甲高い音が鳴り続ける。まるでマシンガンを鉄筋に撃ち続けるような連打音がずっと響いていた。
――ズサァ……
「くっは~~……一発も当てられなかったわ……」
ようやく止まったアリシアが肩で息をしながらそう言った。
およそ十秒くらいだろうか。その時間は短いようできっと長い。
もしかしたらボスに打ち込んだ斬撃の数は百発を超えたかもしれないほどだった。
「ギギイ~!!」
今度はボスがアリシアに襲い掛かる。アリシアのようなスピードではないにしろ、その動きは奇抜で俊敏だ。周りの樹木を利用して立体的に動きながら襲い掛かっていた。
しばらくアリシアとボスとで攻防が続く。お互いに一歩も引かない状況が続いていた。
「さ、流石に強いですね……アリシア様は大丈夫でしょうか……」
クナも流石に心配している。するとルミルが前に出ながらこう言った。
「あたしも混ざってくるよ。別に一対一でやらなくちゃいけない場面じゃないし」
そうして戦いの場にゆっくりと踏み込んでいく。そんなルミルの体には魔力が張り巡らされていた。
「そうか。魔攻術で参戦するという訳ですね。ルミルさんに攻撃を仕掛ければ、その体に纏う魔力でダメージは抑えられ、しっかりと反撃を受けてしまう。かと言って無視していられるほど存在感は薄くない!」
ルミルは両者の間に割って入るように中央へ出る。自分に攻撃が向けば即座に反撃をするつもりだろう。
しかし、そんなルミルにボスは目もくれず華麗にスルーをしている。ルミルを避けるように軌道を逸らし、アリシアとの打ち合いを続けていた。
ルミルはそんなボスを捕まえようと手を伸ばす。するとボスは即座に飛び跳ね、木を伝って戦いの場を変えてしまった。
アリシアもそんなボスを追い、もはや空中戦とも呼べるような木の間を飛び交う激戦が繰り広げられていた。
「むぅ~~……こらー! あたしを無視するなぁ!!」
完全に仲間外れにされたルミルはピョンピョンしながら怒っている。けどそれはボスがしっかりと考えているからだ。
恐らくこの猿たちは戦いを見て学習している。そしてさっきの戦いもしっかりと見られていた。
つまり、ルミルに攻撃を仕掛けると武器ごと掴まれる事を知っているんだ。だからここはあえて相手にしない。そうする事が正解だと理解しているから。
「こんのぉ~……」
シカトされ続けたルミルがついにキレた!
ダッシュで大木に向かうと、全力でハンマーを振り抜く。するとその大木は一撃でへし折れ地面に倒れ込んだ。
「頭上でピョンピョンするなぁーー!!」
自分もピョンピョンしていた事はさておき、周囲の木々を根こそぎへし折るその姿は、なんかもう破壊神のようだ……
ただ、僕とクナの方向へ木が倒れてこないのは計算しての事だろうか?
「ギギィ!?」
するとついにボス猿がバランスを崩す。枝から地面に落下するも、まるで猫のように手足から着地を決めていた。
「うおおりゃああああ! ストーンブラストーー!!」
ストーンブラストというのはアレだ。以前、電光虫と戦った時にルミルが見つけた攻撃方法だ。
地面をハンマーで擦り、相手に勢いよく土やら砂利やらをぶっかけるというただの目くらまし。当然、必殺技でも何でもない……
「グギャア!」
それでも着地の瞬間を狙った石つぶては、見事ボスに命中する。すると目に砂が入ったのか、ボスは顔を押さえて苦しみだした。
「ナイスルミル! これで決めるわ! 無限刃!!」
これで今日三回目の無限刃。アリシアのスタミナが心配になる回数ではあるが、残像を残した彼女はボスを攻め立てる。
それでもボスは必死に足を止めないよう動き続け、アリシアの攻撃を捌いていた。
およそ二、三秒。疲労のせいか圧倒的に短くなった攻撃を終え、アリシアはブレーキを掛けて止まっていた。やはり大きく呼吸を乱し、その表情は疲弊しきっていた。
「ア、アリシア様が頑張ってくれたのに、全然ダメージを与えられませんでした。ど、ど、どうしましょう……」
うろたえるクナ。しかしアリシアはすでに刀を鞘に仕舞い込んでいた。
「大丈夫よ。多少攻撃は当たったわ」
大丈夫? どういう事だろうか? 確かにボスの体にはかすり傷のような跡はできたけど、だからといってそれが致命傷とは思えない。ボス猿を倒すには全然足りない気がするけど……
「ぎ……? ぎぎ……うぎーーー!?」
突然ボスがのたうち始めた。まるで気が狂ったかのように暴れている。
「こ、これは一体……?」
「マスター、私のスキル忘れてない? 『状態異常付与』を相手に与えたわ」
お? おお!? そう言えばそんなスキルも持ってたっけ!
確か、レアリティが三段階目になった時に覚えたスキルだ。正直すっかり忘れてた……
「って事は、今あの猿は何かしらの状態異常を受けているって事ですか?」
「そうよ。相手の傷から私の魔力を侵入させ、何かしらの影響を与えるスキルだからね。多分、混乱とか錯乱とか困惑とかになってるんじゃないかしら?」
いや、それ全部同じ意味なんですが……
だけどこれはチャンスだ!
「ルミルさん、ボスにトドメを刺してください! あの戦闘能力は危険です!」
「あいあいさー!」
ルミルがボスに向かってハンマーを構える。するとボスは危険を察知したのか、必死に森の奥へと逃げ始めた。
状態異常を患っているせいか、その足取りはおぼつかなくてたどたどしい。
これならルミルでも追いつける。そう考えた時だった。
「キキー!!」
「ウギー!!」
「キシャー!!」
ボスの行く手を遮るように、仲間の猿たちが通せんぼを始めた。
「くっ! ボス猿が仲間を助けて、そのボスが危なくなったら仲間が助けに入るんですか。魔物でなかったら感動しているところですよ……」
「私も追うわ!」
アリシアもボスに向かおうとするが、仲間の猿がアリシアに飛びつき、必死になって抑え込もうとしている。
今の疲労したアリシアには、そんな猿たちを振りほどく力も、避けながら追跡する足も残っていなかった。
ボス猿は遠く遠くへ必死に逃げ、その姿はどんどん小さくなっていく。
まずい、本格的に逃げられる!
「ルミルさん、スキルを使って追跡してください!」
「あ、そっか! スキル『不可視化!』」
一瞬でルミルの体が透けていき、仲間の僕でも見えにくくなる。そんな状態でルミルはただ一人、ボス猿を追いかけていくのだった。




