「なんでSRがいねぇのや? 初回引き直しで貰えるべ」
「マスター、次の街が見えて来たわよ」
もう日が暮れて周りが薄暗くなった頃、僕達はようやく新しい街に辿り着いた。
だだっ広い草原をひたすら北上すると草木が多い茂るようになっていき、西には森、東には山という境目のような道を進んでいた。
デイリークエストの魔物を討伐しつつ、クナのスキルを何度も使用するという中身の充実した旅も終わりを迎えるのだった。
「ふぅ~。流石に疲れましたけど、なんだか有意義な時間を過ごせた心地良さが勝っていますね」
そう。僕の体は疲労はあれど、決して音を上げるような苦痛は感じていない。それはきっと、この体が日本にいた頃の体ではないからだろう。
これまでも薄々感じてはいたんだ。日本にいた頃の僕は仕事を辞めてから一年以上は引きこもってゲームばかりしていた。もしそんな体のままなら、この歩き詰めの状況に耐えられる訳がないのだ。
新しい体よありがとう。体を動かす心地よさを感じられる事に感謝!
「なんだかマスターが笑いながら空を見上げて物思いにふけってるわね」
「だ、旦那様が爽やかに汗を拭う仕草が素敵です。見惚れてしまいます」
「ま、まぁ、泣き言を言いながら歩かれても困るからね。楽しんでいるのならこっちもやりがいがあるってもんよね!」
うちのガチャ娘たちが何か話しているけど気にしないでおこう。そう、僕は今、新たな人生に感動をしているのだから!
毎日ゲームばかりしていたあの頃じゃ、こんな清々しさは味わえなかった。
そう、あの睡眠もとらずに永遠とゲームをしていたあの頃……
ゲームのし過ぎで体を壊して死んでしまった僕の黒歴史……
そしてダーウィン賞を受賞したと女神様に弄られた思い出がよみがえる……
「うっうっうぅぅ……」
「マスターが両手で顔を覆って泣き始めたわ~!」
「さっきまであんなに爽やかでしたのに、一体何が~!?」
「情緒不安定すぎでしょ! 怖いわ!」
なんとでも言うがいいさ。僕は人間の最底辺なんだ……
「ほらマスター。早く街にはいりましょ」
「私が付いていますよ旦那様」
そんなこんな僕達は到着した街に入っていった。
「ようこそ、ノビリン村へ」
正確に言えばそこは村だったらしい。のんびりとした雰囲気の田舎村と言った感じだ。
柵の中で家畜を飼う民家。
藁を納屋へと運んでいく農夫。
家に帰るため細い道を駆け抜ける子供達。
いかにも年数が立っている木造の家屋。
そんなのどかさで溢れている村だった。
そんな村でも当然のように冒険者が闊歩していて、彼らが出入りする建物にはギルドの看板が掲げられている。僕達はとりあえずそこで今日のクエストの報酬を貰うのだった。
その後、僕達は村の中にあるお店で食事を取る。これであとは寝床だけなんだけど……
「どうするのマスター。今から育成素材の交換やる?」
「う~ん……今日はもう遅いですし、人もいなくなってきたので明日にしましょう」
「それじゃ、あの地下迷宮に帰って休も休も♪」
ルミルが魔石がはまっている腕輪を振り回しながらはしゃいでいる。
とりあえずこの腕輪をどこかに置きっぱなしにしなくてはいけないので、最初に見つけた時と同様に木に引っ掛ける事にした。
村人に見つかっても面倒なので、村を出て少し離れた林の枝に引っ掛ける。そうして最初に僕が地下迷宮へと戻っていった。
「うお!?」
地下迷宮へと転送された僕の目の前には、知らない男性が立っていた。
「へ!?」
そんな状況に僕も変な声が出てしまった。
僕は今、知らない男性と正面から顔を見合わせている状況にある……
そこへルミルも転送されてきた。
「……あれ? もしかして所有者が帰ってきちゃった……とか?」
ほらぁ~。だから止めとけばよかったんだって。これ絶対怒られるやつじゃん……
多分、今の僕は顔が引きつっていたと思う。そんな表情でルミルに助けを乞うように見つめたせいか、ルミルはとんでもない事を口走った。
「よし! こうなったら力ずくで奪おう! 勝った方がここを占領できるってルールで!」
「いやいやいや、何言ってるんですか。一緒に謝ってくださいよ。すいません。ほんっとすいません!」
ルミルの頭を鷲掴みにして頭を下げさせる。もはや何を言われてもおかしくない状況だったが……
「ほぉ~。お前さんルミルだべ? あのツンデレ娘が自ら進んで悪役買って出るとか、アンタかなり好かれてんな」
そんな事を言われて一瞬唖然となる。
「ルミルさん、知り合いなんですか?」
「んん~? 顔が隠れてるからよく分かんないけど、なんか知ってるような気がしないでも無い……」
そうこの男性、まるで砂漠に住む民族のように頭にはターバンを巻いて、顔は布で覆われていた。
そのターバンからは前髪が垂れ、僅かな隙間から見える瞳はこちらを捉えている。その見つめる瞳は強い光を宿しているように思えた。
声は低いが老いてはいない。どちらかというと中年のイケボという印象だった。
「マスターどうかしたの?」
続いて後ろからアリシアが転送されてきた。
「あ! アリシア、ここの所有者に見つかっちゃったよ。一緒に倒そう!」
「ええ~!? いやここはまず事情を説明した方がいいんじゃないかしら?」
男性はルミルとアリシアが話すのをジッと見つめてから口を開いた。
「アリシアは考えんのが苦手で周りの意見に流されやすいアホのはずなんだが……ここじゃ割と常識人やってんな……」
「ア、アホ!? よしルミル! 一緒に倒しましょ!」
意気込む二人を僕は必死に抑え込む。この人も何をいきなり喧嘩売ってんだ……
「アリシアはうちのエースなんですよ。意外としっかりみんなをまとめてくれています」
「あぁ~なるほど。エースをやらせて少しでも自覚を持たせれば、その分トラブルも減るってもんだ! 面白い役割やらせてんなぁ」
その男性はなぜか機嫌が良さそうに面白がっていた。
そこへ次にクナが転送されてくる。
「どうかしたんですか旦那様」
「あ、クナさん。二人を止めてください。なんか変にこじれてるんです……」
この現状を見たクナは瞬時に状況を判断したのか、滑らかな動きで二人の間に入り、そこで土下座を繰り出した。
「勝手に入り込んでしまい申し訳ありません! ですがこちらも金銭的にもかなり厳しい状況でして、どうか怒りを鎮めていただく訳にはいきませんでしょうか……」
そんなクナの謝罪に、男性は目を見開いて驚いていた。
「クナは恋愛脳だから惚れた相手のためじゃねぇと土下座なんてしねぇはずだが……もしかしてもうそういう関係になってんのか?」
「はい。この方は私の(未来の)旦那様です♪」
おいおい。今の小声の部分はもっとはっきり言わないと誤解されるんだが……
というか、この人なんでみんなの事を知ってるんだ?
「あの、どうしてみんなの名前から性格まで知ってるんですか?」
「ん? あ~……まぁなんだ? 俺はガチャ娘マニアだかんな。大抵のガチャ娘の情報は頭に入ってんだ。そんな事よりも、他に仲間はいねぇのか?」
「はい。これがうちのパーティーです」
すると男性はターバンから飛び出している髪の毛を指で弄りながら質問を続ける。
「なんでSRがいねぇのや? 初回引き直しで貰えるべ」
「それはアリシアさんで決定しました。ノーマルのほうが素材を余らせている冒険者が多いと思って、最初からトレードするつもりだったんです」
すると男性は『ほほぉ~』と感心するような声を上げてくれた。
なんだか、意外と怒っていない気がする。
「面白れぇ奴だなや。飯でも食べながら少し話そうや」
「あ、いえ、僕達はさっき食べたので……」
それでも僕達は男性に誘われるまま、大きなテーブルが置かれるキッチンへと通された。
そこには一人の女性が料理を作っていて、ちょうど二人分の食事を並べている所だった。
「俺たちは今から飯にすっけど、まぁ気にしねぇでケロ」
そうして二人は並んで席に着く。僕達は対面に並んで座る事になった。
「えっと……僕はジンと言います。一緒に旅をしくれているガチャ娘はもう知っているようですが、一応紹介しますね。うちのエースをやってくれているアリシア。攻撃力特化で硬い魔物に対応してくれるルミル。防御担当のクナです」
紹介をしながら相手を見ると、男性は僕をジッと見ながら、それでいて料理を口に運んでいた。
「俺はショウだ。こっちはガチャ娘のチャガ」
紹介された女性はメイド服を着たガチャ娘であった。
落ち着きがあって、僕がオドオドしているのを察してか、こちらに向けて柔らかい笑みを浮かべてくれている。
「あの、ここって一体何なんですか? あなた達が作ったんですか?」
「ん~……まぁそんなところだ。ここは俺に仕えるガチャ娘に作らせた。だから下手な家よりも便利なはずだ。なんせ魔力で作られてるかんな」
なるほど。だから天井に穴を開けても一瞬で戻ったのか。まぁ、入り口から魔物が入り込んだりするのはどうにもならないみたいだけど。
朝のうちに入り口を見たら、隠すために貼られた板は魔物に壊されていた。そこら辺もガチャ娘の魔力でどうにかならなかったのだろうか……
「さて、本題はこっからだ。お前らにも事情があったとは言え、俺の住処に入り込み、中の道具も勝手に使ったな? 血の付いたタオルとかあったかんな」
僕を手当てした時の痕跡だろう。そんな指摘をされて一気に緊張が高まった。
「使ったもんは全部弁償してもらいたいところだが、今回は特別に俺の依頼を請け負ってくれたら全部チャラにしてやる。これでどうだ?」
その男性……ショウはそう言って、僕にフォークを向けながら不敵に笑うのだった。




