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「アンタもレーハム様を恨んでいるんだ。そりゃ当然だよね……」

「ガチャ娘が生きたまま控え室に戻される条件は……主様に売却された時と、主様が死んでしまい人間界にいる理由が無くなった時……」


 レーハム様は私と結婚をする約束をしてくれました。だから売却するなんてありえません。だとしたら……クエストの失敗で魔物にやられてしまったという事!?


「う、嘘でしょ……レーハム様……」


 私はその場に崩れ落ちてしまいました。しばらくその場から動けずに、放心状態のまま項垂れていました。


「……結婚の約束をしたって事は、それはもう実質夫婦という事……」


 ふと、私の頭にそんな解釈が浮かんできます。


「私はレーハム様を愛する愛妻家。……そっか、私は未亡人なんだ……」


 そんな風に考えがまとまると、ようやく体に力が戻り私は立ち上がる事が出来るようになりました。

 レーハム様は私の心の中に常に存在していて、私達の関係は一生変わることなく不滅の愛として成就したのです。

 誰にも汚される事のない愛。

 美しいままで常に輝き続ける愛。

 薄幸ではあるものの、究極にして不変の愛!

 それを私は手に入れたのです。それは今まで何も持っていなかった私にとって大きなアドバンテージとなりました。


「あ、クナだ。そんなところで立ち尽くしてどうしたの?」


 だだっ広い道の真ん中に佇む私に声がかかります。その子は私と同じレアリティのガチャ娘でした。以前から何度か話した事のある子です。


「まぁいいや。今からみんなで集まってお茶会をしようと思うの。クナも来ない? 今回の話題はズバリ『こんな素敵な主様に召喚されてみたい!』だよ」


 その時の私は目を見開いていたと思います。


「……行きません……」

「え?」


 声が震え、体が震え、色んな感情が溢れ出すようでした。


「行きません! 私には夫がいるんですよ!? そんな夫をないがしろにするような話題には混ざれません!」


 そう言って私はその場を後にしました。

 そう、私にはもう夫がいるんです。胸の中で永遠に想い紡がれていくんです。

 簡単に人に話せるような内容ではありませんし、口に出して誰かに汚されるような目に合うのもごめんです!

 こうして私は、レーハム様との想いを常に心に浮かべながら生活を続けました。

 そうして一か月ほど経ち、次第にレーハム様に会えない寂しさも落ち着いて来た頃……


「ああ、クナさん! やっぱりガチャ控え室に戻っていたのね!」


 そう声をかけられました。

 見ると彼女はレーハム様の家のお隣さんで、私と同じように主様の家の家事を担当しているガチャ娘でした。

 人間界にいた頃はお隣さんとしてよく話をしたり、色んな事を教えてもらっていました。


「ビックリしたわよぉ。クナさんったら突然いなくなっちゃうんだもの。やっぱり売却されちゃったのね……」

「……はい?」


 彼女が何を言っているのかよく分かりませんでした。

 私が困惑している事なんて知ってか知らずか、彼女は勝手に続けます。


「酷いわよねぇ。クナさんが結婚してもらえる日に売却するだなんて。まぁ私もこの間売却されちゃったんだけどね」

「あ、あの、なにか勘違いしていませんか? レーハム様は魔物にやられて、それで私は控え室に戻されたんですよ?」

「えぇ~!? そんな訳ないわよ! だってクナさんが結婚してもらえるって喜んでいたあの日、レーハムさんが知らないガチャ娘を連れて家に戻ってきたのを見たんだから。ほら、ガチャ娘って四人までしか仲間にできないでしょ?」


 私は頭の中が真っ白になりました。

 私が売却された? そんなはずありません。だってレーハム様は結婚してくれると言ったのですから。


「なんか新しい子と仲良さそうだったわよ? なんだかデレデレしちゃってさぁ。まぁクナさんもいつまでも気にしてちゃダメだからね!」


 しかし私は彼女の話なんて上の空で、頭の中がグルグル回っている感覚でした。

 きっと何かの間違いです。レーハム様は私を裏切るような事はしないお方です。きっと彼女が何か勘違いをしているんです。そう、そうに決まってます。それ以外に考えられません!

 ……でも、もし彼女のいう事が本当だったとしたら……?

 それからというもの、毎日毎日私の頭の中はもうグチャグチャで、ちっとも考えがまとまらない状態でした。そんなある日、またしても意外な人物に出会ってしまいます。


「……ナックリン様?」


 外をブラブラと歩いていた私の目に飛び込んできたのは、池で釣り糸を垂らすナックリン様でした。


「ナックリン様! どうしてあなたがガチャ控え室にいるんですか!? レーハム様はどうなったんですか!?」


 私が一気にまくし立てると、ナックリン様は驚いた表情で私を見つめていました。


「えっと、確かクナ……だったよね? そっか。アンタもレーハム様を恨んでいるんだ。そりゃ当然だよね……」


 何を言っているのでしょうか? 私がレーハム様を恨んでいる?


「なんせ結婚してあげるとか約束した日に売却されたんだもんね。あの日、ギルドポイントが貯まってさ、一回ガチャを引いたらSRが出てきちゃって、それで簡単にアンタを売却したんだもん……」


 嘘……ですよね? まさかその話が事実なのでしょうか?

 私はもしかして、いいように扱われただけなのでしょうか?


「でも安心してよ。恨んでいたとしても、もうレーハム様はこの世にいないから」

「……え?」

「魔物に殺されたんだよ。自信過剰にも全然戦力が整っていないのに高難易度のクエストなんて受けちゃってさ……」


 どういう事なのでしょうか? 少なくともレーハム様のパーティーはかなりの練度だったはず……


「不思議そうな顔をしているね。まず最初にアンタを売却して新規の子が一人入ったのは分かるよね? その次のギルドポイント交換日、またガチャを引いたらSRが出てさ、今度はソーダ―が売却されたんだよ。これで新規が二人」


 そんなまさか!? ソーダ―様は近接戦闘の要となっていたお方です。そのソーダ―様を売却するなんて!


「ソーダ―は強かったけど、悪く言えば男勝りだったからね。可愛いSRが引けたらなんの迷いもなく売却されたよ。さらにその次のガチャチケ交換日、またSRが当たってさ、今度はスピアランが売却されたんだ……」


 スピアラン様は槍の薙ぎ払いで複数の魔物を攻撃できる範囲攻撃の要だったはずです。そんな彼女を売却するなんて信じられません……


「スピアランはほら、言葉遣いが独特だったからね。レーハム様はもっと普通でクセのないしゃべり方のガチャ娘が好みだったみたい。これで新規が三人でまともに戦えるのは私だけ。なのに、何を血迷ったのかそんな状態で高難易度のクエストを受けたんだよ。当然私は止めたんだけど、レーハム様は聞かなくてね。運悪く大量の魔物に囲まれちゃってさ、私も一人じゃどうしようもなかったんだ……」


 ナックリン様は一対一の勝負では負けなしという実力者です。けれど、敵の数が多ければその力を活かせなかったのでしょう……


「最初にレーハム様の正面に立っていた子が殺されたよ。それでパニックになったレーハム様は逃げ惑ってね。さらに襲い掛かってきた魔物に対して、もう一人の新規の子を身代わりにしていたよ。魔物に向かって突き飛ばしてさ、その間に逃げようとしていたね。もう地獄のような状況でさ、私も必死に魔物を倒そうとしたんだけど、もはや自分の周りの魔物を倒さないとレーハム様の元にはたどり着けないほどだったんだ……」


 そう言って、ナックリン様は荒んだ眼を釣り糸に戻していた。


「もう私もレーハム様の状況が確認できないほど魔物に囲まれててね、今度は最後の新規の子の悲鳴が聞こえてきたよ。その子はどんなやられ方をしたのかは見ていないけど、聞いた悲鳴の中では一番耳に残る断末魔だった……。そして最後にレーハム様の声が聞こえてさ、あのカッコよかったレーハム様が怯えて泣き叫ぶような声ばかりだったよ。私は何度もレーハム様を呼んで近付こうとしたんだけど、最後に聞こえた絶叫と、肉が潰れて骨を叩き割る音が聞こえてきて、ああ、もう終わったんだって脱力したよ。そしたらやっぱりね、その瞬間に私はこの世界に戻されたんだ。ほら、ガチャ娘は主様が死ぬと人間界にいる理由がなくなるからさ……」


 そうしてナックリン様はしゃべるのを止めました。ただ釣り糸だけを見つめ、その糸が引いても手を動かそうとはしませんでした……

 壊れた人形のように全く動かず、光の消えた瞳で、ただそこに座っているだけなのでした……

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