「なんたって私は戦力4万超えなんだからねっ♪」
「アリシアさん、時間ですよ。起きてください」
「う~ん……むにゃむにゃ……」
宿屋を6時に出なくてはいけない僕たちな訳だが、『私が起こしてあげる!』と意気込んでいたアリシアはまだ夢の中のようだった。
それにしてもアレだ。旅館の浴衣のような寝間着で寝返りを打つと着物がはだけ肌が露出する。そうやって体と足をくねらせながら寝言で艶めかしい声を出す女の子を起こす日が来ようとは。
「なんなんですか!? アリシアさんはお色気キャラになるつもりですか!?」
僕は魔物より強力であろう欲求と戦いながら彼女を起こす。そうしてやっとのことで起きてくれたアリシアと朝食を取り、朝早くからギルドの扉を通過していた。
「ふ~む、もうこの街には丁度いいクエストはありませんね……」
ギルドに張り出されているクエストとにらめっこをしながら僕は考える。この街ではどれだけ難易度が高くても推奨戦力が2万を超えたりはしない。いわゆる初心者向けの街のようだ。
やはりここは、育成の効率を上げるために自分たちの戦力に応じて街を移るべきだろう。
「あの、すみません。お聞きしたいのですが」
僕は受付のお姉さんに声をかける。
「はい。どうなさいましたか?」
「うちの子、戦力が4万を超えたんですけど丁度いい街ってどこかありますかね?」
するとお姉さんは僕とアリシアを交互に見つめ始めた。
「あなたは昨日、引き直しが出来るガチャでノーマルを選んだ方ですよね? え、一日で戦力が4万を超えたんですか!?」
「ええまぁ、正攻法ではないのかもしれませんけどね」
僕が説明をしている間、隣のアリシアがドヤ顔で鼻を鳴らしている。
……それはスルーしておくことにして、僕は近くに街がないかを聞いてみた。
「では、ここから北西の方角にセカドンという街があります。その辺の魔物は推奨戦力が4万前後なので丁度よいかと」
「おお。いいですね。そこへ向かうとします。……それで、地図を書いてもらいたいんですが……」
僕がそうお願いをすると、お姉さんはサラサラと地図を書き始めてくれた。僕はその間も質問をする。
「その街までどれくらいかかりますか? デイリークエストって一日五回じゃないですか。向こうの街に着いてから初めて大丈夫ですかね?」
「う~ん……慣れていないと迷うかもしれませんね。もしかすると着いてからクエストを行うのは難しいかもしれません。オススメなのはここでクエストを請け負い、セカドンに向かいながらそれを達成。向こうに着いたら報酬を貰い、本格的なクエストは明日からにしてはどうでしょうか?」
なるほど。それがいいかもしれない。
僕は昨日と同じように経験値素材が貰える討伐クエストを四つ。レベル上限解放の秘薬が貰える高難易度討伐クエストを一つ請け負った。
レベル上限解放の秘薬はレアリティが関係ないので、トレードをしようにも冒険者は自分が使う分しか持っていない。そしてこの魔物はここから北の魔物が強くなる辺りに生息しているので、セカドンに向かう最中の腕試しに丁度いいかと思った。
「基本的には北に向かうほど魔物は強くなりますのでお気を付けください。ですがジン様、あなたは他の冒険者とは違う、この世の常識に捕らわれない柔軟性がある気がします。ギルドを通してあなたの活躍を楽しみにしていますね」
お姉さんはそう言って微笑んでくれた。僕たちはそんなギルドを出て街の外へと向かう。
「あ、そうだ。昨日のトレードで貰ったランク2の装備を渡しますね」
僕は腕輪からアイテム一覧を開いて、武器と防具をアリシアに装備させた。
【小太刀を装備した】
【皮の鎧を装備した】
【推定戦力4万0030 → 4万2030】
どうやら特別な効果は無いようで、単純に攻撃力と防御力が上がるだけの装備のようだ。
「おお~! これで準備は整ったわね。魔物は私に任せてちょうだい!」
小太刀を鞘から抜き、浮かれながら構えを取るアリシアを僕はジッと見つめる。
「なんだか似合いませんねぇ。あ、防具って消せるんですね。それじゃ消しましょう!」
僕が操作をするとアリシアの鎧がフッと消えた。
「ええ~!? なんで消しちゃうの~!?」
「だってセーラー服の上に鎧って変じゃないですか。可愛くなくなるし……」
「いやどんだけセーラー服好きなのよ!!」
「別に装備を解除した訳じゃなく、ビジュアルを変えただけなので防御力は上がったままですよ。そんな気にする事じゃないでしょう」
そう言ってもアリシアはなぜか突っかかってくる。
「じゃあせめてレアリティ二段階目で付与できるようになったキラキラは表示させてよぉ!」
「え~、でもなんか魔物に見つかったり、眩しくなりそうで邪魔な気がしません?」
「私らガチャ娘のアイデンティティが邪魔!?」
そんなワチャワチャとしたコミュニケーションを取りながら、僕たちは街を出た。請け負ったクエストをこなすため、指定された魔物を見つけた時は討伐しながら先へ進む。そうしながら僕たちは確実に北へと向かった。
やはりこの辺の魔物ではもうアリシアの相手にはならず、一振りで終わる事が多い。そんな魔物を売ってお金にしようにも街までは遠いため、仕方なく大地へと返ってもらうことになった。
「え~っと……左に曲がるのはここかな?」
「ねぇマスター、大丈夫? 私たち迷ってない?」
地図とにらめっこをする僕にアリシアが問いかけてくる。
「え? 大丈夫ですけど? なんで迷うんですか? 地図あるんですけど? 意味わからないんですけど?」
「真顔でめちゃくちゃムキになってるじゃないのよ……」
平気平気。こういうのは方向感覚とかが大事なんだよね。街までたどり着けさえすれば、ほら大丈夫だったでしょ? といくらでも言える! そう、たどり着いたという事実までこじつければいいんだよ!
そうして僕たちはさらに進むと、明らかに魔物の種類が変わってきた。
「ほらね? 段々とセカドンに近づいている証拠ですよ」
「いやまぁ、その土地によって魔物の種類が変わるだろうから、迷っていない証明にはならないと思うけどね……」
アリシアがいちゃもんを付けてくるが僕はさらに奥へと進む。すると平原だった所が草木が覆う林のようになっていった。
「ビ~!!」
突然上空から聞き覚えの無い鳴き声が聞こえてきた。鳥のような鳴き声だ。
「あ、マスターあれじゃない? 私たちが請け負っている高難易度の魔物。大雀」
「あ、本当ですね。ではアリシアさん、討伐お願いします!」
僕が少し離れると、魔物は木の枝から飛び降りてアリシアへと落下してきた。バックステップを踏んで落下点から移動すると、魔物の巨体さがあらわになった。
オオスズメ。その名の通り巨大な雀の化け物で、その大きさは人間と同じくらいだ。よくそんな巨体で空が飛べるなと思うくらい丸々としており、速くはないが踏まれたらひとたまりもないだろう。
そんな魔物とアリシアはすぐに交戦に入っていた。小太刀で切りつけようとするがオオスズメは飛び上がり、重力に従って踏みつけようと落下してくる。それをアリシアが避けてまた斬ろうと立ち向かう。そんな攻防が続いた。
「アリシアさん、相手の動きをパターン化するんです。そうすれば一手先を取る事が出来ますよ!」
「わかったわ!」
オオスズメの攻撃を避け、飛び立とうという前提でアリシアが大きく跳び上がる。その読み通りに魔物は羽ばたき、ついにアリシアは空中で間合いを詰める事に成功した。
人間よりも大きな跳躍で、魔物よりも高い位置から全力の振り下ろし! その一撃で見事、オオスズメは真っ二つとなった。
「お疲れ様です。お見事でしたよ」
「ふっふ~ん♪ ざっとこんなものよ~♪」
大勝利でご機嫌なアリシアだけど、ぶっちゃけオオスズメの討伐推奨戦力は1万5000だ。苦戦したらそれはそれで問題なんだけどね……
「そんな事よりも大変です……」
「どうかしたのかしら?」
「実は今の戦闘で動き回ったせいで、道が分からなくなりました!」
ズルーっとコケそうになる彼女だが、何を隠そう僕はこの世界に来るまで引きこもりだったのだ! 地図なんて読めるはずがない!
「実は僕、地図を見ながら外出することが全くなかったので、こういう遠出は苦手なんです。あはは~」
「『あはは~』じゃないわよ! じゃあここからは私が街を探すから、地図をかしてくれる?」
おお、頼もしいな!
そんな訳でアリシアにバトンタッチ、もとい地図を渡して僕は後ろから着いていくことにした。
「アリシアさんは地図が読める人なんですか?」
「読めるもなにも、こんなの周りの景色と地図を照らし合わせていけばいいだけでしょ? 簡単じゃない」
そう答え、彼女はズンズンと進んでいく。本当に堂々とした歩き方で進んでいき、長い時間を歩き続け、気が付けば周りはすでに暗くなっていた……
「アリシアさん、もう日が落ちそうですよ? 大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。こういうのは勢いが大事だしね!」
勢い!? 今勢いって言った!?
もしかして街へ行くのに勢いが大事だとでも思っているのだろうか?
「……あの、今更なんですが、アリシアさんは地図を見ながら目的地に向かった経験ってあるんですか?」
僕は恐る恐るそう聞いてみた。
「ん? ある訳ないじゃない。私マスターに使ってもらうまでずっと出番なかったんだから」
「ぬおおおお!? 任せて失敗だったかぁぁ~~!! これは野宿濃厚だ~!!」
「大丈夫大丈夫。私に任せなさいって。なんたって私は戦力4万超えなんだからねっ♪」
関係ねぇ~!! 道を進むのに戦力は関係ねぇよぉぉ……
なんか自信満々な感じで親指をビシッと立ててるけど、今はその自信を道具入れの奥底にしまっておいてほしかった……
そんな風に僕が後悔している最中だった。
「ほらマスター。街が見えてきたわ。アレじゃない?」
そんな馬鹿な、と見上げる僕の目に、木々の隙間から確かに街の光が見えていた。
奇跡だ。本当に勢いで着いてしまったよ……
そうして僕たちは、やっとの思いで街の中へと入ることが出来た。
「おや? 見慣れない冒険者さんだねぇ」
到着して早々に第一村人ならぬ、街人に声をかけられた。
「はい。南の方から来たんですけど、迷っちゃって焦りましたよ……」
僕がそう答えると、その街の人は笑顔で歓迎してくれた。
「大変でしたね。ようこそ、緑の街『モリモーリ』へ!」
そう。僕たちはたどり着いたのだ。必死に目指していたセカドンではなく、なんかこう、シンプルな名前にインパクトを感じさせる、モリモーリという街に……