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「マズいなぁ。これ毒に侵されてるよ」

               * * *


「……なんでご主人が怪我しながら立ってて、アンタは無傷で座り込んでんの……?」


 ルミル様が静かにそう言いました。その視線はジン様に向けられたままでこっちは見ていません……


「普通逆でしょ!? ガチャ娘のアンタが命を懸けて守らなきゃダメじゃん!!」


 ルミル様の怒りはもっともです。私は何もできずに、ただ見ていただけなんですから……


「ご、ご、ごめんなさい……。私……戦ったことなくて……どうしていいか分からなくて……」

「ご主人が死んだらあたし達みんな役目がなくなるんだよ!? いやそれ以前に、もうご主人と会えなくなるんだから!! わかってんの!?」


 私は何も言えませんでした。言えるはずありません。私のような役立たずが口を開いた所でみんなを苛立たせてしまうだけなんですから……


「ルミル、今はマスターを安全な所に運びましょ。途中で見つけたあの部屋がいいわ」

「……うん。そうだね……」


 そう言って、アリシア様はジン様を背負いました。


「あたしとクナは後ろを着いて行くから先に行って! ……ほらクナ、一緒に行くよ。はぐれても知らないからね」


 そうして私が立ち上がるのと同時に二人は走り出しました。アリシア様はやっぱりとてつもないスピードで通路を駆け抜けていき、ルミル様もそれに着いて行きます。

 私はそんな二人のスピードに着いて行けず見失いそうになりましたが、角を曲がるとルミル様はちゃんと待ってくれていました。その優しさに感謝しながら進むと、私達は一つの小部屋へとたどり着いたのです。

 その部屋は正に、誰かが使っていた部屋という雰囲気でした。テーブルのような台もあれば棚もある。先に辿り着いたアリシア様はジン様をベッドに寝かせ、使えそうな道具を集めていました。

 そんなジン様に、ルミル様はすでに触診を開始しています。


「ル、ルミル様は……診察ができるんですか……?」

「うん。ルミルはガチャ控え室でずっと本を読んで人間の事を勉強していたみたいだからね。結構物知りなのよ?」


 気を使ってくれているのか、アリシア様は明るい口調でそう言ってくれました。

 しかしそれとは逆に、ルミル様は焦りながら道具を漁っています。


「マズいなぁ。これ毒に侵されてるよ。多分魔物に噛みつかれた時だと思う……」


 そう言いながら布を取り出すと、ジン様の左腕をきつく縛りました。


「ねぇアリシア、水ってないかな? 他にも薬とかさ」

「待ってて、今見てくる!」


 二人はしっかりと言葉を交わしながら、お互いに出来る事を確認し合って行動をしていました。それはお互いになんでも相談し合える気の置けない仲だからでしょう。

 ちょっと見ただけでもこのパーティーは仲が良いのだとわかりました。


「アリシア、他にも容器は無い? それとクナは外で魔物の見張りでもしてて!」


 ルミル様にそう言われた私は、その指示に従い部屋を出ようとしました。その時――


「……ねぇルミル、ルミルのサポートをクナにやらせて、私は解毒薬を買いに行った方がいいんじゃないかしら? ほら、その方が私のスピードとかも活かせるし」

「ええ!? いやまぁ、それはそうかもしれないけど……でもクナがサポートかぁ……」


 ルミル様が若干渋ります。まぁ、自分で言うのもなんですが、ドンクサイ私をそばには置きたくないのでしょう。分かります……


「通路の魔物を倒すにしろ、迷路の地図を作るにしろ、それを私が担当した方がスムーズにいくんじゃないかしら? 解毒薬とかの買い物も必要でしょ?」

「……まぁ、そうだね。分かった。じゃあそうしよう」


 そうしてアリシア様は部屋の外へ。私はルミル様のサポートを担当する事になりました。


「マスターの事、よろしくね。信じてるから」


 すれ違い様にアリシア様が私にそう言ってくれました。彼女も自分の主様が心配なはずなのに、私に対しても配慮を忘れない、素晴らしい方だと思います。

 私もその気持ちに応えないといけません。


「今からご主人の傷口から毒を吸い上げるよ。クナはご主人の体や腕を押さえておいて!」

「ま、ま、待ってください! 毒を吸い上げるという方法は危険です! 口内に小さな傷でもあった場合、ルミル様にも毒が回るんですよ!?」


 しかしルミル様は動じていませんでした。


「知ってるよ。でもこれがご主人を助けられる一番いい方法なの! あたしはこの人を絶対に死なせたくない! そのためならなんだってやるよ!」


 そう言ってジン様の傷口を水で洗い始めました。


「あ、あれ? ご主人の傷口が洗えない。なんで!?」

「そ、装備品の不可視化を設定しているからだと思います。わ、私がコマンド操作してみますね……」


 ジン様の腕輪を操作するとコマンド画面が出現します。それを見るとやはり装備している防具は見えないようになっていました。


「そっか。すっかり忘れてた。だからご主人の左腕は守られてて致命傷にはならなかったんだ。その、あんがとね。後はあたしに任せて、クナはご主人が暴れないように押さえておいて!」

「は、はい!」


 そうしてルミル様は傷口から毒を吸い始めました。何度も何度も繰り返して、うなされるジン様を私は押さえていました。

 そんな時間も忘れるような、それでも痛々しくて時が長く感じられるような作業を繰り返します。そうしてようやく、ルミル様の応急処置は完了しました。


「あ、あ、あの……私が看ているので、ルミル様は休まれたらどうでしょう。お疲れでは――」

「いい。あたしが看るから……」


 即座にそう言われてしまいました。そんなルミル様は、ジン様から片時も視線を逸らそうとしません。きっとそれだけ彼が大切なのでしょう。

 こんな時、私はいつも疎外感を感じてしまいます。仲間のはずなのにどこか距離感があって、遠くの存在に感じてしまう。

 ……今も昔もそれは変わらないし、変える事も出来ない。何をしても認めてもらえず、ただただ距離が遠いまま時間だけが過ぎていく感覚です……

 そんな時でした。


「戻ったわよ! クサフカヒの街で買い物したついでにカルルも連れて来たわ! ほら、バフスキル使えるし!」


 アリシア様がカルル様を連れて戻ってきました。正直、時間の感覚が分からなくなりそうな地下ですが、あまりにも速いのだけは分かりました。


「なんなんだここは……? どんな施設だったりすんだ……?」


 カルル様が頭に被っているドクロのメットを押さえながら、周りをキョロキョロしています。


「カルル!? お願いご主人を助けて!」

「分かってるって。アリシアにも必死にお願いされたから、ここまで来たりなんかしたんだし」


 そう言ってカルル様はジン様に近づき手をかざしました。


「スキル『バイタリティアップ!』、『レジスターアップ!』、意味は無いけどついでに『ディフェンドアップ』『ナチュラルヒーリング』」


 カルル様のスキルでジン様の体が光り始めます。心なしか、顔色も良くなった気がしました。


「あとは買ってきた解毒薬を飲ませて傷口に薬を塗ってあげたりなんかしな。あとルミル、口が血で汚れてたりするぜ? 毒を吸い出そうとしたな? お前も解毒薬を飲んどけよ」


 ルミル様は当然知っていたので忠告には素直に従い、私達はまたジン様の腕に治療を施しました。後は目を覚ますまで見守るだけという状況です。


「うっし! これでもう大丈夫だったりするでしょ。呼吸も安定したし熱も引いた。そろそろ暗くなる時間だから私は帰るよ」


 私達は全員でお礼を言って深くお辞儀をしました。

 するとここでアリシア様がこんな事を言い始めます。


「村まで送るわ。……それとルミルもお見送りに来てほしいの」

「いや、あたしはここでご主人を見てるよ。魔物が来たら大変だし……」

「この地下迷宮に入り込んだ魔物は全部私が倒したから安全よ。それに多分、送るのに時間はほとんどかからないわ」

「ん? それってどういう意味?」

「ルミルにも今のうちに見てほしいものがあるのよ。この地下迷宮の地図を作ってたんだけど、やっぱりここ、とんでもないのよね」


 どうやら頭の良いルミル様に見せたいものがあるらしいのです。なので私はここでジン様の看病をお願いされました。

 かなり容体が安定していますが、とりあえず頭を冷やしているタオルを交換しようと思いました。そんな時です。


「う~ん……」


 なんとこのタイミングでジン様が目を覚ましたのでした。

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