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「この機に乗じて私の体をもてあそぶ気ですか!?」

               * * *


 ――それはいつもの日常となんら変わらない、ほんの些細な出来事だった。


「よっしゃ! 今日のデイリークエスト完了っと~」

「お疲れ様です。主殿」


 俺のガチャ娘の一人、ベルウッドが労ってくる。


「いやいや、お疲れなのはお前らのほうだろ。俺はなんもしてねーよ」


 そんな風に、いつもと変わらないやり取りをしている時だった。敵の気配を察知するのが得意なブルーマウンテンが微動だにせず遠くを見ている事に気が付いた。

 こいつがこんな風に見ている所には大抵魔物が潜んでいる。


「どうしたブルーマウンテン。敵か?」

「うん……あそこに見た事のない魔物がいるよ」


 その指さす方向を凝視すると、確かに見た事がない一匹の猿がこっちをジッと見つめていた。

 俺たちがその猿の存在に気が付くと、その猿は自ら俺たちの方へ歩いてくる。


「討伐しますか、主殿」

「……ああ、そうしよう。ベルウッド、お前に任せるぜ。ウエストヴィレッジは俺の護衛と周囲の警戒、ブルーマウンテンはベルウッドのサポートだ」


 俺がその猿を討伐しようと決断したのは、別に姿かたちが異様だとかそんな理由じゃない。右手に握られた武器の存在だった。

 そう、その猿は人間が使うような剣を持っていたんだ。誰かから奪ったのか、はたまた落ちていたのを拾ったのか……

 どの道好戦的なようで、ベルウッドに向けて剣を構えていた。


「その武器は貴様らにとっては無用の長物。返してもらいます!」


 ベルウッドが攻撃を仕掛ける。猿はそれを器用にも剣を使って受け止めた。

 その猿は人間の子供くらいの大きさで、表情はまるで変化しない。ただ淡々と、俺のガチャ娘の攻撃を捌いたり、回避したりとのらりくらりと戦いを続けていた。

 見た目は普通の猿。だけど決して普通ではありえないくらいに武器を使いこなしていた。


「援護するよ! スキル『魔力弾!』」


 ブルーマウンテンの遠距離攻撃を猿はバックステップで回避する。


「そこだ! スキル『真空斬!』」


 ベルウッドの剣から鋭い斬撃がほとばしる。その攻撃は見事に猿の右腕にヒットした。


「ウギィ!?」


 猿の右腕が切断され、初めてその表情を歪ませて大きく鳴く。するとその猿は素早く剣を口に加えて、一目散に逃げだした。


「逃げるよ!? 追いかける?」

「いや結構素早いし、今日のデイリークエストはもう終わってる。それに右手はもう使えないし逃げても問題ねぇだろ。今日はもう帰ろうぜ」


 そうして俺たちは街へと帰る。そしてそんな猿がいた事も次第に忘れて誰かに話すこともなく日々が過ぎていった。


 ――そう、本当になんの変哲もない出来事で、脅威なんて何も感じない猿の存在。だが、異変はその時から始まっていたのだった……


               * * *


「いててて……」


 突然の事だけど状況は明確に理解している。僕達は地面に開いた巨大な穴に落ちてしまったんだ。

 ルミルが魔物を攻撃する際に振り下ろしたハンマーで地面を叩いた結果、その場の全員が大穴に落ちたと考えて間違いない。とりあえず自分の手足を動かしてみて、痛む所は無いか確認をしてみた。


「ひゃあん!」


 僕の下から艶めかしい声が聞こえると同時に、手のひらに柔らかい感触が伝わった。

 なんと僕はクナを下敷きにして胸を鷲掴みにしていたのだ!


「ごごごごごめんなさい!」


 僕とクナはお互いに離れて衣服の乱れを整える。……そういえばクナは僕のすぐ後ろにいたっけ。だから落ちた時に僕の下になっちゃったんだ。

 というか、僕が無傷なのはそのおかげなんだろうな。


「な、な、なんなんですか!? この機に乗じて私の体をもてあそぶ気ですか!? 私には夫がいるんですよ!?」

「いや全然そんなつもりじゃありませんから! それよりも今はこの状況を整理しましょうよ!」


 ええっと、ここにいるのは僕とクナの二人だけで、アリシアとルミルは近くにいない。どうやら壁を隔ててはぐれてしまったようだ。

 そう、周りを見渡すとここはまさに地下ダンジョンという所だった。通路のように土で作られた壁が等間隔で伸びていて、その先にはT字路になっているのが見える。

 そもそも明らかなる人工物で、なんと壁には明かりが灯してあるのだ。原理はよく分からないけど、通路の壁に一定間隔で光る灯が飾られていた。


「あ、あ、あの……ここはどこなんですか? 私達、ど、どうしたらいいんでしょうか……」

「う~ん、まずは他の二人と合流したほうがいいですよね」


 冷静に考えろ。そもそも落ちて来たいう事は上から出られるという事だ。アリシアの身体能力なら多少の高低差は移動できる。だからすぐに上から僕達を追ってくるんじゃないだろうか?

 そうして上を見上げた僕は愕然とする。なんと頭上は地面で塞がっていたのだ。

 こればかりは僕も全く理解できない。上から落下してきたのに、見上げた先には天井があって、どこにも大穴なんて開いていないのだ。

 意味が分からない。誰かが塞ぐとしても短時間で埋められるような穴ではなかったはずだ。


「ど、ど、ど、どうしましょう。もしもこの中に魔物がいたとしたら……」


 そうだ。この地下ダンジョンのような通路を見る限り、魔物がいてもおかしくはない。それにこの状況、お城に擬態していた『キングゴーレム』と似ている。もしかしたら今回も同じような魔物の仕業かもしれない。


「アリシアさん、ルミルさん、聞こえすか?」


 僕は背後の行き止まりに手を当てて、軽く叩きながら囁いてみる。しかし壁の向こうからは声どころかなんの音も聞こえない。正直、壁の厚さもよく分からなかった。

 なんだかルミルならこの辺の壁をぶち抜いて僕達を探そうとするのではかろうか? そんな事をすれば、土でできたここのダンジョンは崩壊して生き埋めになってしまいそうな気がする。

 どうか早まらないでほしいが……


「仕方ありません。魔物がいないか確認しながら慎重に進んでみましょう。ここの行き止まりで魔物に遭遇したら逃げ場はありませんし」

「わ、わ、分かりました……」


 僕はクナを引き連れて移動を開始した。

 最初のT字路ではこっそり顔を覗かせて、曲がり角の先に魔物がいないかを確認する。そうしながらゆっくり、慎重に先へ進んでいった。

 そうして歩いてみると、ここはダンジョンというよりは地下迷宮のような作りだと思う。まさに入り組んでいて、道を覚えていないと同じ所を何度も行ったり来たりしそうなほど道が分かれていた。

 多少の明かりはあるけれど、それ以外は土の壁が永遠に続いているため道を覚えるのが難しい。というか僕も迷路とか得意じゃないしなぁ。

 とりあえず闇雲に歩くのではなく、分かれ道がある時は必ず右に曲がるというような法則を作っておくと迷いにくいらしい。

 そうしながら慎重に進んでいる時だった。


――カサ、カサカサ……


 土をこするような音が聞こえてくる。その音は小さくて、近くでなっているのかと奥から聞こえてくるのか分からなかった。

 僕達は足を止め、その音に意識を集中させる。明らかに僕達以外の何かが立てる物音だった。


「クナさん、魔物かもしれません。引き返しましょう!」


 僕はできるだけ決断を早めて魔物との遭遇率を減らそうと考えた。

 ……だが。


「あ……あぁ……」


 声を震わせて、眉を八の字に歪ませて、クナは怯えた表情で天井を指さす。

 まさかと思いその指さす天井を見ると、そこには人よりも大きい爬虫類のような魔物がへばりついていた。

 イモリというか、ヤモリというか。はたまたトカゲというべきか……。天井に張り付くその魔物は人間よりも大きな体で僕達を視界に捉えていた。

 四つん這いで、黒い体に長い尻尾。喉元には膨れ上がった袋状のたるみがプヨプヨと揺れ動いている。


「見つかってしまいましたね。クナさん戦闘準備です!」


 そう言って僕は自分の槍を出現させて構えを取る。


「で、で、でも、私なんの装備もないんですけど……」

「なら、この槍は使えませんか? クナさんは以前、どんな武器を使ってたんですか?」


 ランクの低い武器だけど、それでも無いよりまマシだ。それにクナ自身もレベルが低いけど、以前別のマスターと行動していた実績がある。ここはなんとかクナに頑張ってもらわないと。

 そう思っていた僕だけど、クナはガタガタと震えるばかりで受け取ろうとしない。


「だ、だ、ダメなんです……実は私、今まで一度も戦った事ないんです! だから武器も振るった事ないんです!」

「えええぇぇ~~!?」


 あれ? これってもしかして、かなりのピンチなんじゃないかな?

 そんな僕の脳裏には、『逃げる』というコマンドを選択するのに時間はかからなかった……

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