「だったらさ、手加減しないから!」
「喰らいなさい! 『ストーンブラスト!!』」
ルミルが電光虫と戦っているのをボーっと見つめる。それでも心に思い浮かぶのはリキュアの顔だった。
私は一体何がしたいんだろう。何が出来るんだろう?
「見て見てご主人! 電光虫を倒したよ! あたしの必殺技凄いでしょ!」
「必殺技って、ただハンマーを地面に擦って土を巻き上げただけじゃないですか」
「それが電光虫の動きを抑制する方法なんだから、細かい事はい~の!」
一人で魔物を討伐したルミルの頭をマスターがナデナデしている。それをルミルも嬉しそうに堪能していた。
ナデナデかぁ。もしかしてリキュアもお母さんからナデナデされたかったのかしら……?
そんな事を考えながら、気が付くと私もルミルの頭をナデナデしていた。
「ふえ? アリシアも撫でてくれるの? 気持ちい~♪」
けど立場上、リキュアはナデナデしてもらいたくても言えなかった、とか?
「ねぇルミル。ナデナデして欲しいけど、素直に言えない時ってどうするのかしら?」
「ええ!? 急に何!? なんでそんな事あたしに聞くの!?」
「え? だってルミルってマスターの事大好きでしょ? ナデナデして欲しい時はどうするのかなって……」
特に何も考えずにそう言うと、なぜかルミルの顔が真っ赤になっていった。
「はぁ~~~!? 何言ってるの!? べべべ別に好きじゃないし! か、勘違いしないでよね! 別に駄主人の事なんてなんとも思ってないから!!」
でもよく考えたら、ナデナデして欲しいとかそういうのじゃ無いのかも。やっぱり考えるのが苦手な私じゃなんにも分からないわ……
「も~!! 駄主人のくせに、何ニヤニヤしてるの! も~!!」
「あれ? ルミル、どうして怒ってるの?」
「アリシアのせいでしょ~! も~~!!」
なんだかよく分からないけどとりあえず謝っておく。そして午後は魔物を討伐して素材をお金に換える作業を繰り返した。……主にルミルが。
そうして仕事を終えて街に戻った時にはもう薄暗くなっていた。
「あれ? なんだか街全体が騒がしいわね。何かあるのかしら?」
「あ~。そういえば、今日は月食の日らしいですよ? 珍しい日なのでみんな外で見物するためにいい場所を探しているそうです」
月食って何? とルミルがマスターに聞いた。
「そうですねぇ、この星を照らすお日様と、僕達がいるこの星と、夜に見えるお月様の順番で並ぶ現象です。そうやって星が並び、重なる事で月がどんどん欠けていくように見えるんですよ」
それを聞いた私はハッとする。
リアちゃんの魂を移すのに、そういう星と星が重なる日を選んだとリキュアは言っていた。だとしたら、リアちゃんの意識を表に引っ張り出すのにも、こういう星と星が重なる時を選ぶんじゃないかしら?
しかもリキュアの家に行ったとき、母親は『今日は大事な日』と、かなり神経質になっていた。
まず間違いなく今日、月が欠けるタイミングで儀式が行われるんだわ。
「……私、もう一度リキュアの所に行きたい……」
「え? お昼にお話してたんじゃないんですか?」
そう聞いてくるマスターに、私はブンブンと首を振った。
「確かに話したわ。けど、リキュアはまた私が来るように仕向けてる。だって話している間ずっと変だったもの。きっとまた私が会いに来るように違和感をあえて残したんだわ!」
すると今度はルミルが思いもしなかったことを提案してくれた。
「ならあたし達も行くよ。なんだか今のアリシアを放ってはおけない感じがするし。だから昼間にリキュアと何を話したのか教えて!」
そう言われて、私はリキュアから聞いたことを全て話した。
リアちゃんの病気の事。リキュアの体に取り入れてから、星と星が重なる時に再び意識を交代させるのを狙っている事。そしてなんだか今日は行動や発言がおかしかった事……
「分かりました。具体的にリキュアさんに会ってどうするのかを決めていないのはやや不安ですけど、アリシアさんらしいと言えばらしいですからね」
そうして二人が私を心配して、一緒に来てくれる事になった。
それがなんだかとても心強くて、とても嬉しい。空を見るとすでに大きな月が浮かんでいて、あれが本当に欠けていくのか信じられないという気持ちになる。
「この世界の月って大きいですよね……」
マスターがそんな事を言った。
私にはそもそも月がなんなのか、星がなんなのか、マスターがどこから来て、どこまでがマスターの常識なのかが分からない。でもそんなの関係なく、こうして困ったときに相談して頼りに出来る存在として隣にいてくれる事が幸せだと思った。
なんだか嫌な予感がする。けどきっと大丈夫。ルミルもマスターもいるのだから……
そうこうしながら私達が向かったのは、リキュアとカルルの家だった。まずはそこを目指してリキュアに会おうとした。
しかしそこに待ち受けていたのは――
「やぁ。やっぱりまた来たんだねぇ。リキュアの言った通りだ」
動物の骨を帽子のように被り、その隙間から眼光を光らせているカルルが私達の前に立ちふさがっていた。
「カルル、リキュアに会わせて!」
「……とりあえず場所を変えよう。話は歩きながらでも出来たりするし」
そうして私達はカルルに付いていく。彼女は村の柵を超え、あのだだっ広い草原へと踏み出していった。
「リキュアに会わせてくれるの?」
「それは出来ない。アリシアだって今から儀式が始まるって分かってたりする訳でしょ?」
当然それは分かっている。だからこそ会いに来たのだから。
「ねぇ教えて。リキュアは本当にこの儀式を望んでいるの?」
「んん? 当たり前でしょ。リキュアは誰よりもリアを助けたいと思ってる。その気持ちはずっと一緒にいる私が一番理解していたりなんかするよ」
そう。それは私もそう思ってる。だけど明らかに何かがおかしい。
「じゃあなんでリキュアは私を家に招待したの!? リキュアって頭がいいはずでしょ? それなのにこんな大事な時に私を招待すれば両親に怒られるって分かるはずよ! なのに私を家に連れてきたのはなんで!?」
「……それは、まぁ私も変だなとは思ってたりしたけど……」
「それにリアの話をしてくれたのも変だわ。あの追いかけっこの時、リキュアは追いついた私に『ご褒美として私が答えられる質問であるなら、なんでも教えてあげる』と言ったのよ。でもその前日、私が強くなるためのアドバイスを求めた時は『自分で判断して、考える力を養うのが重要』とも言ってたわよね? 昨日の今日で言っている事がまるで逆だわ!」
「……」
「これって絶対におかしいわよ。リキュアは私に何かを気付かせようとしているんだわ。それが何かは分からないけど、絶対に何かを隠してる!!」
「……それは無いよ」
カルルが足を止め、静かに私を否定した。
「リキュアは言ったよ。必ずここにアリシアがやって来る。そうしたら絶対に儀式の邪魔をさせないように食い止めろってね!」
「!?」
立ち止まった場所は広い草原で、周りには小高い丘が隆起しているくらいだった。
「もしリキュアが儀式を止めさせたいと思っているのなら、私に全力で食い止めろ、なんて指示は出さないはずでしょ? それでも納得がいかなくて先に進みたいと思うのなら、私を倒してからにするんだね!!」
カルルが手に持つ錫杖を回転させた後、私達に突き付ける。
そっか。この場所に連れてきたのは、街の中で争う事になった場合、被害が出てしまうからなんだわ……
「この先に遺跡のような場所があって、リキュアと両親はそこで儀式を行っている。私と全力で戦ってでも進むか、諦めて引き返すか、好きな方を選んだりしていいよ!」
威圧されてしまう。この先に進むのをためらってしまう。
そう思うのはルミルも同じだったようで……
「ね、ねぇ、コイツってめっちゃ強いんでしょ? 戦うのはヤバくない……?」
確かにカルルは強い。確実に私達よりも格上だ。……けど!
「ルミル、もしも私が戦う事を選んだら、ルミルは一緒に戦ってくれる?」
「ええ!? 本気なの!? まぁアリシアが戦うならあたしも当然やるけどさぁ……」
マスターも無言で頷いてくれた。私のやりたいようにやってみろと、そう言ってくれている!
「カルルの推定戦力は60万前後。けどさ、私とルミルだって二人合わせれば60万を超えるじゃない? 絶対に勝てないってレベルじゃないと思うのよね!」
「はぁ~……まぁ勝算が無い訳じゃ無いし、やりますか!!」
私もルミルも、武器を構えてカルルと対峙する。そんな状況にカルルはフッと笑っていた。
「へぇ、私とやり合うんだ。同じガチャ娘とやるのは初めてだったりするなぁ」
そう言って、私達に向けた錫杖を体の横に持っていく。そしてそのまま腰を少し落として私達を見据えていた。
これがカルルの戦闘態勢であり、敵と対峙したときの構えなんだ……
「ガチャ娘同士の戦いってさ、絶対に死ななかったりするんでしょ? だったらさ、手加減しないから!」
その瞬間、凄まじい殺気に背中にゾクリと寒気が走る。
【プラクティスモードが設定されました】
今まさに、下手な魔物なんかよりもよっぽど強大な相手を前に、私達は死線に足を踏み入れた気分を体感しているのだった……




