「分からない。けど試す価値はあると思う」
「特効薬の開発は進んでいるのかしら……。あとどれだけ待てば完成するのかしら……」
「それは信じて待つしかないだろう。俺も定期的に診療所へ寄る事にするよ」
リアは自分の病気の事を話しているんだとすぐに分かりました。でも自分の病気で両親がこんなに悩んでいるだなんて知らなかったんです。
「ああ、どうしてあの子がこんな事! 一体あの子が何をしたって言うの!」
「よしなさい。リアが起きてしまうだろう……」
「もうどれだけ時間が残されているか分からないのよ!? あぁ……可哀そうなリア。うああぁ……」
その時リアは初めて自分の病気が治らないものだと知りました。そしてその事で両親が悩んでいる事も。
そしてその日からリアは『死』について考えるようになったのです。
お母さんはリアを可哀そうだと言いました。しかしそれと同じように、リアは両親が可哀そうだと思っていました。
死とは何も考えられなくなる事。だとしたら、死んでいく自分は何も考えなくてもいい。けど両親はそうじゃない。自分が死んだ後もその悲しみに悩み続ける事になる……
リアとって死とは、自分よりも残された者の方が可哀そうという認識になっていました。
そんなある日、両親はとある決断をします。
「ねぇお母さん、今日はお父さんの仕事はお休みでしょ? どうして家にいないの?」
「お父さんはね、急なお仕事ができたから出かけたのよ。だからリアは今日もお母さんと一緒にいましょうね」
この時、お父さんはギルドへ行っていました。
そう、両親の決断とは、ガチャ娘にリアの病気を治してもらうという事だったんです。
人の医学で治せない病気でも、ガチャ娘という特異な存在なら治せるかもしれない。そう考えたのでしょう。ですがご存じの通り、ガチャ娘に人の病気は決して治せません。治せるのは、同じ体質のガチャ娘だけなんです。
体が魔力で構成されているガチャ娘に、別のガチャ娘が魔力を与えて傷を埋めるという事は可能です。ガチャ娘専用アイテムの回復薬も同じ理屈ですよね。だからこそ、ガチャ娘が人間を癒す事なんてできません。
ガチャ娘がガチャ娘しか治せないように、人間は人間にしか治せないんです……
結局お父さんが戻ってきたのは夜になってからでした。
初回のガチャは引き直し可能との事。きっとお父さんは、呼び出したガチャ娘にリアの病気の事を説明したはずです。
ですがきっとガチャ娘達は、「人を治す事はできない」と断った事でしょう。そうしたらまた引き直しを選択して、また呼び出したガチャ娘に一から説明をする。その繰り返しを永遠夜までやったはずです……
何度も何度も娘のために、寡黙だったお父さんは朝から晩まで説明を続けて、助けを求めたはずなんです……
夜になって戻ってきたお父さんは、声がもう掠れていました。ですがなんと、一人のガチャ娘を連れて来る事に成功していました。
お父さんの後ろから家に入ってきたのは、頭に動物の骨を帽子のように被り、まるで服がない時代から呼ばれたかのような原始的なファッションをした少女でした。
――そう、それがカルルだったんです。
カルルは説明を受けた時にこう言ったそうです。
「私達ガチャ娘に人間を治す事はできないよ。けど、ありとあらゆる方法を試しまくって、うまくいく結果を探してやる事くらいはできたりするね」
それが今日一日を費やし一番希望が持てる言葉だった事と、いくら引き直し可能とはいえ夜の間放置する事はためらわれた事、それらが重なってお父さんはカルルに全てを託しました。
そうして、リアはその日からカルルと多くの時間を過ごすことになったんです。
「今日からリアの看病は私がやるからね! ま、新しい病院の先生だと思ってなんでも言ったりなんかしてよ」
「う、うん……よろしくね?」
最初は戸惑っていたリアも、気さくなカルルとはすぐ仲良くなりました。
そんなカルルは当初の言葉通り、自分にできるありとあらゆる手段を試しました。それこそお金を出さないと診断してくれない医者以上にリアと向き合ったんです。
ですがやはり、リアの治療は一筋縄ではいきませんでした。そこでカルルは時間を作ってはギルドのクエストを受け、自分の育成素材を自分で調達し始めます。
自分のステータスを上げ、魔力を扱えるようになり、リアに有効なスキルを生み出しては治療に組み込もうとしたんです。
それはもう、来る日も来る日も色々な試みの連続でした。それでもリアの嫌がる事は何一つしなかったため、リア本人もカルルの試みには素直に従っていました。
「今日の治療はいつもと一味違かったりなんかするよ~! それじゃあ始めるからね!」
「うん。よろしくお願いします。カルルの事、信じてるからねっ!」
「まったく可愛い奴め♪ それじゃあ最初に、スキル『ディフェンドアップ!』」
「それ、防御力? 忍耐力? が上がるスキルだよね? カルルが最初から覚えてるやつだからもう試し終えたじゃない」
「まだまだこれからだったりするのさ! さらにスキル『バイタリティアップ!』」
「おお~!? なんだか元気が出て来たよ。思いっきりお外を走り回りたい気分!」
「それは体力やスタミナを上昇させる効果があったりする! そしてスキル『レジスターアップ!』」
「こ、今度はなんだか息切れが無くなったよ!? 咳も出ない!」
「こいつは抵抗力を上げる効果だったりするのさ! まだまだいくぜぇ~。スキル『ナチュラルヒーリング!』」
「ふわ~!? ……って、これは何か変わった気がしないけど、どんな効果なの?」
「これは自然治癒を高めるスキルだったりするのさ。回復力を高めたりするぞ!」
ただ、この自然治癒はガチャ娘専用で、魔力の自動修復を活性化させるというものだから人間には効きません。それでも一応重ねておこうというカルルの試みだったのでしょう。
「さぁ、色んな効果が効いている間にいつもの薬を飲もう。きっと効果が高いはずだ!」
「は~い!」
リアは言われた通りに薬を飲み干しましたが、いつもとさほど変わりませんでした。
「う~ん、今は特になんともないかな?」
「そっか……。でもその状態でしばらく様子を見たりしよう。明日には良くなっているかもしれないし」
しかし結局、それらの行為が実る事は無く、リアの病状は次第に悪化していきました。
「どうなっているの!? リアの容体は悪くなる一方じゃない! 一体何のためにあなたを召喚したと思っているの!!」
「……」
これに対してお母さんは次第に怒るようになっていきます。リアの前でもカルルをしかりつける場面もあったくらいです。
カルルはお母さんの怒りを受け止めるように黙っていて、その後は優しくリアに本を読んでくれたりしました。
けどリアは悲しかった。リアはみんなが大好きなんです。
いつもリアを想ってくれるお母さんも、寡黙だけど必死にリアのために働いてくれるお父さんも、そしてもちろんいつも優しいカルルも大好きなんです。
リアは死んでもただ意識がなくなるだけ。楽しいとかつまらないとか、みんなに会いたいとか悲しいとか、暗いとか辛いとか、そういうのが無くなるだけなんです。それよりもリアを心配してくれる皆の努力が報われない方がよっぽど可哀そう……
リアはただ、大好きなみんなが笑顔でいてくれるだけでいいのに……
それ以外は何も望んでいないのに……
「……一つだけ、まだ試していない事があったりなんかするよ」
カルルがそう言いました。そしてカルルは、ある一つの思い切った試みの説明を始めます。
その内容とは、『リアの魂を別の肉体に移す』というものでした。
「そ、そんな事が出来るものなの……?」
そうお母さんが困惑した様子で聞きました。
「分からない。けど試す価値はあると思う」
「それはカルル、あなたが行うの?」
それに対してカルルは首を横に振ります。
「いや、私の魔力はすでにリアの……というか他者の心身を強化するスキルですでに構成されている。だからもう一人、魔力を扱うのがうまいガチャ娘を呼んで一から魔力を組み立てる必要がある。幸い、私が今までギルドで稼いできたポイントでガチャチケットはいくつか交換できるから、この試みを試すかどうかはあなた達次第だったりなんかするよ……」
カルルの話は両親にとって空想そのものでした。ですが、もはや藁にもすがる思いでその試みに最後の希望を託すことにしたんです。
リアも、それがうまくいく事で皆が笑顔になれるのなら、と全く反対しませんでした。
そして溜めていたギルドポイントを使い、再びガチャ娘を選定する作業が行われます。魔力を操作するのに長けた者で、なおかつこの試みに協力してくれる者。
自分の魔力とスキル、さらには自分の体さえもたった一人の少女のためだけに差し出す者を呼び続けました。
そしてついに、その協力者が現れたのです。
それがリキュア……私でした。




