「自分たちの戦力に応じて先に進む人もいれば、逆に戻ってくる人もいる。それが冒険者なんだと思います」
「マスター分かっているわよね? 絶対に無理しちゃダメよ? 人間の代わりに魔物と戦うのがガチャ娘の役目なんだからね!」
そうなの? その辺の事情は知らないけど。
ともあれ僕たちはハジメノ街をグルグル回るように歩いている。そうしてしばらく移動すると、野犬のような魔物が一匹でいるのを発見した。
アレだ。僕が最初にこの世界に来た時に殺された相手だ。ヘルハウンドって魔物だったんだな。
「よし、クエスト指定の魔物ですね。まずはあいつを確実に狩りましょう!」
僕たちは二手に分かれて、まずは僕がヘルハウンドへと近づいていく。そしてあらかじめ見つけておいた石を全力で投げた!
「ギャン!?」
ヘルハウンドは驚きながら僕を見る。そして怒りながら一気に飛びかかってきた!
それに対して僕は丸腰だ。だから、使える物があればなんでも使う!
「そりゃあ!!」
接近してきたヘルハウンドに握っていた砂を全力で投げる! すると狙い通り砂が目に入ったようで苦しみ始めた。
「今です!」
「了~解! スキル韋駄天!!」
控えていたアリシアが魔物に突撃を開始した! スキルを使用しているのでとても速い。
……いや、速いのか?
……多分速い、と思う……
正直よくわからない。元のステータスが低すぎて素早さアップのスキルを使用しても速くなったのか全然分からなかった……
まぁ少なくとも、僕よりは速いような気はする。恐らくだけどね……
「やぁ~!!」
ドスンと魔物の腹にパンチを叩き込む。元々少し大きな犬くらいの大きさなので、ヘルハウンドは吹っ飛んで悶絶していた。
「よっしゃ~畳みかけるぞ~!」
地面に転がったヘルハウンドに僕も突撃して、二人でリンチを開始する。絵面は悪いけど魔物だからね。仕方ないね……
そうして僕たちはなんとか魔物を一匹倒すことができた。
腕輪から画面を出して確認すると、ちゃんとクエスト内容からあと九匹の討伐とカウントされており、凄く便利だなぁと感じる。
「……? あの、アリシアさん?」
「どうしたの? マスター」
「魔物って倒したら消えていって、経験値とお金が残るんじゃないんですか?」
「何その心霊現象!? 魔物ってただの動物だからね! ガチャ娘みたいな魔力で作られた存在じゃないからね!」
情報量が多いなぁ。何? ガチャ娘って魔力で作られてるの? そんで魔物ってこの世界の動物なの?
「それってただの駆除対象の動物って意味ですか?」
「そうよ。ほっといたらガンガン人間が襲われるもの。マスターって本当に別の世界から来た異世界人みたいね。あとでちゃんと召喚士様と魔物のお話を聞かせてあげるわ」
お願いします。とりあえず今はクエスト達成を目指さなくてはいけない。
「それとマスター。倒した魔物はバラして売ればお金になるわよ? クエストで討伐する魔物全部を売ったら宿代にならないかしら? どのくらいの値段で売れるのかは知らないけど」
なるほど。そんな方法は全然考えていなかったな。それでお金が入るのなら売るべきだろう。
考えてみりゃそうだよな。駆除対象をやっつけて、死体をそのまま放置なんてもったいない。食べられるのなら食料として確保するべきなのだろう。この世界の人たちだって、魔物に脅かされて生産とか厳しいのかもしれないし。
「ですが、僕たち刃物を持ってませんよね? どうやって捌くんですか?」
「街に解体屋があるはずだからそこまで運ぶしかないわね。当然売ったお金の何割かは持っていかれるけど」
ふむふむ。まぁ仕方ないだろう。ではクエストで魔物を狩って、それを解体屋へ運んでお金に変える。今日はこれを繰り返す事になりそうだ……
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こうして僕たちは討伐クエストの魔物を狩り続けた。そして、夕方になる頃にようやく全てのクエストをクリアすることに成功し、ギルドの前でへたり込んでいた。
「終わった~~!!」
「お疲れ様、アリシアさん」
僕たちはクエストクリアの報酬として、SR、R、Nそれぞれの経験値素材を五個手に入れた。経験値素材はそのレアリティの子しか使えない。つまり、アリシアにはN経験値素材しか使う事ができないので、アリシアのレベルを1から6まで上げて、残りのアイテムはSRとRの経験値素材だけとなった。
ちなみに、討伐した魔物を捌いて売り払った結果、お金が5000インまで貯まった。……50匹売って5000インにしかならなかったとも言うが……。いや、実際こんなものかもしれない。
「これがマスターの言う最も効率が良い育成だったの? 私にはよく分からなかったわね」
そう言うアリシアに僕は首を振る。
「違いますよ。むしろ本番はここからです」
「へ?」
「今から余った育成素材でトレードをします。アリシアさんは笑顔でお客さんを迎えてください。絶対に怒った表情とかしないでくださいね? あとは僕に合わせて、適当に客を整列させておいてくれればいいです」
「ええ~!? なんだかよく分からないけど分かったわ!」
謎の返事をするアリシアはひとまず置いといて、僕はイメージする。
今までの僕は優しいお兄さんだった。けど今からは商売上手な行商人。切り替えろ! 声優志望ならこれくらい演じ分けてみせろ!
「さぁさぁ寄ってらっしゃ見てらっしゃい! 冒険者ならきっと得する物々交換の時間だよぉ~!」
僕が声を張り上げると、道行く冒険者は何事かと立ち止まった。
「おっ? そこのカッコいい冒険者さん、見ていってくださいよ。お連れの美人なガチャ娘さんを強化できるおいしいトレードがあるんですよ~。あ、そっちの超イカした装備のあなたもどうですか? 絶対に損はしないおいしい話ですからね」
僕の勧誘に少しずつ人が集まってくる。
「なんとなんと、実はみなさんにこちらのアイテムをトレードしていただきたいのでございます。そのアイテムとは~、こちら、SR経験値素材で~す!」
経験値素材は少し大きめなメダルのような代物だ。それを取り出しお客に見せつけるとザワッと一同が騒めき立つ。
「え!? SR経験値素材!? 普通に欲しいぜ」
「自分のガチャ娘に使わないのか?」
「何とトレードしてくれるんだ?」
そんなお客さんの予想以上の反応に心の中でガッツポーズを取る。
「実はわたくし、初回の引き直しガチャで間違えてNを選択してしまいまして、それ以外の経験値素材はいらないのであります。ですから、皆様の中にN経験値素材が余っている人がいるのならトレードをしてほしい次第でございますよ~。どうか、最弱レアリティを選んでしまったわたくしめにご慈悲を~」
チラッとアリシアを見ると、約束通り笑顔を絶やさずにいてくれた。
……かなり笑顔が引きつっているようにも見えるけど。
「N経験値なんて余りまくってるぜ! 兄ちゃん俺とトレードしようぜ!」
「ずりぃぞ! 俺だって余ってるんだ。俺はN経験値二つ出すぜ!」
「なにぃ~! なら俺は三つだ!」
「こっちは四つでもいいぞ!!」
経験値素材欲しさにみんなは身を乗り出してせがんでくる。そんな客をアリシアは必死に抑えながら横一列に並ばせようと努力していた。
「はいはい落ち着いてください。それでN経験値を一番多く出してくれた人とトレードすることにしましょうかね。他に多く出してくれる人はおりませんか?」
僕のSR経験値一つに対し、客の出すN経験値の数はドンドン上がっていく。そうして最終的には十個という数でトレードが成立した。
客の中には非常に悔しがる人もいるので、その熱気が冷めないうちに畳みかける!
「はいはいみなさん、まだ経験値素材はありますからご心配なく! お次はNスキル上げの書と交換を希望したいのですが、出せる方はおりますでしょうか?」
スキル上げの書も、それぞれSR、R、Nと各レアリティごとに分かれている。
「スキル書も余ってるぜ! 2つと交換でどうだ?」
「ならこっちは3つ出すぞ」
レアリティによって素材が分けられ、ここまで分かりやすく各種のレアリティを同時に育成する事が求められる環境でありながら、誰もがノーマルの素材を持て余している。これは憶測だけど、この世界ではもはやSRを育成する事自体が一つの身分となっているらしい。
僕が引き直しでアリシアを決定した時、周りの反応はかなり冷たいものだった。陰で愚かだと囁かれ、遠くからゴミを見るような目で射抜かれた。
僕はこれまでソーシャルゲームという娯楽に興じてガチャやその育成を繰り返してきたけれど、この世界ではそう言ったゲームは存在せず、単純にレアリティが高く、価値が高そうなキャラは強いだろうという初心者的な先入観によりノーマルは使われなかったのではないだろうか。
もしかしたら一部の廃課金が先陣を切ってSRを引き続け、自慢をしたことが発端かもしれない。このシステム、ガチャも育成もお金を掛ければ強くなれるのはゲームと同じっぽいのだから。
「それでは今回のトレードはここまでとなります。皆様、今日はどうもありがとうございました~」
僕の挨拶で冒険者たちは散り散りになっていく。そうして今回のトレードは終了した。
これにより手に入った素材は――
ランク2の武器防具。
スキル上げの書×5
経験値素材が10個と9個でトレードできた他、R素材も一対一で交換できたので計24個。
さらに……
「はいこれ、レアリティを上げる進化の宝玉。運よく持ってる人がいて助かりましたよ」
「これ、ギルドで私が欲しがってたからきにしてくれていたの……?」
そう、今のところギルドポイントと交換するしかなかった進化の宝玉を持っている人がいて、運よく手に入れる事ができたのだ。
「あ、ありがとう! マスターって本当に優しいのね!」
「たまたま持っていた人がいてラッキーだっただけですよ」
そう言っても、アリシアはその宝玉を嬉しそうに掲げてのぞき込んだりしていた。
「でも、これをトレードしてくれた人はどうやって入手したのかしら?」
「そうですね……恐らく、別の街から来た冒険者もいるのではないですか? 別の街ではその場特有のクエストだってあるでしょうから。そしてこの街はまだ魔物が弱いらしいです。自分たちの戦力に応じて先に進む人もいれば、逆に戻ってくる人もいる。それが冒険者なんだと思います」
そっか、とアリシアの表情が険しくなる。そう、ここはまだ難易度の低い場所で、僕は育成効率が良い場所があるならそこへ向かおうと思っている。
「アリシアさん。僕たちは先へ進みますよ。最強を目指すのならここで止まる訳にはいかないので」
「う、うん! もちろん私はマスターについていくわ。どこまでもね!」
そうして、僕たちの始まりの一日が更けていくのだった。