「ハエって相手の動きがスローモーションに見えるって聞いたことがあります」
「次は電光虫の討伐です。訓練がなかなかスムーズに進んでいるので、これも今から試してみましょう!」
確かに、私もルミルもまだまだ元気だ。この調子なら、たった一日で訓練が終わるかもしれない。
「あ、都合よく現れましたね。こちらに引きつけますよ!」
マスターが自分の槍を鎧に叩きつけて音を鳴らした。カンカンと甲高い音が響き渡ると、上空から無数の物体がこちらへ寄ってきた。
少し大きめのボールに羽が生えているような虫で、ハエを巨大化させたようなフォルムだった。
その目は大きなレンズに覆われているような赤色で、黒い体と対比している事で鮮明に見える。
こちらに近付いてくる際に、瞬発的に左側へ動きその直後に下降をする。今度は右側へギュインと動き、その後に下降するといった、まさにカミナリのような奇抜な動きを見せていた。
私達の上空5メートルほどで停止してこちらの様子を伺っているけど、不快になる羽音はここまで響いているため早く討伐したいと言う焦りが生じてしまう。
「あの動きを見ましたか? まさに電光石火の如く変幻自在な動きが名前の由来らしく、この辺では攻撃を当てるのが非常に難しい魔物として有名です。二人にはあの電光虫に攻撃を当てられるようになってもらいますよ」
確かに動きがキモイくらいに速いけど、そんなに難しい事なのかしら? ルミルは素早い敵が苦手だから難しいかもしれないけど、私なら対応できる。だからここは私が頑張らないと!
「ここは私の出番ね。ルミルはああいう相手は苦手でしょ? マスターを守ってあげて!」
「了解! ああいうすばしっこいのはアリシアにお任せね!」
とりあえず魔物は空中に浮かんでいるから、降りて来たところを狙うしかない。
すると五匹いるうちの一匹が左右に揺れながら降下してきた。
「スキル『韋駄天!』」
私の攻撃が届く高さまで降りた所で、全力で地面を蹴って跳び上がる。そしてそのまま電光虫を攻撃してみた。
しかし電光虫は宙返りをするような奇抜な動きで私の刀をヒラリと躱してしまった。
「アリシア最速の一撃が避けられた!? どうしようご主人!」
「……ハエって相手の動きがスローモーションに見えるって聞いたことがあります。あの魔物もそれに近い能力があるのかも……」
私の攻撃を躱した一匹は、また空高く飛翔する。瞬時に反撃をしてこないのは助かるけど、これじゃあ倒す見込みが無さすぎる……
それでもとにかくやるしかない。それからも私は電光虫が降りてくるタイミングで何度も攻撃を仕掛けてみるけど、一向に攻撃は当てられなかった……
「電光虫は相手の動きやスピードを見計らい、攻めてくる機会を伺うそうです。何度も攻撃を外すとこちらの戦力を把握して攻めてきますよ!」
マスターの言う通り、今まで単体で下降していた電光虫が五匹一斉に攻めてきた。
私の所に三匹。ルミルとマスターの所に二匹!
「こうなったらあたしもやるしかないか。『震魂!!』」
震魂はルミル自身の身体能力を大幅に向上される技。それがうまく通じればいいのだけど……
マスターを守るルミルの元に迫ってくる電光虫に、ルミルが渾身の一撃を振りぬいた! しかし、風を切る音が鳴るだけで攻撃は当たらない……
やっぱりルミルに素早い敵は無理だわ。私がなんとかしないと……
幸いな事にルミルのスイングが凄かったのか、二匹の電光虫は再び空中に避難する。一応マスターが危険という状況ではないけれど、このままじゃ本当に体力ばかり消耗しちゃうわね……
「マスター、何か攻略とかないの!?」
「……攻略はありませんが、最終手段ならありますよ」
おお!? さすがマスター! それでその最終手段って何かしら?
「いざとなったら、アリシアさんが皆を抱えて全力で逃げるんです!!」
「それ手段っていうか決断じゃない? 逃げるのをカッコよく言い変えただけでしょ。プライド高い人か!!」
ルミルがツッコんでくれてるけど、実際そうするしかなくなるのも確かなのよね……
でも、逃げればいいって思うとなんだか焦りだけは無くなったような気がした。だって決して逃げちゃダメな戦いって訳じゃないんだもの。これは訓練なんだから、思いっきり色んな戦法を試して、ダメなら逃げちゃえばいいんだわ!
「二人共動かないで。もう少し私が仕掛けてみるから!」
そう言ってから私は足を広げて腰を落とす。その状態から全力で地面を蹴った!
――無限刃!
私のスピードを最大限に活かした超高速の殲滅技! それでも今回の魔物は空中を自在に漂う飛行体。飛び跳ねてばかりでは連続攻撃のしようが無い。
だから、かき乱す! 周囲を駆け回り、魔物の意識を乱し、強引にでも隙を作る!
私は降下してきた電光虫たちの周りを高速で周回する。そして、マスターの方に近づく一匹に狙いを定め、思い切り飛び掛かった!
それでも私の攻撃は避けられる。まるで宙に舞う綿毛を斬ろうとしても、風圧でフワリとひるがえるように当たらない。
もうこればかりはどうしようもないのかもしれない。これまで、『なんとなくこうすればうまく行く気がする』という直感に頼ってきた場面もあったけど、今はそれすら働かない。
今の私じゃこの魔物を倒すだけの技術が足りないんだわ……
そう諦めかけた時だった。
「アリシアさん、上です!!」
マスターが魔物の攻撃を知らせてくれるような叫び声が聞こえた。
分かってる。うん。魔物の気配で襲ってくるのは分かっているのよ。だから避ける事自体はなんの問題も無い。けど攻撃が当たらないんじゃなんの解決にも――。
そう思いながら迫りくる電光虫に目を向けると、なぜか私の直感が訴えてきた。
刀を振れ、と。そうすれば両断できるはずだ、と。
意味が分からない。なぜ突然攻撃が当たると感じるのか、その理由も分からない。
分かるのは、ただ刀を振り下ろせばいいという事だけ。しかも、魔物の左横を縦に斬るという明確なイメージ。
なぜ魔物の真横の、何もない空間に刀を振り下ろせば魔物が倒せるのか、その理由も分からなかった。
それでも、私はそれに従った。その直感に従わざるを得なかった。
私に向かって鋭い牙を向ける電光虫を引き付けて、その魔物の隣に刃を振り下ろした!
するとその瞬間、強い風が横から流れ込み電光虫が左に流される。慌てたであろう電光虫は急浮上をしようとするが、真上からは私が振り下ろした刃で逃げ道は無く、見事に真っ二つに両断出来てしまった。
「……え? アリシアさんの攻撃が当たった……?」
「流石アリシア。頼りになるぅ~♪」
マスターが驚き、ルミルは喜んでいる。しかし私自身、なぜ攻撃が当たったのか理解できていなかった。
だってそうでしょ? いくら風の鎧を装備しているとはいえ、これから吹いてくる風を予測するなんて事は当然出来ない。
私の討伐に他の四匹の電光虫は一旦空中に退避した。だから私はその間に、さっき風が流れ込んで来た場所に手をかざしてみる。すると、そこには右から左へ、絶え間なく風が吹き抜けていた。しかもかなり強い突風と呼べる風が。
こんな強い風が流れているなんて攻撃の瞬間まで気付かなかった。
何かがおかしい。何か私の理解していない現象が起きている。そう感じた私は、魔物が襲ってこないうちに周囲を動き回って状況を確認してみた。
すると私の周り……いや、この周辺におかしな風が流れている事に気が付いた。
私の正面には右から左へ流れる突風が吹いている。しかし前に進み、その風を抜けると今度は逆に左から右へ風が流れていた。
さらにその気流を抜けると今度は正面からの風が吹きつけてきて、後ろの気流と合流している。
意味が分からない。こんな局所的な風がランダムに吹き抜けていた。
分かるのは、これは自然に発生した風じゃないって事。なんらかの力が作用して生まれた、人為的な風なんだわ!
だとしたら、一体何が原因で生まれた? なぜ私は、本能的にこの風を利用して魔物を斬るイメージが沸いた?
その答えは……私自身にあるのかもしれない!
さっき私は無限刃で周囲を動き回った。そしてその軌道とこの風の流れが同じ気がする。
だとしたら、この風を生み出したのは私で、だからこそ本能的に魔物が流されてしまう場所を知っていた事になる。
例えば無限刃で動き回った所に、私の体から溢れた魔力で風を生み出したとしたら……?
さっきのトビヘビとの経験で風を利用する方法を知り、体内の魔力がそれに順応し始めているとしたら……?
この風は私が新しい力なんだわ!
だとしたら、この風は私のものだ! 操れ、この風を! 操れ、この風に含まれている私の魔力を!!
そこにまたしても電光虫が一匹降下してきた。私は両手を使って、しどろもどろに魔力を操作しようと動かしてみる。
集中した今なら分かる。この一帯に吹きすさぶ風の流れが。
全ての風が私と繋がっていて、まるで一本の道のように続いている。まるで一筆書きで描いた一本の曲線のようだった。
この魔物がそこから降下したのなら、その下に流れる風に巻き込まれて流されるはず。私はそこを狙えばいい!
直感が確固たる確信に変わり、私は走り出す。そうして魔物が突風に入り込み、思惑通りに流されて自由が利かなくなった所に刀を振り下ろした!
――斬っ!!
またしてもその一匹を真っ二つに両断する事に成功した。
「すごい! また攻撃が当たりましたよ!」
「何が起きてるんだろう。あたし達からは魔物がアリシアに吸い寄せられているようにしか見えないけど……」
そう、私以外はこの風の流れは見えないし読めない。私だけの風のトラップだ。
すると残り三匹の電光虫が一斉に攻めてきた。だけど大丈夫。決してマスターの元にはたどり着かせない!
「一度入り込んだら抜け出せない風の迷宮。私の魔力を使った操作型トラップ。その名も『風迷路!!』」
私は流れる風に乗って走り出す。魔物は風に進路を塞がれ、私は逆にその風に乗る事で速さを増す!
さらに同時に降下してきた三匹の電光虫を風で絡めとるように流れを操作をした。そうして動きが封じられた三匹を順番に切り刻む!
私が地面に足を踏みしめブレーキをかけ、刀を納刀する。その時の、『チンッ』という音と同時に、バラバラになった魔物の残骸が落ちてきた。
空中を自在に飛び回り縦横無尽の動きを見せた魔物だったけど、その能力の全てを封じた瞬間だった。




