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「よく分からないんですが、なんかこの山おかしいです」

「思ったより標高が高い。すみやかに進むわよ!」


 私達は水源の調査のために小川を辿って上流を目指していた。

 この山もまた、村の周りの荒野と似ていて緑がほとんど見当たらない。ゴツゴツとした岩肌がむき出しの緩い勾配こうばいが続いていた。

 そして、そんな山に入ったあたりからチルカの様子がおかしくなった。


「ん? ふぇ!? なに!?」


 突然振り返ったり、しきりにキョロキョロしたりとせわしない。まるで後ろから尾行されている事に怯えている小動物のようだった。


「チルカ、どうしたの?」

「えっと、よく分からないんですが、なんかこの山おかしいです。落ち着かないというか、毛が逆立つと言うか……」


 チルカを見ると、確かにネコミミやモフモフの尻尾が逆立っている。そして何より、チルカ自身が小さく震えていた。


「落ち着いてチルカ。何をそんなに警戒しているの!?」

「わ、分かりません! けどなんか、この山を進む事がすっごく怖いんです……」


 いやいややめてよ。なんでそういうホラーっぽい事言うの!? こっちまで怖くなってくるじゃない!


「それじゃまた手を繋いであげるわ。そうすれば怖くないでしょう?」


 そう言って私はチルカに向かって手を差し出した。けれど……


「うぅ~……いえ、止めておきます。なんだか、手を繋いでいると良くない事が起こりそうな気がするんです。よく分からないけど……」


 またそんな怖い事を言っていた。

 良くない事って何!? 毛が逆立つってなんで!? これじゃあまるで、霊感のある人と一緒に墓地へ来ているみたいじゃない! なんかこう、『ここは出ますね。早めに引き返した方がいいです』みたいなやつ!

 私も段々と怖くなっていると、ケイトがそっと話しかけてきた。


「チルカはこの中で一番探知能力が高いので、もしかすると無意識のうちに魔物の気配を感じ取っているのかもしれません。手を繋がないのもいざって時にすぐ動けるようにだと思います。チルカの武器は伸縮自在の爪。繋いでいる方の手は武器が塞がっているようなものですから」


 な、なるほど。けど魔物の気配を感じているのならどこにいるっていうの?

 見渡す限り岩ばかりだけど、身を隠せそうな巨大なものはそんなにない。空を見上げても鳥のような魔物もいない。地面は硬い岩盤でガッチガチに固められている。

 パッと見た限りでは魔物が潜んでいそうな所なんてどこにもないように思えた。


「これって本当に幽霊とかじゃないわよね?」

「いや、私には幽霊が存在するのかは分かりませんが……。ここは人が立ち入るような場所でもなさそうですし……」


 そんなの分からないでしょ! もしかしたら人知れず自殺の名所かもしれないし!!

 なんて言葉を飲み込んで平静を装う私。リーダーである私が怯える訳にはいかないもの!


「とりあえずケイトは先頭。その後ろに私。チルカは後ろをお願いね。何が起こるか分からないから常に警戒を解かないで!」

「了解しました!」

「は、はい!!」


 そうして私を挟んだ陣形のまま進んでいく。水の流れなくなった小川を確認しながら登っていくと、その原因は案外早く見つかった。岩が崩れたようで、大きな岩石が水の流れをき止めている場所があったのだ。


「これが原因ね。ケイト、あの岩を砕けるかしら?」

「お任せください!」


 ケイトが杖から魔力を放出させると、その閃光は巨大な岩を粉砕した。

 彼女の攻撃力はあのゴーレムさえも複数を同時に破壊する事ができる。このくらいの岩石なら楽勝ね!


「砕いた破片でまた詰まっても困るわ。みんなで出来る限り川の中から除去しましょう」


 そうして私達は塞き止めていた原因をなんとか解決できた。

 これが山の山頂とかじゃなくて本当に良かったわ。原因が崖の上だったらこう簡単にはいかなかった。後は村に帰るだけね。


「あ、あの……リリー様……」


 チルカが震える声で私を呼ぶ。その顔は青ざめていて、恐怖を我慢しているようだった。


「やっぱり、ここは何か変です。さっきの倍、いやそれ以上の魔物に囲まれている感じがするんです!」


 ゾクッと背筋が冷たくなる。周りには依然として何も見えないけれど、チルカの感覚を疑ったりはしない。この子は確かに何かを本能的に感じ取っている!

 こんな事ならもっと探知能力を鍛える訓練をさせておくんだった……。その辺の判断ミスは私の責任……って今はそんな事を考えても仕方がない!


「水の流れは元に戻したわ。今から急いで下山するわよ!!」


 そう言って私達は慌てて登山道に戻ってから下山を開始する。

 しかしその時だった。


「リリー様危ない!!」


 チルカに強く押されて、たまらず地面を転がってしまった。すると――

 ボコボコボコボコ!!

 地面からミミズのような虫が何匹も飛び出してきてチルカに噛みつこうとしていた。けれど私を庇った微妙なズレのせいか、ガチンという歯と歯が鳴るだけで体に喰いつく事は避けられた。


「ワーム!? でもこんな硬い岩盤の下に!?」


 ワームは基本的に草原なんかの草木に隠れて獲物を待ち伏せする。中には砂の中に隠れる種もいるけど、こんな岩石のような硬い地面の中に潜むなんて聞いたこともない。

 そんな人間の腕くらいの太さもあるワームは瞬時にチルカへと巻き付いていた。


「にゃう!?」


 両手首に両足首。さらに首や体に巻き付いてチルカの動きを完全に封じてしまっていた。


「ケイトお願い!」

「分かっています!」


 すぐにケイトの杖から魔力の閃光が放たれる。それはチルカの右手首に巻き付いているワームに直撃して切断された。


「この、このぉ!」


 右手が自由になったチルカが爪を伸ばして残りのワームを攻撃した。斬撃でワームの体を両断しようとするけど、その体には爪のひっかき傷をつける事しかできない。

 このワーム、体がかなり硬い! こんな岩盤の中を掘り進んで巣を作る種だから、必然的に表面が硬くなったというの!?

 それでもチルカが暴れるように爪を振り回すと、残りのワームは地面の中へと逃げて行ってしまった。その場にあるのは無数の穴と、一匹の両断されたワームだけ……

 言葉が出なかった。きっとチルカはこれを怖がっていたんだわ。

 私達よりも深い地面の奥、そこにうごめく大量のむし。その這いずる音や微細な振動をチルカは動物的な五感で感じ取っていた。けれどそれがどこからなのかが分からなくて、ただただ不気味で困惑する事しかできなかったのね……


「い、今のうちに山を下りましょう!」


 千切れたワームが未だにビクンビクンと跳ねている姿がおぞましく、見るだけで吐き気を覚える。それでも一刻も早く行動に移さないと本当にワームのエサになってしまうのは明白だ。

 私たちは再び走り出して山を下り始めた。


「あっ、また下から近付いてきます!」


 チルカが何かを感じ取ってそう伝えてくれる。


「止まらないで! 立ち止まったら喰いつかれるわよ!」


 そうして走る。ただの的にならないためにも走るのが最善だと思ったから。

 ググッ!

 そんな私の足に何かが絡まった! 前に踏み出せないその片足が引っ張られ、私はその場に転んでしまった。見なくても分かる。きっと地面がら出てきたワームが足に引っかかったんだわ。

 しかも私が転倒した周りから大量のワームが飛び出してきて、高い位置から私を見下ろし、一斉に飛び掛かってきた!


「スキル、『防御力上昇!』」


 転んだ私を庇うように、チルカが襲ってくるワームの前に出た。必死に爪を振り回し攻撃を仕掛けるが、その数が多くてチルカの体に噛みついていた。

 左肩を、右わき腹を、そして右の太ももを噛みつかれていた。


「チルカ!?」

「大丈夫……です! むしろ噛みついてくれるなら反撃できます!」


 チルカは自分に噛みついたワームに爪を突き刺す。すると爪は貫通して、ワームからは紫色の液体が飛び散った。


「ライトニングシュート!!」


 さらにケイトの魔力が他のワームを両断する。

 ピギャ―――!!

 甲高く、不快になる奇声を上げてワームが地面に転がる。それでも私達の周りからは次々とワームが這い出ていた。


「チルカ、今回復させるわ!」


 私はアイテムから回復薬を取り出し、チルカに使うように念じる。すると回復薬は消え、チルカの傷は瞬時に直った。


「ありがとうございます。リリー様!」

「リリーティア様、ワームの数が多くて危険です。壁に背を付けてください!」


 ケイトに言われた通り、私は壁に密着する。こうすれば少なくとも後ろからいきなり襲われるという事はないからだろう。


「リリー様は、チルカが必ず守ります!!」


 そして私の前にはチルカが立ち、ケイトは広い所で魔力を放出して近くのワームを狙っていた。

 マズいわ。ケイトは優秀だけど遠距離攻撃型だから地面から出現するこのワームとは相性が悪すぎる。このままじゃワームの数におされて全滅する!

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