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「今私の顔はどうなっているのかしら?」

「さぁ、今日もクエストをこなして頑張るわよ!」


 次の日の朝、私とケイト。そして新入りのチルカはクエストを請け負うためにギルドへ向かっていた。


「チルカも頑張ります! って、おっとっと……」


 チルカがでっぱりに躓いてよろめいた。

 ここロック村はゴツゴツとした岩ばかりの荒野に作られた村。当然地面もボコボコしていて躓く事だって少なくない。


「ほらチルカ。危ないから手を繋ぎましょう」


 私が手を差し出すと、チルカのネコミミがピーンと真上に立ち上がった。そして手を握るのではなく、腕そのものにしがみ付いて来た。


「はい、ありがとうございます! えへへ、リリー様は優しいから大好きです♪」


 ズキューーーン!

 私の心が打ち抜かれた気がした。

 か、可愛い! この子ちょっと可愛すぎないかしら? こんな無邪気に好意をぶつけてくるのは反則でしょう!?


「まったく。足元を確認しながら歩くのよ。あなたは私の護衛なんだから……」


 私は平静を装ってそう答える。そう、私の中では未だにプライドやら主人としての威厳やらで、キリっとした態度を取らなくてはいけないという謎のプライドを保とうとしていた。

 それにこの子はガチャ娘だ。ガチャ娘は人間とは根本的に体の作りが異なっていて、年齢や外見なんてまるで当てにならない。寿命なんてものはほぼ無いし、何年経っても外見だって変わらない。つまり、いくら幼く見えてもそれはそういう風に魔力で作られただけの話。子供かどうかなんて考えるだけ無意味なのだ。


「リリー様、リリー様!」

「どうしたのかしらチルカ」

「すみません、呼んでみただけです。だってリリー様はチルカの初めてのご主人様なんですもん♪」


 ズッキューーーーーン!!

 私の心は完全に打ち抜かれていた。

 うわあああ可愛いよおおお……。もうガチャ娘とか体の作りとか関係ない! こんなの可愛いに決まってるじゃない!!

 ピコピコ動くネコミミ。テンションと同期して動く尻尾。私だけに向けられる満面の笑み。私の腕にしがみ付く事で伝わってくる愛情。プニプニの頬っぺで擦られる頬ずり。

 もう何もかもが可愛すぎて身も心も蕩けてしまいそうだった。


「ケイト、今私の顔はどうなっているのかしら?」

「……はい。ニヤケ顔を堪えようと必死になっているのが分かります。……ヤバいです」


 ですよねー……

 正直、チルカの可愛さに頭を撫でてあげたくなるけど、それをしてしまうともう歯止めが効かなくなって甘やかしてしまいそうだから絶対に我慢しないと……


「あっ……」


 その瞬間だった。チルカが躓いて転びかける。

 私の腕を離して、自分だけ地面に転がるよう気を使っていた。


「危ないっ!!」


 それに瞬時に理解して行動に出たのはケイトだ。地面に倒れるギリギリでチルカの体を支えて転倒を防いでいた。


「まったく……足元を確認しながら歩くように言われたばかでしょうに。それでも、リリーティア様を巻き込まないように腕を離したことは評価に値しますね」


 そう言って、ケイトはチルカをゆっくりと起こしてあげていた。


「あ、ありがとうございますケイト様。SRって怖いイメージがあったんですけど、ケイト様は今まで会ったSRの中で一番優しくて、お姉ちゃんみたいですね。えへへ……」


 その時私は見た。ケイトに衝撃が走り、チルカに心を奪われるその瞬間を……


「リリーティア様、今私の顔はどうなっていましたか?」

「すっごい温かい笑みを浮かべた後に、慌てていつもの無表情に戻そうとしていたわよ。私あなたのそんな表情なんて見た事なかったわ」

「……そうでしたか。これからはリリーティア様にも微笑み返すよう努力します……」


 いや、それは別にいいんだけど……

 とにかく、ケイトもチルカの愛らしさに骨抜きにされつつあるという事がわかった。

 そう、これはかなり大ごとね。これまでケイトと二人で冒険者をやってきたけど、チルカの加入でこれまでの価値感が全て破壊されそうな気がするわ……

 これからの目標。

 日々の楽しみ。

 私達の価値基準。

 序列による優先順位。

 その他諸々……

 何から何まで、その一切が変わってしまいそうな予感がする。それが良い事なのか、悪い事なのかも分からないまま……

 それでも今の私達にできる事は、チルカに戦い方を覚えてもらい戦力を上げる事だけ。今日もまたケイトに教官を務めてもらい、魔物の討伐も兼ねて実戦で訓練をした。

 そんな戦いの中では、あの愛らしいチルカも真剣な表情で自分を必死に磨こうとしていた。

 ジンの言われた通りにするのは少ししゃくだけど、確かにノーマルとはいえ育成する価値は十分にある。彼の使っていたガチャ娘を見れば実績としては十分だし、チルカを見ていても私の役に立とうと頑張っているのは一目で分かった。

 この子は必ず伸びる。私は確信に近い何かを感じながら、二人の訓練を見守っていた。

 今日も日が暮れるまでチルカの訓練を行い、そろそろ村に帰ろうかという時間帯。


「少しずつ戦い方が様になってきたわね。今日はもう帰りましょう」


 そう言って切り上げる事にした。

 チルカの武器はとりあえず爪を装備させている。なんとなく猫にふさわしいからと言う理由なのだけれど、案外適正なのかもしれない。


「おい、水の流れが止まってるぞ。どうなってんだ?」

「もしかして上流で何かあったんじゃないか?」


 村に戻ると村人がざわついていた。

 この村は荒野に作られた村だけど、綺麗な泉の周りに家を建てる事で水を確保している。それは近くの山から流れている小川があって、それが溜まっているものだった。

 村の中を通っているその小川は、村人の言う通りほとんど流れが止まっていた。


「数日は平気だろうけど、このまま水が流れてこなかったら泉の水も枯れてしまうぞ」

「そうだよなぁ。けどこういうのも、ギルドからクエストとして冒険者が解決してくれるんじゃないか?」


 そんな会話が聞こえてくる。

 村の水不足を補う泉が枯れるのは死活問題。明日はクエストに追加されているか確認する必要があるわね。

 私はそう頭に入れておき、今日の冒険者としての仕事を終えるのだった。


 ――チルカ加入から三日目。


 水が流れなくなった話が気になったので早々にギルドへ出向いてみると、やはりクエストとして追加されていた。ただし、緊急クエストではなく通常のクエストとして。


 流れなくなった水源の調査。

 推奨戦力15万。

 報酬――


 張り出されているクエストを見て考える。推奨戦力が魔物の討伐に比べて少し高いけど、これは恐らく水源に辿り着くまでの道のりが長いからね。近くの山から流れてくるわけだから、当然その山に登らなくてはいけない。魔物との連戦になるかもしれないし、道のりも険しい可能性がある。それを考慮しての数字かしら。

 もしかしたら一日がかりの遠征になるかもしれないし、その山には登った事がないからその場特有の魔物がいるかもしれない。なんだか不気味なクエストね……


「水、昨日から流れてこないままだねぇ……」

「心配だわ。このまま泉が干からびるんじゃないかしら……」


 それでも行くしかない。村人が不安に思うその気持ちを少しでも早く解決してあげたい! 安心させてあげたい! 私は、そのために冒険者となって旅をしているのだから!


「ケイト、チルカ、着いてきなさい。このクエストを請け負って、この村の水を復活させるわ!」


 そうして私はギルドの受付に申告して、水源の調査を請け負った。

 それでもこれは今までにないクエストだ。安全性を上げるために仲間が欲しい。ジンはすでにこの村を去っていったから頼れないから、別の仲間を探さないと!

 そう考えた私だったが、それは今日日きょうび難しい事だった。先日のキングゴーレムで未だ療養中の冒険者はなかなか多くて、活動している者が根本的に少ないからだ。

 それでもギルドへ来た冒険者に話を振ってみるけれど、全ての答えは『行きたくない』の一択だった。

 しかもその理由が――


「そのクエスト割に合わないでしょ。本来なら緊急クエストでガッツリ報酬を支払うべきレベルなのに、通常クエストじゃあやる気も出ないってもんよ。今は泉に溜まっている水があるか緊急性がないみたいだけど、あと数日して本格的な水不足になれば緊急クエストになるんじゃない? 請け負うならその時でしょ?」


 というものだった。

 意味が分からない。人々の不安を取り除くのが冒険者の務めではないの? なぜ報酬が高くなるまで待つ必要がある?

 ならば私が行くしかないでしょう。損得よりも、その行為が人のためになるかどうかよ!


「もちろんお供いたします。リリーティア様!」

「チルカがリリー様を守ります!!」


 そうして、私達はこのクエストをこなすために荒野の山に出向くのだった。

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