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「まだチルカがこの部屋にいるじゃないですか」

「チルカ、遠慮はいらない。攻める時は本気で踏み込んできて」

「わ、分かりました! えやーー!!」


 ケイトのアドバイスに、チルカはよく分からない声を張り上げながら突撃していく。しかしその走りっぷりは、まるで子供がヤケクソになって目を瞑りながら突っ込んでいくような恰好だった……

 空が赤く染まる夕暮れ時、ケイトはチルカの訓練を行っていて、私は近くの岩に腰掛けながらそれを眺めていた。

 ヒョイっとケイトが軽く身をかわすと、突撃を決行したチルカはバランスを崩して地面へとダイブする。しかも二回転ほど転がってから木にぶつかるというポンコツっぷり……

 いや下り坂を転げ落ちる短足の獣じゃないんだから……

 そうツッコミたいのをグッとこらえて二人の訓練を見守っていた。


「チルカ、倒れたらすぐ起きなさい。敵は待ってくれないのだから」

「チルカ、闇雲に突撃するのではなく相手の動きを予測しなさい」

「チルカ、大振りすぎるからもっと速くコンパクトに」


 ケイトは無表情のまま淡々と指摘を繰り返している。厳しい教官という雰囲気ではないけれど、一発腕を振るうごとにああしろ、こうしろと言われるのでは気が滅入るような気もする……

 そう、ケイトはあまり感情的にならない性格だ。言われたことを黙々とこなすタイプで、今は私の指示通り、チルカを淡々と鍛えている。

 怖くはないけど、永遠にダメなポイントを指摘し続けているその姿は冷血に見えなくもない。チルカがケイトを恐れて避けるようにならないか心配ではある……


「……今日はこの辺にしましょうか。もうすっかりと日が暮れてしまったわ」


 私がそう言って今日の訓練は終わりを迎えた。

 チルカは地面に大の字になって目をグルグルと回している。その隙を見て私はケイトにこっそりと聞いてみた。


「チルカはどうかしら? 見込みはありそう?」


 ケイトは私の方を向いて、両手を頭の上まで持って行って丸のポーズ見せる。しかし、その両手が重なり丸の形が繋がろうとする寸前でバツの形になってしまった……

 うっすらとその表情さえも絶望感に溢れている。

 うん。まぁそうよね。ここまで見ててもチルカはただ地面を転がる事しかしてない訳だし……


「チルカ、いつまで寝ているのかしら。もう帰るわよ」

「あ、はい!」


 とりあえず初日だから仕方ないって事にしておきましょう。今日の成果は、ケイトでもフェイントを入れつつ丸かバツのリアクションを取ってくれるのね、という事だった。

「リリーティア様、チルカにはどういった訓練を施し、何を伸ばせばよいのでしょうか……」


 ケイトが私の隣に座ってそう聞いてきた。

 今は宿屋の中にある温泉で汗を流している最中だ。私は体を洗おうと石鹸をこすり、そこへケイトがやってきた。

 ちなみにチルカは湯の中で足をバタつかせて泳いでいる。

 あれだけ訓練で転がったと言うのに元気なものね。


「攻撃もダメ、スピードもダメ。魔力も今のところダメ……こらチルカ。温泉の中で泳がないの!」


 チルカがお湯の中で大人しくなったのを確認してからまたケイトと話す。


「やっぱりステータスで伸びしろがある項目でしょうね。チルカの育成方針は、防御型よ!」


 そう、チルカのステータスで一番高いのが、体力、防御力、次いで探知だ。さらに言えばスキルも自身の防御力アップなので、方向性としては防御型で間違いないはず!

 ……ただ、あの小さな体にそれだけの体力があるのかは甚だ疑問で、子供に守られるというのも恥ずかしく感じる……


「では、明日からの訓練は守りを重点的に覚えさせましょう。私としても守りの型は詳しくありませんが……」

「ええ。時間がかかるのは仕方ないわ。じっくり育てていきましょう」


 そうして私達は汗も疲れも洗い流し、部屋での夕食を取る事になった。

 部屋の少し大きめのテーブルには三人分の食事が用意され、私達はそれぞれの席につく。そして食べる前の挨拶を皆で言おうとした時だった。


「あっ、待ってください。まだチルカがいます!」


 チルカがそう言ってワタワタしていた。

 この子は自分の事を『チルカ』と呼ぶ。


「ええ。早く席に座りなさい」


 しかしチルカはなぜか自分の分の食事をテーブルから取り除き、床に並べていた。


「チルカ? 何をしているの?」

「何って、まだチルカがこの部屋にいるじゃないですか。これじゃあゴハンが食べられませんから」


 そうしてチルカは手に持てるだけの食器を持って部屋を出て行こうとする。


「ちょ! 待って待って!? どこに行こうとしているの!? あなたが何を言っているのかさっぱり分からないわ!」

「え? チルカと一緒だとゴハンがおいしくなくなります。だからチルカは廊下で食べるんですよ」


 それを聞いた私は眩暈がした。本気で目の前が揺れ、椅子から崩れ落ちそうになった。

 怖かった。言葉の意味が理解できない事が。そして、それを平然と口に出して実行しようとしている事実が。


「チルカ、まずは食器をテーブルに戻しなさい。それで私の質問に答えるのよ」

「え? でもそれだとリリー様の食事の時間が遅れて――」

「いいから言う通りにしなさい!!」


 少し強い口調で言うと、チルカはビクッと体を震わせた。私はそれを少し反省しながら、静かに問いただす。


「なぜあなたが一緒だと食事がマズくなるのかしら?」

「えっと……チルカのレアリティはノーマルです。ノーマルは『ゴミ』だから自分よりも上のSRや人間様がいる場合、一緒にゴハンを食べると美味しくなくなるんです。その場所も譲らなくてはダメなんです」


 私はため息を吐いて、痛む頭に手を当てながらさらに問う。


「それは誰に言われたの?」

「この世界に呼ばれる前。ガチャ控え室の世界にいるSRにです……」


 知らなかった。こんな処遇を受けていたなんて。そして、それが当たり前だと認識して、なんの疑問も持たずに暮らしていたなんて……


「……ケイト。あなたは知っていたの? この現状を!」

「……いえ。ノーマルを笑い者にしている輩がいるはと聞いていましたが、ここまでとは……」


 そうよね。ケイトはそんな事はしない。良くも悪くもノーマルどころか他人に干渉しない子だもの。

 弱者をイジメたりなんかしないけれど、現場を見ても助けたりはしない。自分の在り方だけを追求して、主の役に立てるかどうかだけを考えるタイプ。


「チルカよく聞いて。向こうで何を言われたとしても、ここではそんな事を気にしなくていいの!」


 私はチルカと一緒になって床の料理をテーブルに戻す。そうしてチルカの手を握りしめた。


「もうあなたは私の仲間なのよ。仲間は一緒に食事をして、楽しく会話するものでしょう?」


 きっとこれだけじゃない。もっと他にも、ありとあらゆる場面で迫害され、追いやられて、罵声を浴びせられたんだと思う。そしてそれが当たり前の事だと信じながらも、私達人類の事だけを想い続けた!


「確かに私はあなたの主人かもしれない。けど戦いで力を借りる以上、あなたを見下すつもりも無下に扱う事もしない。私達はお互いに助け合う関係なのよ!」


 この子をこれ以上汚されたくなかった。もっと普通の思考を持たせて、ごく当たり前の生活をさせてやりたいと思った。そのために、私がちゃんとした生活知識を教えて、育ててあげたいと思った!


「これから一緒に過ごす仲間だからこそ、食事の時は『これは美味しい』とか、『この味付けは苦手』とか話してお互いを知っていくんじゃないかしら。だから一人で食事をするなんて私が許さない。一緒に食べて、味の感想を聞かせてちょうだい?」


 そう伝えると、チルカは驚いた表情をしていた。そして、スゥーっと涙が一滴流れ落ちる。


「あれ……? 悲しくないのになんで涙が流れるんでしょうか……? 分からないけど、一つだけ理解できることがあります……」


 チルカは握った私の手を自分の胸に当てて、抱きしめるように包み込んだ。


「チルカは……とっても優しい主人に巡り合えたんですね。チルカは世界一の幸せ者です!」


 チルカのポロポロと零れる涙を拭いてあげる。そうして私達はようやく食事にありつくのだった。

 チルカは楽しそうに沢山しゃべってくれて、ケイトは慌ててこぼした料理を拭いたり、チルカの汚れた口元をぬぐったりと忙しい。

 ケイトと二人旅の時はこんな騒がしい食事なんて無かったと思う。ケイトは元々口数が少ないからだけど、それを気まずいとか寂しいとか思った事は無い。

 そんな私が、今こんな状況に心が温かくなっているのは間違いなかった。あのクールがケイトがあたふたとチルカの世話を焼いていて、そのチルカが笑顔で食事を楽しんでいる。そんな状況に、私も幸せを感じてしまっているのだった。

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