「……なりたい……」
「はっ!?」
段々と現状を思い出してきた。あたしは召喚されて、同じ部屋で寝泊まりして……
慌てて布団の中で自分の体を確認してみる。寝ている間に変な事をされたかもしれない!
けれど寝る前から特に変わった事もないから一応安心した。
そこで今度は逆方向のアリシアを確認してみる事にする。とりあえず同じノーマルとしての親近感があるからだ。
しかしアリシアの布団は空だった。
トイレにでも行ったのかな? と思うけど、枕元に置いてあったはずの武器もない。確か刀のような武器を持っていたはず……
時計を見ると四時を過ぎていて、窓から見える空は徐々に明るくなっているところだった。
そう言えば寝る前に、アリシアは廊下側の布団を使いたいと言っていた。もしもそれが、みんなを起こさないように部屋を抜け出すためだとしたら?
あたしは気になって、アリシアを探してみる事にした。
宿屋の外に出てからあちこちと探す。するとアリシアは庭の方にいた。
宿屋で着る浴衣のまま、刀を構えながら腰を落としている。まるで今にも駆け出しそうな格好だ。
「アリシア、何してるの?」
そっと、そう声をかけてみた。
「あら。起こしちゃったかしら?」
「ん? そういう訳じゃ無いよ。人間と一緒に寝るなんて初めてだから、時間の感覚がまだ慣れないだけ。ほら、ガチャ娘って別に寝なくてもいいし」
そうなのね。っとアリシアは微笑みながら、また前を向いて刀を構える。
「稽古してるの? 見ててもいい?」
「別にいいけど、面白くなんてないわよ?」
そう言ってからアリシアは地面を蹴る。するととんでもない速さが出た。そのままのスピードで前方にある木々の間を縫って移動し、それを何度も続けて往復していた。
そして次に二本の木の間を回り始める。8の字を描くようにして、スムーズで滑らかに移動できるように繰り返していた。
アリシアのやりたい事は初心者のあたしでもすぐに分かる。きっと彼女は自分のスピードを限界まで活かせるように訓練をしているんだ。
どれだけ早く踵を返せるか。
慣性がかかった時にどれだけ曲がれるのか。
自分の足にはどれくらいの負荷がかかるのか。
そして……それらを限界まで引き出した時にどれだけ速く動けるのか。
それら一つ一つを確かめるように、アリシアは動き続けていた。
……これをあたしが起きる前からやっていたんだ。まだ薄暗い時間から、もう明るくなるこの時まで。
お日様が周りを照らし、鳥の声が聞こえるようになった頃、ようやくアリシアの動きは止まった。スタミナを使い切ったのか、ハァハァと息を切らしている。
「アリシアは凄いね。レベルを上げるだけじゃなく、こんな訓練までやるなんてさ……」
「レベルが上がっただけじゃ分からない事も多いからね。土壇場で自分のポテンシャルを理解できてないと全力は出せないから」
確かにそうだ。そうなのかもしれないけど、それを語るアリシアはどこか楽しそうと言うか、使命感があると言うか、本当にイキイキしている感じがした。
……けど、それがあたしにとってはなんだかうらやましかった。
「それってやっぱ、アイツのため?」
「アイツ? それってマスターのこと? まぁそうなるのかしら」
「……」
「私ね、ガチャ控え室にいた頃はSRに嫌味言われたりしてさ、どうしても自分を使ってくれるマスターを待っていたのよ。そんな時、引き直し可能ガチャにも関わらず私を選んだくれたのがマスターなの。、その上『このパーティーでエースにするつもりだから』とか言われて、これはもう頑張るしかないって思った訳ね」
あたしとおんなじだ。やっぱりノーマルはみんな辛い想いをしていたんだ……
「アリシアは仲良くやれていいね。きっとあたしはそううまく出来ないよ……」
「どうして?」
「あたし口悪いから……。どうしてもダメなの。ムカつくと頭で考えるよりも悪口言っちゃうの。アイツにだって出会いがしらに『死ね』って言っちゃったし、きっともう嫌われてる……」
そうしてあたしは膝を抱えて顔を伏せた。待ちに待ったノーマルを使ってくれる主人に会えたのに、どうしてあたしはこうなんだろう……
「……ねぇルミル、ルミルはマスターと仲良くなりたい?」
アリシアはあたしの隣に座り込んで、こっちの顔を覗き込むようにしてそう聞いて来た。
「それは……」
「私はね、嫌われるかもって考えるよりもまず、仲良くしようっていう気持ちが大事だと思うの。ルミルはマスターと仲良くなりたい?」
アリシアの口調はとても優しかった。多分、あたしがなんて答えるのかは分かっているんだ。だけどそれを自分の口で答えさせて、導こうとしてくれてる。
「……なりたい……」
だからあたしは、頑張って素直に答える。
同じノーマルだから。
あたしよりもレベルが高いから。
このパーティーの先輩だから。
ここは胸を借りるつもりで、自分をさらけ出してみる。
「仲良くなりたい! 役に立ちたい! それで……たくさん褒めてもらいたい!!」
「うんうん。それなら私が、仲良くなれる方法を教えてあげるわ!」
「……どうすればいいの?」
そう聞くと、アリシアは人差し指をビシッと立ててあたしに突き出した。
「ズバリ、名前を呼ぶのよ!」
「え……」
「ルミルってば昨日からずっと、『アンタ』とか、『アイツ』としか呼ばないじゃない? まずはちゃんと呼ぶところから始めないとね! マスターができたらなんて呼ぶか決めてるんでしょ? 教えてちょうだい」
今!? ここで!? アリシアに!? え、めっちゃ恥ずかしいんだけど!!
いや、どうせ呼ぶのなら今でも後でも関係ないのかな!? でもこんな唐突に……
「さぁ、練習だと思って言ってごらんなさい!」
「えっと、ご、ごご、ごごご」
「ご?」
頭がボーっとして目の前がクラクラしてきた……
「今は無理! 心の準備がまだだから!!」
アリシアはズルっとズッコケる仕草を見せてから、やれやれと立ち上がった。
「それじゃ、そろそろマスターが起きる時間だからその時にちゃんと呼びながら挨拶するのよ? 私は今から温泉で汗を流してくるから!」
そう言ってパタパタと宿屋の中へと戻っていく。そして最後にこう付け加えた。
「い~い。ちゃんと呼ぶのよ! ご主人様って!」
バレてる~!! なんで分かったの~!? いや、『ご』って言いかけたから、まぁ普通に想像つくのかな……。とにかくあたしも部屋に戻ってシミュレーションをしなくちゃ!
スススと静かにふすまを開けると、アイツはまだグースカ眠っていた。だからあたしは滑り込むようにして布団に潜り込む。
これからアリシアの作戦を実行しなくちゃいけない。どうしよう、緊張する!
「む~ん……」
しばらく布団をかぶって悶絶していると、ついにアイツが目を覚ましてモゾモゾ動き出す。
し、仕方ない。もうこうなったら覚悟を決めよう!
タイミングを見計らって、アイツが身を起こしたその後に自分も目を覚ましたフリをした。
「ファーア、ヨク寝ター」
そうしてチラッとアイツを見ると、もう完全に寝ぼけているようなムニャムニャした目であたしを見ていた。
「あぁ、おはようございます、ルミルさん」
まだまどろんでいるような声でそう言われる。
今だ! ここしかない!! なんかポワポワしてて意識がはっきりしていない今ならサラッと言って終わりにできるかもしれない!!
「えっと、あの、その……おはよう、ご主人様……」
言った! もう自分でも声がだんだん小さくなっていくのが分かったけど、とにかく言った!!
そしてアイツがどんな反応をしているかチラッと見る。そしたらアイツは最初の眠そうな顔から一変して目を見開いて驚いていた。
あたしがそんなことを言うのが信じられないという風に。何かの聞き間違いじゃないかと思い返すのに時間がかかっているかのように……
だからそんな反応をされるとあたしが恥ずかしくなってくる。けれどすぐに――
「はい。今日はよろしくお願いしますね」
と、笑って返してくれた。
それがまたあたしの頭を熱くさせる! 達成感やら、受け入れてもらえた事による安心感やらでもうしっちゃかめっちゃかだ。
ヤバい嬉しい! 恥ずかしい! でもなんかニヘラ~とした顔が癪に障る!!
そんなあたしは――
「か、勘違いしないでよねっ! 別にあたしは、アンタの事を完全に信用した訳じゃないんだから! ……もう~なにヘラヘラしてるの! アンタなんか、『駄主人』で十分よバカ~!!」
そんな事を言って、アイツを困らせてやるのだった。




