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「自分のポテンシャルを確認する暇もないのよね」

「バ、バケモノだ……。あんなのに勝てるのか……?」


 近くにいる仲間の誰かがそう言った。それもそのはず。すでに周囲は災害が起きたような惨事になっているのだから。


「マスター大丈夫? 怪我してない?」


 僕を脇に抱えたままアリシアが聞いてきた。その言葉で我に返ると、彼女は自分の体を盾にしながら身を低くしていた。


「あ、はい。アリシアさんのおかげで大丈夫そうです。そっちこそ大丈夫ですか?」

「ええ。こっちには運よく破片が飛んでこなかったみたいね」


 アリシアは悪鬼から目を逸らさずにそう答える。そうして抱えていた僕を地面に降ろすと、彼女はこう言った。


「ねぇマスター。あの魔物ってトロールと同じ?」

「へ?」

「トロールと同じ戦い方で倒せる?」


 倒す気でいるのだろうか? 僕が彼女顔を見ると、悪鬼から視線を逸らさないその横顔に怯えは無かった。

 あれだけの暴れっぷりを見たにもかかわらず、冷静に相手を伺っている。


「ま、まぁ同じタイプなのは間違いないでしょうね。今のところは特殊な攻撃は無く、自分の肉体を使って攻めてくるパワータイプです。ただトロールよりも攻撃力と防御力が圧倒的に上だと思うので、こちらの攻撃で怯んだりしないかも……」

「ん。分かったわ」


 アリシアはそう言うと、魔物に向かって一歩踏み出す。


「マスターは隠れていて。ほらあの子、大盾を持ってるガチャ娘の後ろにいるマスターの、さらに後ろにでも」

「待ってください! まさか本当に一人で戦うつもりですか!?」


 彼女は小さく「うん」と答えてからこう続けた。


「だって私が全力で戦わないと勝てるかどうかの判断ができないでしょ? マスターは私の戦いを見て、逃げるかどうかの判断をしてくれればいいわ。トロールの時と同じよ。それにああいうパワータイプなら相性もいいしね」


 そうしてまた悪鬼に向かって歩みだす。そんな彼女を見て、僕はとある違和感を感じた。


「あれ? アリシアさん、歩き方が変じゃないですか? もしかして足を怪我したとか!?」


 そう、なんだか足を引きずっていると言うか、歩幅がまちまちと言うか、どこかいつもと違う気がした。


「あ~違うの。なんかね、さっきガチャ娘と練習試合したじゃない? それでスキルを使った時から自分のスピードにまだ慣れて無くて、こう……踏み込む時とか、蹴りだす時とか考えちゃうの。どうすればもっとうまく制御できるのかなって」


 そして一瞬だけ僕の方を見て、困ったように微笑んでくれた。


「まったく……マスターの育成だとたった一日でもレベルの変動が大きすぎて、自分のポテンシャルを確認する暇もないのよね」


 そう言えばそうだ。レベルを76にしてからスキルの韋駄天をフル活用したのは練習試合が初めてだった。

 トロール戦でも使いはしたが、あの時はガチガチに緊張していてほとんど動けていなかったし……


「だからね、いっちょ自分の力量を確かめてくるわ!」


 そうしてアリシアは駆け出した! 凄まじいスピードで悪鬼に迫ると、抜いた小太刀で一閃を走らせる。

 悪鬼がそれを腕で防御すると、その筋肉には一筋の薄い線しか残らなかった。

 僕はその間にモブールの所へ駆け寄っていく。彼は自分のガチャ娘であるウエノに守られていた。

 巨大な盾で主を守るその後ろに僕も紛れ込んだ。


「お、お邪魔しま~す」

「あ、お前ここに避難しに来たな!」

「あはは……アリシアさんが一人で戦ってくれているんですから、ここで戦況を見守らせてください」


 そう言われてモブールも強く言えない様子だった。まずは僕たちが一人で悪鬼と戦えというエラッソの命令に逆らえない以上、バツが悪いのだろう。

 そんな時に、他の仲間のザコラスから歓声が上がった!


「あのガチャ娘スゲェ! あれだけのバケモノと対等にやり合ってる!」


 見ると確かにアリシアが完全に悪鬼を翻弄していた。

 その持ち前のスピードでかき乱し、隙あらば斬撃を与える。そうしてトロールの時と同じように相手からの攻撃を一切受けずに立ち回っていた。


「ほらほらこっちよ~。あなたなんて全然怖くないわ」


 アリシアが挑発をすると、悪鬼は怒ったように体当たりをかます。しかしそれを見事に避けながら対応していた。

 しかしなぜこんな時に挑発をするんだ? 何か意味でもあるのだろうか……?


「あ、そうか。場所を変えているんだ!」


 僕がそう口に出すと、モブールが不思議そうにする。


「なぜ場所を変えようとするんだ?」

「恐らく、もっと足場の良い場所で戦いたいんだと思います。アリシアさんはスピードタイプ。だけどここは悪鬼の攻撃で折れた木々が散乱していますから、どうしてもそれが邪魔になるんです!」


 そう。スピード特化がそれを活かすなら足場を気にするのは当然だ。特にアリシアはまだ戦闘経験が浅いため、荒れ地にだって慣れていない。だから出来るだけ足をすくわれない場所に誘導しようとしているんだ!


「モブールさん、悪鬼を追ってください。ただしあまり近づきすぎないように! また木を振り回されたら大変ですから」

「分かったけど、なんでお前が指示してるんだ……?」


 ガチャ娘の後ろに隠れるモブールの、さらにその後ろに隠れながら僕は移動する。そうして悪鬼とは一定の距離を保ちながら追いかけると、荒れ果てた場所を移動して、比較的踏み込みやすそうな所で二人は対峙していた。

 そこでアリシアが先手を打つ。足場を気にすることのない全力の踏み込み! そのスピードを乗せた渾身の斬撃が悪鬼に刻まれるが、それでも傷から血が滲む程度にしかならなかった。

 さらにアリシアは手を休めない。背後から突きを繰り出すが、それも全く通らなずに切っ先が少し刺さる程度だ。

 これはまるで子供が粘土の形を変えるのに苦労している様子に似ている。新しく大きな粘土は子供の力で切ったり突いたりしても表面が少し削れるだけで、切断したり穴を開けたりは絶対に出来ない。それと同じように、悪鬼の肉体には正真正銘の刃物であっても深手を負わせることができないでいた。


「魔物の防御力が高すぎるぜ。致命的な一撃を与えられない!」

「けどよ、この調子で攻撃を続ければそのうち倒せるんじゃないか!?」


 モブールとザコラスがそう話している。

 確かに、ダメージは低いが決して傷がつかない訳じゃない。永遠にこれを繰り返せばいずれは倒せるのかもしれない。しかし……


「いや、このままではアリシアさんの方が先にやられます……」


 僕がそう言うと、みんなは意外そうな顔でこっちを見た。


「アリシアさんのスタミナは無限じゃありません。スピード特化はその速さ故にスタミナの消費が尋常じゃない。その速さを維持し続けようとするならなおさらです」


 実際、すでにアリシアは肩で息を始めていた。それでも彼女の動きは鈍らない。いや、どんどんと動きに磨きがかかっているとさえ言える。

 アリシアは言っていた。自分の力量を確かめると。恐らく彼女は見極めようとしているのだろう。

 戦うことで自分のスピードを。

 駆け出すために踏み込む足の感覚を。

 ブレーキを踏み、きびすを返すタイミングを。

 地形や物の距離感を。

 相手の動きや反応を。

 ありとあらゆる、この場の全ての情報を!


「お、おいおい。それじゃあ何も出来ずに負けちまうのかよ……」

「……いえ、恐らく彼女は狙っているはずです。スキルを使うタイミングを!」


 そう、必ず狙っているはずだ。自分の動きを確かめながら戦って、一番効果を出せそうな時を見計らっている。

 スタミナが尽きるかどうかの瀬戸際で、ギリギリまで見極めようとしているんだ。


「……よし。大体理解したわ」


 ふと、アリシアがそう言ったのが聞こえてきた。


「ここから決めるわよ! スキル『韋駄天!!』」


 アリシアの中にある魔力がほとばしる。そうしてほんの少し、前のめりになった瞬間だった。

 ――フッ。

 彼女の姿が消え、悪鬼の脇腹が切り裂かれ、その後ろでブレーキをかける彼女の姿があった。

 それだけでは終わらない。再びその姿が消える!

 ザン! ザン! ザン!

 何度も何度も往復して、悪鬼の体を切りつける!

 ザザン! ザザン! ザザン!

 僕にはその速さは増しているように見える。いやもはや、素人の目にはアリシアの残像が残り、彼女が数人にも分かれながら攻撃しているように見えた。

 ザザザン! ザザザン! ザザザン!

 切り裂く音も、彼女の残像も増えていく。斬撃の煌めく光だけがはっきりと反射して見え、それ以外は朧気にしか見えなかった。

 悪鬼はそんな攻撃に防御の構えを取って動かない。必死に持ちこたえようとしている様だった。

 ザザザザザザザザザザザザザザン!!

 もはや音だけが途切れずに聞こえてくる。その刹那、僕の目には悪鬼を取り囲むアリシアの姿が無数に見えた。

 そのあまりの速さに四方八方から刃を構える彼女の残像。それが全員同時に悪鬼の体を通過して切り裂いた!!

 ズバァ!!

 まるで格闘ゲームの必殺技でしか見れないような、そんな常識を超えた神速を乗せた連撃。それによって噴き出す鮮血と無数に残る刀傷が、繰り出した技の凄さを物語っていた。


「くっ……ハァハァハァ……」


 アリシアは悪鬼の近くで崩れ落ちていた。両ひざと両手で四つん這いになり、息を乱しながら俯いている。

 今の連撃で限界を超え、もはや体力を全て使い切ったような状態だった。

 悪鬼は防御の体勢から動かない。周りの仲間も想像を絶する攻防に唖然として、その場はシンと静まり返るのだった。

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